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「国家(下)」プラトン著 ー民主制が独裁を生むー

<民主制が僭主独裁制を生むという政治思想>
「国家」は、やはり政治思想が中心テーマ。第八巻で論じられています。

最も理想的な政治体制は、本質を見極める力を持つ卓越者=哲人による独裁政治(最善者支配制)。そして民主制は、もう一つの独裁=僭主独裁制を生む土壌になる、と評価は高くありません。プラトンいわく僭主独裁制は「国家の病として最たるもの」。

独裁者が生まれるときはいつも、そういう民衆指導者を根として芽生えてくるのであって、ほかのところからではないのだ

「そういう民衆指導者(僭主独裁者)」とは

不必要にして無益な快楽を自由に解放していく人間の政治。秩序もなければ必然性もない

そういう生き方をする人物、そして

財産を没収して民衆に分け与えつつ大部分を自分で着服する人物

となります。

以上のように、なぜ民主制が独裁者を生むのかというと、プラトンは民主制は大衆が自由を求めすぎて制御ができなくなり、大衆の欲望を扇動するポピュリストが指導者になりやすいからだといいます。

ご参考として古代ギリシアのアテネになぜ民主制→独裁制が生まれたかというと以下の通り(スタディオサプリ村山秀太郎講師、世界史教師「金岡新」さんなど参照)。

ちなみにスパルタは寡頭制を維持し続けるので、必ずしもポリス全体がこうなるわけではありません。

ギリシアは山が多く統一国家が生まれにくいため都市国家=ポリスが乱立
石灰岩質からなる国土は貧しい土地で少ない資源を巡って戦争が常態化
③戦争には貴族だけでなく、重装歩兵の優位性などから一般市民も動員
④戦争で殊勲を挙げたものが身分に関わらず誕生し、殊勲に対する処遇が必要
⑤参政権の付与=民主制の成立(分け与える土地はないので)
⑥階級制のない政治的平等=フラットな状況によって自由が誕生
⑦くじで指導者選出しつつ、これでは戦争に勝てないので実力者=将軍は別途選挙で投票
⑧そして民主制の完成者たる将軍の身分にして実質的独裁者ペリクレス誕生

という流れ。一方で塩野七生「ギリシア人の物語Ⅰ」によれば、


ペリクレスの前に民主制を導入したクレイステネスは既存階級(エリート)の温存を図るため、

国政の行方はエリートたちが考えて提案し、市民にはその賛否を委ねた(82頁)


との通り、エリートたちの権益を守るために市民に参政権を与えたと主張。そしてペリクレス以降、プラトンが生きた末期のアテネでは、ソクラテスの弟子アルキビアデスなどのポピュリストが人気を博してリーダーとなり、スパルタとの戦いに敗れてアテネは没落していきます。

いずれにしても「民主制は強力な指導者=独裁者とセットで成立する」というのが、アテネの政治体制。

また、歴史が証明しているのは、プラトン主張の「民主制は僭主独裁制を生む」場合もありますが、一方で「民主制は哲人独裁制も生む」ということ(誰が哲人で誰が僭主かは、判断にお任せします)。

*民主制の完成をもって誕生したペリクレス(古代ギリシア)
*ローマ民衆の支持を得たカエサル(古代ローマ)
*フランス革命を契機にしたナポレオンナポレオン3世(フランス)
*ワイマール憲法に基づく民主政治から生まれたヒトラー(ドイツ)
*民主集中制の共産党から生まれたレーニン(ソ連)、毛沢東(中国)
*そして数多の現代の独裁者:プーチン(ロシア)、シシ(エジプト)、ナザルバエフ(カザフスタン)、マドゥロ(ベネズエラ)などなど

以上、僭主独裁か哲人独裁かはともかく「民主制は独裁制と親和性が高い」というプラトン主張の2400年前のセオリーは、今も通用するセオリーとして綿々と生きているのです。

*写真:2012年アテネにて。サッカークラブ「パナシナイコスFC」旧スタジアム「アポストロス・ニコライデス」

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