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「地形の思想史」 原武史著 書評

<概要>
タイトルが小難しい印象にもかかわらず、内容はやさしくてかつ面白いので一気に読めてしまうエッセイ集。地形をテーマにしつつもそれぞれの土地を実際に訪れて土地土地にまつわる歴史的テーマを深掘りするので「あの土地にそんなことがあったんだ」的発見があって我々読者も、思わずその土地を訪れてみたくなってしまうという書籍。

<コメント>
私の生まれ育った実家(千葉県船橋市海神)も、「海神」という神話発祥っぽい地名が、ヤマトタケルとその妃オトタチバナにまつわる記紀神話(古事記&日本書紀)から来ているのかもしれないと初めて知りました。

それはさておき、あまりにも本書が面白かったので、以下地形の特徴ごとにテーマを絞って、それぞれの詳細をメモ。

【岬】

皇室と関連の深い浜名湖のプリンス岬は、私も何度かサイクリング旅行で訪れたことにある土地に当時のプリンスであった現上皇がここで、夏を過ごしていたなどは全く知る由もなし。確かこの辺りは、柴咲コウ演じる大河ドラマ「女城主 直虎」の舞台になった場所だが、現皇室にも深いゆかりのある場所だったらしい。


【峠】

私のお気に入りの番組NHKBSドキュメンタリーでの渡辺恒雄のインタビュー

でも登場した大菩薩峠近辺における共産党および急進左翼の伝説。これも面白い。同じくサイクリング で柳沢峠は何度か訪れたが再度行きたくなった。

【島】

この章は今話題の感染症にまつわる戦前・戦中・戦後をまたぐ、ハンセン病患者の隔離政策(=岡山県長島)と帰国兵士たちの消毒・検疫専用隔離島(広島県似島)のエピソード。これも凄いとしか言いようがない。樹木希林主演の映画「あん」でも題材に取り上げられたが、本来はほとんど伝染しないハンセン病という病気の誤った政策が、このような悲劇の島を生んだ。

長島の他にも、同じく瀬戸内海に浮かぶ香川県の大島(小豆島近辺)などがありますが、沖縄県の名護市の屋我地島に関してはNHK「目撃!にっぽん」

で特集されていた通り、療養所以外の島民の方と療養所の方の和解が印象的でした。これも本当にいい番組でした。

【麓】

富士山麓と宗教団体とのつながりを特集。この章も実に興味深い。ブラタモリで特集(#52)

していた江戸時代の富士山信仰「富士講の御師」や、創価学会を破門した日蓮正宗の総本山「大石寺」、さらにはオウム真理教や「世界人類が平和でありますように」で知られる白光真宏会など、富士山麓と宗教関連施設への現地取材とそのエピソード。

【湾】

ヤマトタケルが東征の際に相模から上総へ湾を渡ろうとしたとき「海神」が波をおこして船が進退極まってしまって、同行していた妃オトタチバナが自ら入水して犠牲になることで上総に渡ることができたという神話。

ちなみに房総半島は、かつて西からのルートは相模から東京湾をまたいで上総にまず入り、それから下総へと抜けるルートが主要経路。

かつて東京23区のエリアは利根川含め関東平野のあらゆる川が流れ込んで広大な湿地帯となっていたので、陸路での経路は困難を極めたらしい。それで千葉県の玄関口は上総だったのです。

さて、オトタチバナの犠牲伝説によって各地にその地名は残り、オトタチバナの錦の小袖が流れついたという伝説から「富津」「複数の袖ヶ浦」「富津市布引海岸」、ヤマトタケルがオトタチバナの死を悲しんで詠んだ歌から「木更津」「君津」など、千葉県の東京湾岸エリアの多くの地名がこの伝説から来ているというのも初めて知りました。

【台】

そもそも「台」は神奈川県の相武台など、軍隊が駐屯した土地に名付けられた名前で、千葉県習志野台は、明治天皇が命名した「習志野」に「台」をつけてこの名称となるなど、軍隊にまつわる土地に「台」という名称が多いですが、これとは別に最近はニュータウンに「台」をつける場合も多いらしい。

【半島】

最後に半島ですが、ここは「大隅半島」が二人の大物政治家「二階堂進」と「山中貞則」出身の地ということで、彼らの旧宅を訪ねつつ、二人の政治家が残した地元の軌跡を追う。

大物政治家を輩出すると選挙は完全に固定化し、他の候補が出るなど考えられない状況になるのがよくわかります。一方で大物政治家を輩出しながら鉄道路線が廃線になってしまったのは不思議。そこまでの影響力はなかったのか、あるいは他の振興策(国立鹿屋体育大学の誘致)を優先させたのか本書に言及はありませんでした。


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