見出し画像

「偶然の科学」ダンカン・ワッツ著 書評

<概要>

世の中は予測可能な事象と予測不可能な事象があります。

物理学や数学は誰からみても同じ普遍的な法則があって、予測可能な事象ですが実社会は予測不可能な事象で、常識と思っていることでも偶然の結果が殆ど。

したがって現実社会を扱う社会科学系の学問は、普遍的法則を追っかけるのではなく、中範囲の法則や測定と迅速な対応による戦略によって法則を導き出すべきと提言した著作。

<コメント>

自然科学と社会科学の根本的違いを紹介した著作。

自然科学は「対照実験(※)」によって仮説を立て、ほかの科学者が反証可能性を実験することによって定説化することで未来の事象を予測できます。

※対照実験:例えば薬開発において無作為に選んだ一部の人々にその薬を投与し、無作為に選んだ別の人々にはその薬を投与しないか偽薬を投与して、その効果を比較検証するような実験。

ところが社会学はじめとした社会科学の世界は、対象とする実社会があまりにも複雑で曖昧な場で再現可能性が低いため、普遍法則的なものは生み出しようがない。つまり予測不可能。

哲学の世界でも、われわれの世界を何らかの「普遍的な法則」によって説明できないことはニーチェが100年ぐらい前に同じようなことを言っているものの、私が今まで得た考え=「現象学」の成果によって、世界生成の法則みたいなものは、ある程度法則化されていると実感しています、

また、予測不能な事例として、傑出したリーダー(アップルのスティーブ・ジョブス)や技術の失敗(ソニーのベータビデオ)によってその企業が成功したり失敗したりしたわけでなく、複雑系の様々な要因が絡まり合って起きたことで、一つの事象をもって何らかの結果が出るという法則が成り立つことは殆どないとしています。

普遍的法則などないので未来を予測できるわけもありませんが一方でワッツさんは、そうはいっても何らかの傾向値はあるだろうから、そのような法則を探っていくのが社会学含む社会科学者の役割だと主張しています。

◼️測定対応戦略

その手段の一つとして面白いのは、未来予測はできなくても今起こっていることを今解決する方法(測定対応戦略)がIT革命によって可能になったとし、世界的アパレル企業「ZARA」の事例を紹介しています。

わたしも斎藤さんのZARAに関する書籍は読みましたが(これは面白い)、

季初にサンプル的商品を店頭に展示し、単品管理による定量情報と店頭販売員による定性情報の収集によって世界の地域ごとの売れ筋を即座に把握し、可及的速やかに生産工場で追加生産→店頭供給することで「売上増大」「利幅の大きい定価販売期間の長期化」「商品廃棄ロスを極力無くしていく」という効率経営。

今起きているトレンドをそのトレンドが「生きている」うちに対応していこうというスピード経営です。将来は予測できなくても今起きていることをITを活用すれば情報を即座に分析して経営に反映可能だとする戦略です。

◼️中範囲の法則

加えて、中範囲の法則を見つけていくという事例では、クレジットカード会社の貸倒率などを紹介。この事例は物理学の法則のように再現可能性のある確定値にはならないが、過去の実績を集積してリスク傾向値を算出していくという、限定された緩い法則性のレベル感では成功しています。

◼️公正と正義

例えば社会正義の領域においても、リバタリアン哲学者ノージックの説を批判しつつ、正義論の哲学者ロールズ&コミュニタリアン哲学者サンデルの説に基づき、個人の結果にも偶然の要素が含まれるとして共同体内の再分配による公正と正義を実現すべきと主張。

ノージックは自然状態においては個人の結果は全て個人の努力によるものだから、それを他人に分配するのはおかしいという考え方。

しかしロールズやサンデルがいうように、現実社会では自然状態などあり得ず、すでに個人の置かれた偶然の要素、つまり生まれ育ち生活している共同体の状況(生まれた地域や時代など)や運によって大きく左右されるので、個人の獲得した利益が全て本人の努力の賜物なわけがなく、その共同体によって獲得した分は共同体に返還すべきとして、リバタリアニズムを否定。

マイケル・サンデル曰く

「公正や正義に関するあらゆる問いは、我々が互いにどれだけ依存しているかに照らして裁定されなければならない」

確かに、個人でも企業などの法人でも、全てが彼ら彼女らの努力と能力によって利益を得ているわけではありません。何らかの形で社会(所属する共同体)に還元すべきというのは説得力があります。

以上、数学や物理学のような確定値ではなく、統計などに基づくそれぞれの時代や地域ごとの傾向値を探るべき学問としてまだまだ社会科学の可能性は大いにあるとわたしも思います。


この記事が参加している募集

#推薦図書

42,671件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?