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「ヒンドウー教 インドという謎」 山下博司著 書評

<概要>
地学・地理学・歴史学的な見地から、ヒンドゥー教の外的環境を整理した上で解説していくので、非常に説得力があって興味深い。著者自身インドにも長期間滞在してきたこともあって、土着宗教であるヒンドゥー教の性格をよく捉えられていると思います。

*本書の構成は、思想が自然環境などと関連づけて述べられているなど「思想のテロワール的視点」が見受けられ、個人的に非常に共感するストーリー展開でおすすめです。

<コメント>
◼️ヒンドゥー教を生んだインドの環境と文化
インド亜大陸は、広大で砂漠気候から熱帯気候まで様々な気候を有しますが、大半はアジアモンスーン気候で湿潤かつ肥沃な土地柄で耕作に適した土地が多いのが特徴。

したがってより多くの作物がよく育ち、人口は早晩中国を抜いて世界一にならんとする人口大国にもかかわらず、食料自給率は100%といいます。農作物以外にも、昔から野生の果物やナッツ類は豊富で、食べ物には困らない土地。

このような環境のゆえに、インド発祥の宗教(ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教)は、勤勉や蓄財という生産に関わる倫理観よりも、分配をめぐる道徳の方が幅を利かせていたというのはなるほどと思います。

「勤勉さ」よりも「気前の良さ」が求められ、布施や喜捨や功徳が過度に讃えられる宗教。これは反面「たかりの文化」「物乞いの文化」を育むことにもなってしまうよう。

インド人は「けち」=「働かざるものも食う文化」というのが人間評価のワーストらしい。日本であれば「怠け者」=「働かざるもの食うべからず」が受けが悪い。更にインド人は断捨離が徹底されているらしく余り物を持たない文化らしい。

インド人にはベジタリアンが多い(インド人の30%程度)のですが、これも「インド文化が生き物と共生する」という所からきているらしい。そもそも狩猟という概念が無く、基本的に殺生はしない。人間は植物と同等に並べられた哺乳類の一員に過ぎず、西洋のように「万物の霊長」とはみなされていないのです。

面白いのはジャイナ教で、根菜類も食べないらしい。なぜかというと根菜類は、土を掘って収穫する行為自体が、土の中の生き物を殺してしまう危険性が高いと理由で。

これもやはり、働かなくても食べていけるインドの気候風土が大きな要因だったとは知りませんでした。

◼️ヒンドゥー教とは繰り返しの思想
なんといっても輪廻転生。「時間は循環する」という概念が染み付いているので「進化」だとか「歴史」という一方通行の概念がない。したがって中国と違って歴史書もほとんどないらしい。

「常に循環するのがこの世界のありよう」となっている。

◼️カルマンの法則(因果応報)
だから因果応報(カルマンの法則という)となって「良い行いが幸せを呼ぶ(徳福一致)」といいつつ、来世で因果応報になるので現世の間にチェックしようがない。だから信じられやすい構造になっているのがミソ。カルマンとは日本語で「業」のこと。

これが現世で因果応報となると、現実は基本理不尽な世界なのでこのロジックが成り立ちにくい。善行の報酬は現世ではわからない来世にあり、悪行もこれまた同じとなります。

ところが来世で幸せになっても輪廻転生して、またこの現世に戻ってくるのが宿命。でも現世はインド世界にとって煩悩の世界なので、いくら善行をしてもまた振り出しに戻ってしまうという輪廻転生の世界。

だから「解脱」という概念が生まれ「解脱」に至るための教えが実践的思想となって古代インド哲学や仏教などが生まれてきました。

◼️多神教
ヒンドゥー教では「創造のブラフマン」「維持のヴィシュヌ」「破壊のシヴァ」という3神が有名ですが、シヴァの二人の息子(兄ガネーシャと弟ムルガン)や、シヴァの妃はいろいろな形となって女神として登場。

特にヴィシュヌとシヴァは、2大信者を抱え、ヴィシュヌ教・シヴァ教としてヒンドゥー教に君臨しています。といってもこれは野球を愛する仲間内で「巨人ファン」「阪神ファン」に分かれているように、多神教たるヒンドゥー教の中で「贔屓の神様がいる」というイメージです。

シヴァの妃の中でもクマリ神はネパールの生き神様として有名。クマリになる少女は初潮がくるまで生き神様として崇められるのですが、祭りの時以外はいっさい外に出られない辛い日々を少女時代に送ることになります。

◼️形而上学的側面
ヒンドゥー教は、古代インド哲学(ウパニシャッド)もほぼ包含しているよう。古代インド哲学では、神=梵は、それぞれの生命体に内在されていおり、梵我一如といってブラフマン(梵)とアートマン(我)は一体であるという説。

この梵我一如の構図は、まるで古代ギリシア哲学のおける神の概念とよく似ており、アリストテレスの「神は個人個人に内在する」との説によく似ています。

◼️不二一元論(アドヴァイタ)
ウパニシャッドを受け継いで発展させた6つの学派のうち、ヴェーダーンタ学派(平原卓先生の講義より)の「不二一元」という思想は、自と他の間に区別を設けない全てが共生しあって繋がっているという概念。ガンディーの非暴力の思想なんかもこのようなインド人の思想から生まれたものだと思うと、やっぱりインドならではの文化も非常に面白い。

以上「分配する」「繰り返す」「繋がって区別しない」という概念がヒンドゥー教を象徴するキーワードということを覚えておくとヒンドゥー教(というかインド文化)理解に役立つかもしれません。


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