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『交雑する人類』その2:男系・女系と遺伝学

今回は、男系、女系とこれらDNAで判明する階級社会の歴史について。

■男系とは

「天皇を継承する系統は”男系”に限定すべき」という議論があります。遺伝学的には、これは「Y染色体は父からしか受け継がない」という理由が考えられます。

染色体とはDNAの集合体(DNA以外も含有)で、全部で47本あります。

染色体47本の内訳は、

47本=常染色体22組計44本+性染色体1組計2本+ミトコンドリア染色体1

うち、性染色体2本は、

男性が、X染色体とY染色体を本ずつ保有し、
女性が、X染色体を2本ペアで保有しています。

男性が作る精子は「減数分裂」という精子を作る過程で、

常染色体が半分の22本、性染色体1本、ミトコンドリア染色体1本、計24本になります。

うち、性染色体は「Y」か「X」のどちらか1本になり、

「Y」を保有する精子が受精すれば、男の赤ちゃんになり
「X」を保有する精子が受精すれば、女の赤ちゃんになる

というしくみ。

したがって、男性のY染色体は、私の父のまたその父とまたその父のY染色体となり、そのままその系統を追っかけることができます。これを男系というわけです。

一方の常染色体は前回紹介した通り、世代を継げば継ぐほど、ご先祖の数は膨大になる一方、受け継ぐ遺伝子には限界がある(1世代ごとに71件しか継承できない)ので、世代を遡れば遡るほど、特定の先祖の遺伝子を保有する確率は限りなくゼロに近づいてしまう。

したがって、男系で継承すると決めたからには「男系を続けないとその血統は継承できない」という理屈です。

そうすると遺伝学的には、一般に父系天皇継承の考え方で認められている1世代のみの男系の「女性」天皇であっても認められません。女性はY染色体を保有していないからです。

ただし、実際には「男系天皇を維持する」というのは、遺伝的な継承ではなく「男系が長く続いたというその希少価値」から重視されていると考えられ、遺伝学的な解釈とは違うようです。

■女系とは

一方で、女系の場合は、ミトコンドリア染色体によってそのご先祖を追っかけることができます。なので女系で血統を継承することも可能です。

なぜならミトコンドリア染色体は、卵子由来の染色体のみが継承され、精子由来のミトコンドリア染色体は継承されないから。

先述した通り、精子にもミトコンドリア染色体は含まれているのですが、卵子と受精した後、細胞分裂するにしたがって精子由来のミトコンドリア染色体は消滅してしまうというのです(詳細は「父由来のミトコンドリアが消されるしくみ」

したがってあなたのミトコンドリア染色体は、母のそのまた母の、というふうに、女系(母系)のご先祖からずっと継承してきた染色体なのです。

これを辿ると、おおよそ「ミトコンドリア・イブ」なる人類共通の母たるミトコンドリア染色体に辿り着き、約20万年前のアフリカ人だった、という研究結果(1987年アラン・ウィルソン)もあり、これは考古学上の現生人類の化石ともほぼ一致するらしい。

■遺伝学に基づく階級社会の証明

このように私たちのDNAは、男系・女系を過去まで辿ることができるので、この性質を活用してその集団が階級社会かどうか、を遺伝学的に推し量ることが可能となります。

おおよそ階級社会は「男性権力者の遺伝が強くその集団の子孫に継承される傾向にあるのでは」という推測からです。

著者はこれを「ゲノムに現れた不平等」と表現しています。

⑴階級社会の起源

一般に農耕が始まった後、紀元前3000年ごろに初期国家が始まったというのが『反穀物の人類史』に基づく最新の仮説。

ティグリス川とユーフラテス川の流域に、小規模で、階層化した、税を集める、壁をめぐらせた国家が初めて生まれたのがやっと紀元前3100年頃だったこと

『反穀物の人類史』序章

(詳細は以下参照)

そして遺伝学的には、ちょうど同じ頃に、東アジア人、ヨーロッパ人、中東人、北アフリカ人のY染色体のパターンの解析によって共通男性祖先を持つ多くのスタークラスターが見つかったらしい。

つまり、歴史学・考古学的な仮説であった国家勃興の時代特定が、Y染色体を調べることによって裏付けられてしまったのです。

⑵植民地の血統的階級社会

人類の征服と被制服の歴史の中で、常に大規模な交雑が起こり、征服した側の社会的権力のある男性と、征服された側の女性がカップルになる、という事例が多発。

【事例その1:アメリカ合衆国】
混血したアフリカ系アメリカ人のY染色体は、圧倒的にヨーロッパ系が多い。

→異人種間のカップルが主に自由民男性と奴隷女性の組み合わせだから

【事例その2:モンゴル帝国】
チンギスハンのモンゴル帝国は、東は朝鮮から西は中央ヨーロッパ、南はチベットに至るまで、巨大な領土を広げるに至りましたが、その際にモンゴル帝国時代の比較的少数の権力者(男性)が、今日東ユーラシアに暮らす何十億という人々に桁外れの影響を及ぼしたといいます。

モンゴル帝国時代のたった一人の男性(=権力者)が、モンゴル人が占領していた領土中に直系の男系子孫を何百万人も残していることがわかった

本書332頁

これを明らかにした研究者クリストファー・タイラー・スミスは、この権力者を「スタークラスター」と呼びました。

【事例その3:コロンビア共和国】

コロンビアのアンティオキア地方では、Y染色体の約94%がヨーロッパ人由来なのに対して、ミトコンドリアDNA配列の約90%がアメリカ先住民由来だという。

本書342頁

【事例その4:インド共和国】
インドは、以前紹介した通り、カースト制度に基づくジャーティ・アイデンティティが2500年以上継続する驚愕の社会(詳細は以下)。

これは、遺伝学的にも裏付けられているというのが実に興味深い(詳細は別途紹介予定)。

伝統的に社会的地位の高いインドの族内婚グループは、社会的地位の低いグループよりも西ユーラシア関連DNAを多く持つ。ミトコンドリアDNAの大部分は先住民起源の傾向があるのに対して、Y染色体は西ユーラシア人と類縁のタイプの比率が高いことから、これは明らかに性的バイアスの影響を大きく受けている結果だと考えられる

本書343頁

インドの上流階級であるブラフマン(僧侶)やクシャトリヤ(武士)は、征服者としての西ユーラシア由来のY染色体が多い一方で、先住民由来のミトコンドリア染色体が多いということは、征服者の男性と被征服者の女性との交雑が多い証拠。


このように古代DNA革命の破壊力は絶大。階級社会の時期を証明してしまうのですから。次回は私たちの住む東アジア・東南アジア編を展開予定。

*写真:東京国立博物館
   日中国交正常化50周年記念 特別デジタル展「故宮の世界」より

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