スキーと怪我について【怪我をした時の行動】

 シーズンも盛り上がりつつありますが、残念にもこの時期くらいから怪我のご報告を耳にするようになります。お怪我された皆様、まずは良いご回復をお祈りいたします。

 GRでは定期的に「スキーと怪我」についてご案内しております。スキーは潜在的に危険が伴うスポーツの一つで、レジャーとして楽しまれるシチュエーションも多いため、事故も多いスポーツです。
 GRの中の人はゲレンデのスキーパトロールとして資格を持ち、勤務経験もあります。そんな勤務経験で、1日のなかで怪我などの対応が無い日は滅多にありませんでした。人が混み合う休日などはとても多く、その原因、理由、程度も様々です。

 多くの方にとってスキーは「レジャー」で、危険性をあまり意識せず楽しんでおられます。それはふだん自転車に乗ったり、時にプールや海で水泳を楽しむのとさして変わらないものですが、だからこそ怪我は大変ショッキングなことに感じられます。

 パトロールやっていると良く言われるのが「スキーを始めて3年で5割、5年で8割が怪我をする」という話です。受傷割合などがパトロール協会などから報告されますが、怪我の頻度が多いのが初級〜中級者で、程度が軽くない怪我は中級者以上に多い傾向にあります。これはパトロール協会で把握している数なので、潜在的にはもっと多いとも言われています。

 かくいう私も大きな怪我などスキーで経験しています。膝靭帯損傷に半月板損傷、首の捻挫、肋骨骨折、意識喪失・・・数え上げたらキリがありませんね、やはり長く続けているとこういった事も多くなります。

 そもそも、スキーは普通の人でも原付バイク程度のスピードで、上級者ともなれば自動車程度のスピードで滑走します。これをほとんど生身の格好で滑るのですから、「危険である」「いつでも怪我のリスクがある」という認識はレジャーだったとしても心の片隅にでもいつもあって良いと思います。

<感覚の麻痺>

 滑っていて感じる方もいると思いますが、滑走中のスピードは意外と感じにくものです。それは多くの人が同じ方向に滑っているから相対的にスピード感を感じにくく、風景が広く色が少ないので刺激が少なく、防寒や防護のため空気などが肌に触れにくいため風も感じにくいからです。なので気が付かないうちにスピード感が麻痺し、転倒などで怪我を負うことが割合多く発生します。
 また、スポーツはアドレナリンというホルモンで興奮状態になります。この状態は運動能力を向上させる一方で痛みなどの感覚を鈍くさせます。例えば一度軽く転んでしまった時に怪我をしていたとしても興奮のため気付かず、その後にその怪我が遠因となって再び転倒、大きな怪我になる。なんてことも少なからずあります。
 パトで対応して驚いたことがあるのですが、足がなんとなく痛いと言って来られたお客様が居てブーツを脱がすと明らかに骨折している。聞いてみると午前中に転んでいたそうで、そのまま滑ってお昼休憩をしていたら痛みを感じて来た、そんな話でした。
 これにもう一つ補足しておくと、スキーは寒い環境で楽しむものなので、冷やされて痛みを感じにくいというのもあります。休憩などで体が温まると痛みが出てくるのは血行が回復して感覚が元に戻るからで、そういう理由もあってそのように感じられたかもしれません。

 麻痺といえば集団で滑っていると、不思議と「出来る」気がして普段ならやらないようなことにチャレンジしてしまう事もあります。もちろんチャレンジは大事で、周囲の人に見てもらって指摘をしてもらうのも大事ですが、この「出来る出来ない」の判断がともすれば麻痺してしまいます。また、周りと滑っていると苦手なコースにみんなで行こう!という話にもなりがちで、それでついていって大変な目に遭うこともあります。これは自身よりも周囲の感覚の麻痺でしょう。

 スキーボード特有の麻痺としては、特別に技術を磨かなくともさまざまなシチュエーションで滑れてしまうため、限界を感じにくくなることです。スキーボードの取り回しの良さ、直感的な動き、軽快さは板を履いていないと錯覚するほどのものですが、そのメリットが限界を麻痺させてしまい怪我をするということが、スキーやスノーボードよりも多い傾向にあると思われます。

 これらの麻痺の解決は非常に難しいものですが、有用な方法としては「一度立ち止まる」ことをお勧めします。つまりはリセット、冷静になる時間を意識的に作ることでこれらの麻痺感を希薄させ、自分に立ち返ることができるようになります。もし集団で滑っている時ならば、一人でリフトに乗るのも解決の一助になりますね。

<もし怪我をしたら>

 これらを踏まえてどんなに注意していても怪我をするときはしてしまいます。事故や衝突に巻き込まれることもあります。

 こうした場合どうするべきでしょう?

①安全を確保する
 怪我をした場合は速やかに行動できない場合も多く、そのまま転んだ状態になってしまう事もあります。もし一人で滑っていて怪我をして行動ができなくなった場合は、まず安全確保を行なってください。
 一人の場合、動けるならば速やかにコース脇に退避します。もし板が脱げてしまったり、身につけているものが散らばってしまったら、行動できて安全ならば気をつけながら拾いに行き、動けなかったり流血がある場合は無理に動かずストックなどを持っていたらそれを手に持って振って周囲に合図しましょう。合図できるものがなければ例えば手袋を片方脱いで振るのや、スマホでライトをつけて合図に使うのも良いです。なんでもいいので周囲に合図をし、救助を依頼しましょう。

 複数で滑っている場合も安全確保までは同じ流れですが、同行者は可能な限り受傷者の手助けを行なって下さい。合図を出したりするのも同行者が行い、周囲に知らせると共に、衝突などが起こらないようにし、受傷者の少し上側に立って合図などすると二次被害を減らすことができます。

②連絡する
 安全が確保できたら連絡です。一番手早いのは周囲の人にスキーパトロールを呼んでもらう事です。スキーパトロールへの通報は各リフトの係員などに伝えれば大体できます。
 呼んでもらうのが難しい場合は、スキー場に電話をしてしまうのも良い方法です。ここで注意ですが、110番や119番通報はここでは控えて下さい。そのような通報でも結局救助に向かうのはスキーパトロールなので、パトロールへの通報を優先して下さい。
 一人の場合は呼んでもらうことが難しいので、スキー場への電話が確実になります。あらかじめスキー場の電話番号を登録しておくのも良いですし、家族を通じて通報してもらうのでも構いません。その時に大事なのが自分の特徴を伝える事で、ウエアの色、帽子やヘルメットの色などを連絡しましょう。分かれば滑走していたコース、コースが分からなければどのリフトに乗ってどちらに向かったか?などを伝えます。
 同行者がいる場合、同行者は受傷者が安全ならばパトロール通報に向かっても良いですが、出血などがあったり動けない場合はその場を離れずに通報して下さい。
 通報に向かう場合、可能なら受傷者を風景込みで撮影して通報に行けば、その受傷者の特徴や現場位置などはがすぐに伝わります。ただし撮影は許可を確認した上で、受傷者が撮影を拒否した場合は無理に撮影せず、現場の周りの写真を撮る程度にしましょう。複数人いる場合は待機役、通報役で別れ、通報役が通報に向かっている間にLineなどで写真を送っておく方法も有用だと思います。そう考えるとスマホって便利ですよね。

②(動ける場合)
 動ける場合は安全にゆっくり滑走して降りましょう。この場合、滑走できない場合は動けないものと判断して救助を待つようにします。※ゲレンデを歩くなどは危険です。怪我をしているならばなおのことです。
 無理にパトロールを探すのではなく、リフト乗り場でも救助を待てるので最寄りの施設に向かいます。救護室やパトロール本部は基本的にゲレンデガイドに記載がありますが、状況によって詰所が変わったり別の救助のために不在であることも多いので、不在時は誰でも良いので周囲の従業員やインストラクターを探して後に処置を受けましょう。不在時の連絡用の電話を設置しているところもあるので、その場合はその電話で通報します。

③救助
 動けない場合は通報が届けば程なくパトロールが救助に来ます。サイレンなど聞こえたら手振りなどで合図して到着をそのまま待ちます。
 同行者がいる場合はパトロールが到着したらその救助は全て任せ、受傷者の荷物を運ぶなどの手伝いをしましょう。この時もし滑るのが得意で無い場合は無理に運んだりついていくことはせず、パトロール隊員にそのことを相談すれば適時的確に判断してくれます。同行者はその後の処置の対応でも重要なので、基本的には救護室に向かう事になります。
 単独の場合、色々と混乱などしているでしょうがまずはパトロール隊員に任せましょう。
 多数で行動していた場合は救護室に向かうのは最低限にして、向かう同行者がのちの合流などを段取りして大勢で救護室に行かないようにします。みなさん心配でしょうが、ここは全てパトロールに任せてのちの連絡まで待ちましょう。

④処置
 救護室に到着したら応急処置を受け、必要があれば119番通報されます。この時に119番通報は必ずパトロール隊員に任せて下さい。自分や同行者に通報されると多重通報になってしまい救急隊員が混乱してしまいます。
 処置の段階で「傷病報告書」というものを記録されます。これはのちの保険対応などで利用するので、隊員に保険のことを伝えてコピーを頂いておくと色々スムーズになります。衝突事故の場合は事故状況報告書を記録されるので、後の手続きが簡便になります。
※事故状況報告書は基本的に救助されないと記録されません。訴訟などのトラブルになった場合に有用な記録になりますので、衝突による怪我の場合は必ず救助を受けて記録をされることをお勧めします。

⑤事後処理
 119番通報された場合は何よりも処置を受けることを優先して行動してください。特に頭部や頚部の受傷が疑われる場合は用心しても越したことはありません。
 救護室の応急処置で終わった場合、その後の行動はパトロール隊員の案内などに従いましょう。病院への受診を案内される場合は最寄りの病院を指示されますので、滑走は中止して速やかに病院へ受診しましょう。その折に傷病報告書のコピーを出すと処置がスムーズになります。傷病報告書はその後も保険対応などで必要になるので、コピー本体は渡さないように注意してください。
 速やかな受診が必要ないと判断された場合も、怪我の後なので十分に休憩してそのあとで滑走を続けるか判断しましょう。衝突や事故があった場合は事故の関係者との間で連絡先の交換を必ず行なって下さい。事故状況報告書が作成された場合はそのコピーをお互いに貰い、保険屋さんなどに対応を仰ぐようになります。
 同行者がいる場合にこれらの事後処理について重要なのが、受傷者に対してストレスになるようなことを言ったり、無用に責めるようなことを言わないことです。一番ガッカリしているのは受傷者本人ですし、怪我のことで責任を感じているのは本人です。これを周囲が煽るようなことはせず、あとでそれがたとえば笑い話になるような、プレッシャーや責任を感じさせない安心させる行動がまず大事です。パトの現場では怪我や事故に全く関係のない同行者が言い争ったり貶したりする事も少なくありませんが、そういった行動は謹んで下さい。

<怪我はだれでもありうるもの、起こり得るもの>

 こうした流れを知っておくと、いざ当事者になった時、同行者が怪我をした時に行動が的確で早くなります。スキーパトロールはスキー場救助のプロで、ゲレンデを最もよく知っているプロでもあります。そんな彼らがいれば慌てることはありません、自己解決はせず困った時は力を存分に貸してもらいましょう。

 スキーにおいて怪我をしない方法はありません。だから「怪我の用心」が必要です。それにはいろいろありますが、まずは「保険の加入」を考えて下さい。保険に入っていれば万が一の怪我の時の治療費の足しにもなりますし、生活費の補償の足しにもなります。それだけでなくもし事故を起こしてしまった時の安心の一助になります。というのもスキー場の事故は交通事故と変わらない補償が請求される事も珍しくないからです。スキー場事故での訴訟も珍しいことではなく、そこで責任を問われれば保険なしに補償することはとても難しいことになります。
 スキー保険はだいぶ加入しやすくなっていて、1日単位で入れるものから加入中の特約などで対応できる場合など様々です。それらを踏まえて一度確認してみるのもお勧めします。

<補足 二次災害について>
 救助の現場で最も怖いのがこの「二次災害」です。例えばそう滅多に起こることではありませんが「雪崩」があった場合、危険が危惧されれば救助に行くことができない場合もあります。
 身近なところだと怪我のために動けなくなって、そこに別の人が衝突など絡んでしまうことです。特に向こう側が見えないパークのキッカーなどで、前に飛んだ人が転倒しているところに次の人が突っ込むなどの事故は多くあります。
 こうしたことはさらに周囲の人が大事になります。怪我をしている人を見かけたら話しかける、合図を出す、救助現場は近づかず通り過ぎる時も安全に、サイレンを聴いたら滑走をやめて立ち止まる、こうした行動が周知されているだけでも二次災害は減らせ、救助も早く的確に行えます。
 それともう一つ、心の二次災害。これは怪我した当人を責める、文句を言うなどの行為をしてしまう行為です。事故などの当事者間であればまだしも、無関係な同行者が騒ぎ立てたり攻めたりするのは良くありません。傷病者を動揺させてしまうとショック症状が起こったり、救助が困難になってしまうこともあります。言い争ったり責めても何も解決することはありません。当事者以外の人は努めて冷静に、事故の目撃などあれば落ち着いて記録に残すなど、周囲こそが落ち着くことで、心の二次災害を減らせます。こういったことでそれまでの関係が崩れてしまうのも寂しいことですからね、正義感などで言いたいいことも溢れてくるでしょうが、それはその場には必要ない事、必要なのは少しでも早く救助され手当てされる事です。周囲が冷静である事、それが最も大事な事です。

 今回かなり長文になりましたが、これらが皆さんのスキーライフにとって助けになれば幸いです。今シーズンもまだまだあります、みなさん、ご安全に!

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