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嘘みたいですけど、本当に

 「すいません。手相見せてもらえませんか?」
 噂には聞いたことがあるが、道端で声をかけてくる占い師見習いは実在するのだろうか。占い師見習いではなく、本当は何かしらの悪徳な商売のイントロで、手相を見せていたはずの手には訳のわからない壺を持たされていたりするのだろうか。

 年末に、キリスト教か何かの勧誘の人に声をかけられた。

 ぼくは「あの、ちょっと、すみません」と声をかけられたら、「今急いでるんで」的な切り返しは、本当に急いでいる場合以外しない。というか、できない。「はいなんでしょう」と、条件反射で言ってしまう。
 話を聞いたところで教会に興味があるわけでもないが、反射なのでぼくが考えるより先に「はいなんでしょう」は発されている。
 そして話が始まってしまうと、もう反射どうこうではなく人情として「あ、そういうのいいです」と言えない。興味がなくても、世間話のノリで付き合う。割と積極的に合いの手も入れる。結果、1分で済むと言われた話は、5分10分経っている。

 その人の話を要約すると、こんなだ。

 わたし、実は小さい頃に尿が出ない体質だったんです。そういう子ってたまにいるらしいんですね。
 テンジョウ(キーワードとなる言葉なのだが、忘れてしまった。正しくないと思うがテンジョウと呼ぶことにする)という、手をかざしてお祈りをするやり方があるんですけど、それをやったら体質が治ったのです。
 もしよかったら、今あなたにやってみていいでしょうか。いいんですか。ありがとうございます。
 最近人間関係とかで悩んでること、ないですか?……なるほど、特にない。いえ、なくてもいいんです。悪いことは改善しますし、いいことはよりよくなりますので。
 わたしは大人になってから職場でうまくいかないことがありまして、子どもの時にやっていたテンジョウを久しぶりにやってみたんですね。すると、ぎくしゃくしていた上司と円滑にコミュニケーションが取れるようになったんです。嘘みたいですけど、本当に。
 テンジョウは、これでおしまいです。ありがとうございました。
 よかったら、テンジョウについて書いてあるのでこれ読んでみてください(ここで教会の案内のような紙をわたされる)。もし、興味がなくても、これを持っているだけでも色々なことがうまくいくようになりますから。嘘みたいですけど、本当に。

 その1時間後、ぼくの自転車が盗まれた。
 2020年のクリスマスの話である。

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