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瀬戸内の人が運んだ甲府の方言

もともと日本は明治時代以降、昭和にかけ近代国家構築の一環として、東京山の手の言葉を基準に「話し言葉」が整備され、学校教育→ラジオ→テレビの普及に合わせて、順を追うように話し言葉の標準化が浸透。

それまでは地域ごとに個別の方言が利用されており、話し言葉の標準化=標準語が普及するまでは、方言が違えば意思疎通できなかったわけです。

私自身(千葉県出身・在住)、20年以上前に熊本や秋田に行った時、道をお伺いして地元の方の話し言葉が全く理解できなかったことがノーマルだったので、ましてや江戸時代までだったら尚更だと思います(一方で地元の方は、私の話し言葉=標準語は理解していました)。

こんな事情を知って以降、方言に興味が沸き「方言学」をオープンカレッジでオンライン講習中。方言学の世界では「方言文法全国地図」というのがあり、これがまた面白い。


それぞれの「名詞」「動詞」ごとに、どの地域でどんな言葉が使われているのか、が個別に日本地図にプロットしてあるのです。

今回のお題は「ない」という否定系が甲府盆地で孤立して「関西系」の方言が使われているという事例。

「言わない」「聞かない」「行かない」「遊ばない」「つまらない」などの「ない」です。

「言わない」を例に方言地図をチェックすると、
「言わない」「言わねー」は関東・東北でよく使われますが、関西では「言わへん(近畿)」または「言わん(中国・四国・九州)」が使われています。ところが甲府は関東に近いにもかかわらず「言わない」と言わず「言わん」というそうです。

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「ことばの地理学」20頁より)

なぜ甲府だけで「言わん」なのか。これは「瀬戸内海の言葉が甲府で普及したから」となります。

塩のない内陸の甲府では、塩は、これまで陸伝いで複数の物流業者経由で運搬されていて、ダイレクトに塩の生産地「瀬戸内」から甲府に届いていたわけではありませんでした。

ところが江戸時代初期に富士川が掘削されて水運が駿河湾から甲府盆地まで完備されると、瀬戸内の塩は、そのまま船に乗って瀬戸内の人とともにダイレクトに甲府盆地に届くようになったのです。瀬戸内の人たちが使っていた言葉が、そのまま甲府でも普及したというのが、この仮説です。

関東に隣接しているにもかかわらず、今でも甲府の人は「行かない」と言わず「行かん」と言っているそうですが、塩の物流は日本全土で明治以降に起こった物流革命、つまり水運→鉄道による陸運に切り替わったことで、塩の水運は廃れ、瀬戸内の言葉だけが甲府に残った、ということです。

*写真:2014年 甲府盆地の葡萄畑と赤石山脈




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