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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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#忘れられない恋物語

【掌編】『ある日の神保町で』 “改訂版”

始まりは大学二年の春だった。講義の合間にホールで悪友に捕まったのがきっかけだ。 「美佐子の相手しててくれないか  これから授業があるの忘れてた  頼むよ」 シスコンの清原から彼の妹の”接待”を頼まれたのだった。 美佐ちゃんは、大学同期の清原の妹で春から都内の短大に通っている。 何度か会ったことがあった。ちょっと生意気で苦手かもと思っていた。 まあ、この際しょうがない。 神保町の駅で美佐ちゃんと落ち合い、裏通りの喫茶店に行く。 この辺は、街の裏手にあって後楽園遊園地や野

【掌編】『クラッシュ』

誕生日をあの娘と過ごすことにした。 それは絵に描いたような幸せなある日。 美佐子と付き合い出してからもう一年たった。 前の彼女とは半年で関係が自然解消していた。人には相性というものがあるということを理解し始めている。 ケーキが並べられたガラスケースの前で美佐子が振り返った。 「大きな蠟燭を二本と小さな蝋燭を二本にすればいい?」 「うん。二十二本立てるのはさすがにきついだろ」 「ふふふ。言われるとやってみたくなるんだけど」 ケーキに蝋燭で祝って貰うなんて、いったいいつ

【掌編】『出さない手紙』

 お元気ですか。僕は、まあまあ元気です。  人間、嫌なこと、思い出したくないことは自然と忘れるようにできているらしいです。それはどうも本当らしいというのを今、実感しています。なぜなら、君から別れを告げられたあの日あの時の記憶は、ほとんど無くなっているからです。  断片的に残る記憶は、ほとんど降りたことの無い馴染みの薄い駅に呼び出されたこと。悲しいほど無表情で淡々と話す君のこと。帰りの切符を一人で買って放心状態で帰ったこと。もう、どこの駅だったかも覚えていません。  幸か

【掌編】『狐日和』

実家に帰ったときに偶々置いてあった 狐のぬいぐるみを見つけ 車の助手席に乗せて帰ってきた 座席に腹ばいになってぺたっと乗っかっている 少し気がまぎれそうな気がした あいつにフラれてから そこは空席のままだったから あいかわらず勝手気ままな元カノを 自認するあいつは こっちの都合などおかまいなしにやってくる 今日は天気がいいからと クッションを探しに郊外のアウトレットまで ドライブに引っ張り出された ランチが美味しかったのかご機嫌で 帰りの道中ずっと狐をあやすように 膝に

【掌編】『勝てないゲーム』

 または『きらきら(3)』    だらだらと過ごして、もう夕方になってしまった土曜日。西日暮里のひっそりした路地裏にある玄のワンルームマンション。低いテーブルを前に並んで座る。 「腹減ったな」 「じゃあ、嘘つきゲームで負けたら何か買ってきてよ」  最近二人の間で良く行われるゲームだ。嘘をついたと認めた方が相手の言う事を聞くのだ。 ◇ 「タカはさあ、将来何をやりたいわけ?」  渋谷で見つけてきたという少し大き目のガラスの器で冷酒をやりながら玄が聞いてきた。このごろ、二

【掌編】『風の記憶』

 または『きらきら(2)』  時々、脳みそが揺さぶられて目がチカチカするような不思議な感覚を思い出す。今、目にしているものに誘導されるように、それは思いがけず不意に湧き上がってくる。 ◇  生まれた街。そこは港のある程々の大きさの街。途中にバス停がある坂道。眩しい午後の日差し。埃っぽいコンクリート道路の白さ。  バスの窓から身を乗り出すようにして手を振る母。泣きじゃくる幼い僕。僕を後ろから抱きかかえる叔母。従弟のコージが生まれる前のおばちゃんだった。  走り去り見え

【掌編】『きらきら』

 初夏の晴れ渡ったある日、従弟のコージの家に行った。小学校中学年の頃だった。二つ年下のコージとは時々家を行き来して遊んだ。街の大通りに面して建っている雑貨屋がコージの家だ。脇に車一台がやっと通れるぐらいの小道が通っている。そこを少しまっすぐ行って坂道を登り切るとお寺があった。僕はそのお寺側から歩いて行った。坂の途中できらきらと光るものを道端に見つけた。それは二個のスーパーボールだった。  早速、二階の部屋で拾ってきたスーパーボールを思い切り投げてはキャッチするという他愛もな

【掌編】『待合室にて』

 ほんの少し前にこんな光景があったな。病院の待合室に由香里と二人で座っていると時間が少し戻った気がした。  その日、夕食が終わった少し後に妻が腹痛を訴えた。少し休んでいたが、どうもただの一過性の腹痛とは違うようだった。額に脂汗が滲んで光っていた。車を出そうにも、もう酒を飲んでいた。  気が動転していたのは確かだった。それでも由香里に電話したのは冷静に考えた結果だった。すぐに来てくれて妻の様子を伺うと素早く最寄りの救急外来のある病院へ連絡を入れた。それから妻と僕を車に乗せる