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連載『あの頃を思い出す』

   10. あの頃を思い出す・・・13

「いい男でしょ」
 いたずらな目で朋李(ともり)を見遣る尚季(ひさき)。
「はいはい…」
「だからさ、ともちゃんも」
 小箱を閉じ、すぐ後ろのサイドボードの引き出しにしまう。
「なによ」
「矛を収めて妥協したら?」
 朋李の膝に手をのせ、ちらといやな視線を流した。
「近いよねぇ? 今度の引っ越し先…実家に」
「ひーちゃん!」
「いい機会だと思うよ~。おかあさんと仲直り」
「あんただって…」
「あたしとは状況が違うでしょう?」
 尚季の言葉に顔をしかめる朋李だが、
「お互い、潮時か…」
 ため息をついて、膝の上の手を取った。
「子ども産んで、お母さんのありがたみ、身に染みたよね」
「うるさいな…」
 今まで頼りなかった尚季が、急に頼もしく見えた。
「もう、すっかり吹っ切れたのね」
「うん…」
「さみしいけど、」
「今までありがとね、ともちゃん」
 そう言って尚季はひとすじの涙を流した。

 一年後・・・・
 尚季は教会の一番後ろの席で、ここ最近で一番緊迫した状態で、息を吸うことも忘れるくらいに追い詰められていた。
「新婦の入場です…」
 その言葉に弾かれるようにして入口に全神経を集中させる。
 扉が開き、純白のウェディングドレス姿の新婦が現れ、音楽が流れ出す。すまし顔で歩を進める新婦が尚季に気づき、くすりと笑う。
「顔、コワいですよ~」
 前方を見据えたまま小声でささやいていくが、顔をひきつらせた尚季の耳には届いてはいなかった。
 厳かな音楽に誘導されるように進んでいく新婦の後ろに、流れるように続くウエディングベール。そしてそのベールの端に、花嫁衣裳のようなかわいらしい淡いピンクのドレスを纏った笑顔の一花(いちはな)と、タキシードでいっちょ前に髪を撫でつけ、尚季以上に凝り固まった表情の一葉(いちよう)の姿が続いた。
「転ばないでよ…」
 小学一年生になった双子を涙ながらに見つめる。
「ママ~」
「マーマ」
 無事に式が終わり、子どもたちを出迎え「上手だったよ~」とふたりを抱きしめる。
「尚季さん!」
「ありさちゃん、結婚おめでとう。とってもきれいよ」
 今日はありさと慎也の結婚式だった。一花と一葉はそれぞれベールガール、ベールボーイとして駆り出されたのだ。
「ありがとうございます。それより尚季さん、顔怖いですって」
「え、そう?」
「ママ、ずっと怖い顔してるんだもん」
「ぼく、ママが怒ってるのかと思った」
「え、そんな?」
「ねぇママ、わたしもいつかかわいいお嫁さんになれる?」
「ぼくも、大きくなったらママみたいなお嫁さんできる?」
 そう言ってせがむ子どもたちの胸には、尚季が手作りした小さなテディベアが緑と赤のベビーリングを首に下げて微笑んでいた。

「あはは…そうねぇ」

 いつか、ね。

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