『白い世界が続く限り』 終章

前話まではこちら

終章

 年始の休みも終わって大学生活が始まった。珍しく二日前に甲府に雪が降って、しばらく愛車はお留守番でバスでの通学になってた。
 
 年明けからは自分が希望したのもあったけどバイトが結構忙しくて大変だった。でも三が日を乗り越えてはへとへとになって帰るとお兄ちゃんが部屋で待ってて、「遅くなったけどな」と、自分の摘み取ったいちごの乗った二日遅れのバースデーケーキを用意して、勝手に私の本棚の小説を読んでた。
 やっぱ、みつまるさんって雰囲気がお兄ちゃんに似てるな。顔は全然違うけど。
 ありがたくもらったケーキを食べながら、私のベッドで寝転がって小説にハマって読んでたお兄ちゃんを見つつ、改めて思った。これがもうお父さんになるんだもんなぁ、信じらんない。
 小説が何冊か勝手に借りられて行って次の日からもバイトは忙しかった。だけど目的も目標もあったので、なかなか気持ちのいい労働ができたように感じた。大学が始まってからもバイトは少しシフトが増える予定で、このペースなら月末に控えているイベントへの参加も問題なさそうだし、自分の板を買える日もそう遠くないはずだ。
 ナックさんは怪我したあの日、そのまま県立病院に入院してその後に手術することになった。ナックさんの自宅から甲府はそんなに遠くないそうで、家族も電車の特急ですぐに来れるのでそうしたそうだ。ナックさんの奥さんとか娘さんにお見舞いの時にあったけどこれが二人ともすっごい美人!雰囲気も明るくてそこにあきふゆさんも居たもんだから、お見舞いなのに話が盛り上がりすぎて看護婦さんに怒られた。

 ストックでぶつけられた頬の腫れはもう引いた。触っても違和感は無い。ちょっと青あざにもなっていたので隠す意味でドラッグストアでファンデーションを買ってしばらく使ってた。そしてそれが機会ってわけじゃないけど、なんとなく出かける時に使うようになった。
 そうそう、あの青ウェア。なんと学校の先生だったそうだ。ナックさんは弁護士を依頼して色々動いているそうで、詳しいことは分かんないけどあの同行していたピンクのヘルメットの女性の話もあって、懲戒解雇は免れないだろうって話だった。
 それを聞いたあきふゆさんは病院で「ざまぁ!」って言ってやっちゃいけないハンドサインをしてた。まぁ気持ちはわかるけどさ。

 そうして大学の構内を歩いていると、改めて4人で作ったSNSグループに連絡が入った。事故だの怪我だののことがあって今までのと別に作った奴だけど、気がついたら元のグループよりこっちが今はメインになってる。しおてんさん、ごめん。

『退院の日が決まったわ〜』

 ナックさんだ。こないだお見舞いの時にそろそろ退院になるって言ってたけど、決まったんだ。

『おめでとうございます。』
『おめっとー』
『おめでとう!!』

 さくさくっとタイムラインが流れていく。ちょうどお昼時だったのでみんな反応が早い。

『で、とりあえず日野に戻る訳だが。あきふゆちゃんといつみちゃんにお礼がしたいので退院前に会えないかな〜?』
『え?俺は?』
『みつまるは退院後の方が近いでしょ』
『別に甲府くらいなら余裕だけど。』
『じゃ、みんなで段取りするか〜。退院が来週の月曜なんだけど、今週の土曜日とか空いてる?』
『あたしは空いてるよ〜。』
『私は夕方からバイトですが日中は空いてます』
『俺はスキー行くつもりだったから普通に空いてます』
『む、一人でスキーに行くつもりだったのか。ズルいぞ。」
『……いつみちゃんがバイトってきいてたから一人でいっかと思って』
『あーたーしーをーさーそーえー』
『えー。めんどくさい。』

 相変わらずな感じだなあ。

『じゃ、土曜日でいいの?お昼ごろで〜』
『あたしはいいよー。みつまる君に鉄拳喰らわす用事が出来たけど』
『俺、やっぱナックさんの退院後でいっすか?』
『みつまる、土曜日な〜』
『えー。』
『私も大丈夫ですけど、お兄ちゃんからメリケンサック借りて来ましょうか?』
『え?なんでそんなのあるの?』
『韮崎のヨネ君って言ったら結構有名なんですよ』

 包み隠すのもない気軽な感じ。なんか楽しいな。
 そんな流れで土曜日の予定が決まって、昼くらいにに病院の近くのカフェに行く話になった。

 すっかり雪も溶けてしまっていつもの風景になった甲府市内。原付でちょっとおしゃれめなカフェに時間より少し早めに行くと、窓越しに店の中に知り合った顔が見えた。ナックさんの娘さんだ、キラキラと笑顔で手を降ってくれたので、私も遠慮がちに手を降って答えた。
 荷台の黄色の収穫ボックスから白い紙袋を取り出して軽いベルの音と共に中に入ると、ナックさんの娘さん、沙恵ちゃんが出迎えてくれた。
「いつみさん!こんちわ!」
「こんにちは、沙恵ちゃん」
 ナックさんは奥の方で、車椅子に座ってこちらに手を振ってくれた。他の3人はまだ来てないみたい。
「ナックさんおめでとうございます。これ、退院祝いです。」
 いつ渡していいものかわかんないけどまあいいや、と、白い紙袋を差し出す。お兄ちゃんに頼んでいちごを用意してもらった。お花用意しようかと思ったらお母さんに果物にしろ!って言われたのは内緒。
「お〜、もしかして噂の恐いお兄さんのいちご?」
 ナックさんが中を覗き見ながら訊いた。
「ですね。味は保証されてますよ」
「じゃ、ありがたく。沙恵、よかったないちご好きだろ」
「マジ好き!さんきゅー!」
 なんか思いの外大喜びされてちょっと恥ずかしい。
「今日はお二人なんですか?」
 見回すとあの美人な奥さんが居ないので訊いてみた。
「嫁?ああ、今日は別に用事あるってな〜。あれまで来たらまたうるさいしなぁ」
「ああ、ははは」
 看護婦さんに怒られたの思い出した。社交的で明るくて声の大きいナックさんの奥さん。娘の沙恵ちゃんはちょうど二人を足して2で割った感じ。
 私は席に座ると、ナックさんが何か沙恵ちゃんに言って向こうから長くて黒いバッグを持ってこさせてた。
「これさぁ、お返しとか別なんだけど、よかったらいつみちゃん使ってよ」
 渡されたそれは、スキーボードだった。
「え?これって?」
「ほら、青ウェア捕まえてくれただろ?そのお礼。怪我までして捕まえてくれたんだ。俺が使ってた板で申し訳ないけど、それあげるよ」
 その板は雪の結晶がデザインされた黒い板だった。使ってたとはいえ見た感じ傷とかあるように見えないし、新品だって言ってもぜんぜんそう思う。
「それねー、お父さんが限定だからってしおさんから買ったヤツなんだよ。でもちっとも使ってないからいつみさん使ってよ。どうせこの先も使わないでしょ?お父さん?」
 沙恵ちゃんがこの板のことを教えてくれる。 
「ははは、だな。俺、限定とかって言うとどうにも使わない癖があってな」
「そ、そんな!限定のものなら余計に遠慮しますよ!」
「使ってないし、使ってくれた方が有難いしな。それにそのモデル、イノセントより滑走が楽しいチューンになってるから、多分いつみちゃんに合うよ。」
 とはいえ遠慮しちゃう。と思ったら沙恵ちゃんが、
「それにお父さん、また新しい板注文してたしね。」
「え?」
「あ〜。あの試乗会でGD気に入っちゃてねぇ。もう一回乗ってと思ってたんだけど、暇な入院生活で刺激が欲しくてぽちっとねぇ」
「そしてお母さんに怒られた。までがセット。なんか板が届いたけどその足でいつ履くんだ!って」
「沙恵、それは内緒にしとけ。田中家の沽券に関わる。」
 ちょっぴり思ってたけど、ナックさんは全然事故の事は別のことにしてる。あの日から関係が変わるかとちょっと不安に思ったけど、全然そんなことは無かった。
「じゃあ……」
 私は「借りる」と言う話で限定の板を受け取る事にした。私の目標にはクレーシャがあるんだ、それまでの相棒として、ナックさんの板とスキーボードを楽しもうと思った。

 その後、あきふゆさんを乗せたみつまるさんの車が到着して、メンバーが揃った。
 話は退院のことはそこそこに、来週に控えたGRのミーティングイベントのことで盛り上がっていた。
 
 バイトがあるので惜しむ気持ちもありながらカフェを後にする。結構近いしとってもいい雰囲気で美味しいお店だったので、今度改めて行ってみよう。
 愛車のバイクに乗る私の背中には、黒くて長いスキーバッグが背負われてた。これがどういう板なのかってのは話の流れで色々と教えてもらった。しおてんさんがブランドを立ち上げた時に記念に台数限定で販売したもので、当然のようにみつまるさんは持っているとのことだった。そういう話を聞いて一度受け取ったものの使うのが……なんて思ったけど、みつまるさんもあきふゆさんも私にちょうどいいと強く勧めてくれたので使わせてもらうことにした。ビンディングの調整は後日みつまるさんがやってくれるそうなので安心だ。
 しかし背負って運転していると、後ろの荷台に取り付けられた黄色の収穫箱がぶつかってちょっと邪魔なので、うまく背負う方法を考えないとな。
 板を背負い直そうとウィンカーを出して広い路肩にバイクを停めてふと振り返る。日は少し傾き始めてて、でも甲府盆地を囲む北の山々は、白く白く輝いていた。
 再びバイクを走らせる。さっきより背負っているスキーバッグが馴染んでいる感じになった。

 》きたくー

 私はスキーボードバッグを背負って、アパートの階段に向かいながらスマホからSNSに書き込んだ。すぐにフォロワーさんからいくつかレスがついて、古びた階段を上がってガチャっと玄関を開けると、明るい部屋が待っていた。
 本ばかり散らかっていた私の部屋、今日出かける時はうっかりカーテンを閉めるのを忘れて出かけてしまっていた。コタツの上には使い始めた化粧品、こういうのしまっておく箱でも今度探しに行かないと、と思った。
 西陽が入り始めた部屋で、日の光が吊るされたままの私のオレンジのウェアを一層色濃く見せる。
 その下には私のスキーブーツとスキー道具をまとめたオレンジのドラムバッグ。そして貸してもらったばかりのスキーボードの入ったバックをその傍ら置いて、私はカーテンを閉めてシャワーを浴びに向かった。

                    <<episode "First" 終>>


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?