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調査の現場⑦:グローバルスタディーズ学科

京都精華大学では、通常の授業のほかに、公開講座として一般人向けに行われる授業があります。今回は、2022年度後期公開講座ガーデン・京都講座 「セイカ的京都案内2」の第6回として2023年1月17日(火)に行った「企業のグローバル化と京都」の内容について報告します。京都にはグローバルにビジネスを展開する企業が多くあります。そのような企業が進出先の国々でどのように現地の社会や従業員と向き合っているのかを紹介しつつ、京都が持つ可能性について考えました。

2022年度後期公開講座ガーデン・京都講座 「セイカ的京都案内2」
https://www.kyoto-seika.ac.jp/lecture/garden/2022second_g01.html

京都と聞いて、皆さん何を思い浮かべるでしょうか。一般的に京都は観光のイメージが強く、そのためサービス産業の比率が高いように思われ勝ちです。しかし、令和元年度の統計によると、国内総生産に占める同産業の割合が全国平均を下回る一方、製造業の割合(京都府 25.4%;全国平均 20.3%)は全国平均に比べて高く、京都は意外にも、相対的に製造業の多い土地であることが分かります(京都府政策企画部企画統計課、2019)。また、愛知、大阪などと比較すると、京都の製造業は、中間財や部品などの「川中」が多いことに加えて、特定の業種に偏らず様々な業種がバランスよく分布していることが特徴です(日本貿易振興機構大阪本部、2015)。

なぜ京都には製造業が多いのでしょうか。一般的には、長く日本の都であったために産業基盤が築かれたことなどが理由として挙げられます。しかし、中には、京都が持つ精神性が産業の発展に貢献したとする興味深い説もあります。京都は、天皇や時の権力者の庇護を受けて数多くの寺院が建てられた、いわば宗教都市です。そのため、仏教の利他の精神が、失われることなく大切に守られてきました。その価値観が浸透し、一時の儲けを狙って持続性のないビジネスをするのではなく、長期的な視野で、世の中のためになるビジネスを着実に行なっている企業が多いことが、京都に世界的なものづくり企業が多い背景にあるといいます(鵜飼、2020)。

では、こうした利他の精神は、グローバル化する世界においてどのように育まれ、維持されるのでしょうか。そこで注目したいのが、京都に本社を置く世界的メーカーの中国法人M社です。M社は様々な社会活動に力を入れており、その一つに、町のゴミ拾いがあります。良いことは取り入れようと、今では市内の日系企業が持ち回りでゴミ拾いを行う体制が確立されています。筆者が行ったアンケートでは、「会社が慈善事業や社会的行事に力を入れているので、自分も愛の手を差し伸べることができる」(20代女性)、「会社は、利益だけでなく、社会的責任にも気を配っているのでいい」(20代男性)などの好意的な声が多数寄せられました。従業員の共感を呼ぶからこそ、場所や時間を超えて、企業は利他の精神を持ち続けることができるのです(國分、2010)。

M社のゴミ拾いの様子。國分(2010)より転載。

M社は、これまでに幾度となく直面した危機を持ち前の結束力で乗り越え、今日まで高いモチベーションと企業業績を維持しています。利他の精神が企業を強くするメカニズムは、Hobfoll(1989)の「リソース保存理論(Conservation of Resources Theory)」で説明できます。これは、リソースの欠落による不安やストレスで人の行動を説明する、心理学上の理論です。従業員は、危機に直面すると、安全性というリソースの欠落から不安を覚えます。不安を覚えた従業員は、行動によってリソースを補おうとします。しかし、不安に駆り立てられる行動は、しばしば十分な成果を生みません。そればかりか、闇雲な行動で心身を疲弊させた従業員が、より豊富なリソースを得られる(すなわち、より安全で、かつ心身の消耗を防げる)他の職場を求めて離職意思を高めるなど、組織にとってかえって悪い結果に陥ります。

この時、組織に社会的リソース(周囲との信頼関係)や心理的リソース(危機に打ち勝つ耐性)があれば、従業員は不安に駆り立てられるのではなく、仲間を信じて、落ち着いて、着実に行動することができるので、無駄な消耗を抑え、離職意思を低く保つことができます。こうした社会的・心理的リソースを増やすのは、企業の従業員に対する日頃の姿勢であり、教育であり、根源的には利他の精神です。昨今のコロナ禍でも、社会的・心理的リソースの豊富な企業では、従業員が不安を感じていても、リソースの効果により着実な感染対策が実施され、その結果、疲労や離職意思が低く抑えられる傾向にありました(Kokubun et al., 2022)。

コロナ禍の利他性とモチベーション。Kokubun et al.(2022)より転載。

今後も京都企業をはじめとした利他の精神を持つ企業の研究を続けて、組織のあるべき姿を社会に向けて発信していきたいと思います。

参考文献:

2023年2月27日
國分圭介(グローバルスタディーズ学科教員)



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