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観覧車のてっぺんで【ひとり芝居】

登場人物(2役)
ハナ
マイカ

棒

舞台上には、中央に椅子になる箱が置いてあり、3つのライトで照らされるようになっている。
ひとりの女優がその中を動くことで、2人の人物のモノローグ及びふたりをひとりで演じる動きを表す。

棒


舞台上の中央の箱の前に、女がひとり立っている。
ふたりの女性を演じる女だ。
花柄が目を惹く浴衣を着ている。
はじめはマイカとして話し始める。

マイカ (どこか勝気な口調で、人に話しかける)やっぱみなとみらいともなるとさ、スタバって混んじゃうね。駅前のはいつも座れるのに、満席なんだもん。ハナ、はい、お待たせ。えっと、なんだっけ、なんとかかんとかフラペチーノ、トールサイズ。(フラペチーノを渡すしぐさ)アタシ? アタシはいつもどおり……。

女、ハナへと変わる。
(以下、独白の中でかぎカッコ表記の時は、相手の口調を真似するテイ)

ハナ (やや内気な口調。独白)そういうと、マイカはいつも通りのアイスホワイトモカ、ベンティサイズ。私にはいつも勝手に季節のフラペチーノを買ってくるくせに、自分はかたくなに一番大きいサイズのアイスホワイトモカ。適当なのか、頑固なのか。もう高校の時からの親友なのに、未だにわからない。「やっぱさ、スタバのドリンクは、夜飲むのに限るね~!」と、これもまた、適当に聞える。「早く!」とはしゃぐマイカ。
(マイカと話す)はいはい、焦ると浴衣はだけるよ。せっかく着付けしてあげたんだから、って聞いてるの? 「早く来ないと観覧車終わっちゃうって……! せっかく横浜来たんだもん、観覧車乗らなくちゃ」急がなくたって、8月は遅くまで営業してるんだから、大丈夫だって、大丈夫。「乗り遅れたら、責任取ってくれる?」
 (独白)この……「責任取ってくれる?」というのも、マイカが口癖のように発する言葉だ。
 ……あれは高校1年、まだ4月の終わり、やっと顔見知りになったことのことだ。
 「ハナちゃん、借りた鉛筆折れてたからノート破れちゃった。責任取ってくれる?」と、良くわからない理由で言ってきたし、今日だって……「ハナ、帯が少しゆるいよ、はだけちゃったら、責任取ってくれる?」と、どうもマイカのペースに巻き込まれてばかりに感じる私だ。
(マイカに)もう、急ぎ過ぎだって!

 女、ここで、上手下手に体を振りながら、ひとり二役で掛け合いを演じる。

ハナ もう急かさなくても間に合うって。
マイカ 今日乗れなかったら、今年のチャンス、もうないかもよ、責任取ってくれる?
ハナ たまにはこっちのペースも考えて。そんなに、もう、いつも急かし過ぎ!
マイカ ……そ、そっか。急かし過ぎ……か。
ハナ うん、どうかした?
マイカ ゴメン……いつも。
ハナ ……どうしたの、急に。
マイカ う、ううん、なんでもない。
ハナ なんかあった?
マイカ 何にもないよ! それより観覧車観覧車!

 女、ハナの人格に戻る。

ハナ はいはい、観覧車観覧車……。
(独白)マイカが、急に落ち込んだように見えた。いつもは、そんな素振りを見せもしないのに。高校時代から付き合ってきて、ひょっとしたら初めてのことかも知れない。急にドキンとした私がいた。
(マイカと話す)「あと5組だね、ゴンドラ」……うん、そうだね。
(独白)どうもさっきの一瞬だけ見せた、切なそうなマイカの顔が気にかかって仕方ない。思えば、マイカとの出会いは突然だった。

 女、マイカになる。

マイカ ね、どこチュウの子? どこから通ってくるの? え、アタシ? アタシはマイカ、「舞う」に中華の「華」でマイカね。よろしく! 県央中学から来たの、ちょっと遠いけど、受験頑張って、入ってきたんだ。ね、あなたハナちゃんでしょ? さっきの担任の、なんだっけ、先生の名前、えーと……忘れちゃった。とにかく、あの先生の呼んだ名前の中で、アタシと同じでハナがつく名前で、覚えやすくって、話したいなぁって思ったから、話しかけてみた! これからよろしくね!

 女、ハナに戻る。

ハナ (独白)と、担任の名前は忘れても私のことは覚えている、そんな適当なところが、私には新鮮に映った。取り立てて個性がないと自分に言い聞かせていた私に、いきなり人懐っこく接してくれたことが嬉しく感じた。

 女、マイカに変わる

マイカ ハナちゃんは、何部に入るつもり? ハナちゃんはさ、着物とか似合いそうだよね。よし、ふたりで茶道部に入ろ! 大丈夫、こう見えてもね、あたし、中学のとき茶道部だったから、腕には自信アリってヤツ。……大丈夫、大丈夫だって! ハナちゃん、着付けしてお茶立てたら、絶対似合うって! 似合わない? なに言ってんの! 絶対似合うっ……まだ言ってんの? ハナちゃんは魅力的だよ、自信持ちなって、ね。

 女、ハナに戻る。

ハナ (独白)と、私は生まれて初めて「魅力的」と言われた。「個性がない」「引っ込み思案」「暗い」……そう自分のことを思っていた私は、いつの間にかマイカのペースに巻き込まれて、まあ、私も悪い気はしていなかったのもあって、ふたりは高校時代の3年間、茶道部の中心的存在になった。勉強はまるっきりダメ、普段はがさつなようで、それでいて茶道のことになると真剣になるマイカ。きりっとした背筋、お茶を立てるさま、動きのひとつひとつに圧倒された。一方、私は勉強については学年でも上から数えたほうが早いくらいだったけれど、結局、茶道は着物の着付けだけきちんと覚えた程度で終わってしまった。そんな私でも、マイカはひとつひとつ丁寧に教えてくれた。マイカと茶道部で過ごした時間は忘れられない。いつ会っても会話は尽きない、心からの友達。恥かしいけど、そんな関係だと思う。高校を卒業してからも、専門と大学に分かれて、マイカはデザイナー、私は大学院生と、正反対のようなそうでないような、なんだかんだでいつも一緒の、凸凹コンビなふたりだ。

 女、マイカになる。
 今までのマイカとは少し様子が違う。

マイカ (独白)と、ハナは思っているだろう。アタシが行動派で、静かで知的なハナ。アタシだってそう思う。ハナの言動を、一挙手一投足をずっと見てきたアタシはそう感じている。「なんだかんだでいつも一緒」……そうじゃない。「なんだかんだ」じゃないよ、ハナ。アタシはハナと入学式の日、初めて出会った時の、あの胸の高鳴りを、生涯忘れないだろう。引っ込み思案だったハナだったけど、アタシには今まで出会ったことのない、宝石みたいな笑顔を浮かべる子に出会ったと思った。ハナの気をひくために、多少強引だと感じているような行動も、あえてやってきた。高校時代のいつの日も、あえて強引な手段に出た。今日の誘いだって、アタシが一方的に決めた。

 女、一時的にハナになる。

ハナ 「今週の土曜日の夕方……横浜? うん、空いてるけど……浴衣? あるけど、ちょっとマイカ、急に決めすぎ。ねえ、マイカ、聞いてるの? もう、相変わらずなんだから。もう、たまには私の責任も取ってよね」

 女、元に戻ってマイカに。

マイカ(独白)8月の土曜日の夜、横浜の観覧車。シチュエーションは、どうしてもこれじゃなきゃ嫌だった。高校時代からのアタシの想いは……アタシの想いは……ずっと変わっていない、今も。だからこそ、いつも通り強引に決めた。今週の土曜日。いつものフリをして、憧れの状況を作った。

女、ここから、上手下手に体を振りながら、また、照明の加減も変わって、ひとり二役で掛け合いを演じる。

ハナ (マイカに)どうしたの、マイカ、ボーっとして。順番だよ!
マイカ (ハナに)あ、うん! 乗ろ、乗らなきゃ、早く乗り遅れたら……
ハナ 「責任取ってくれる?」でしょ? わかってるよ!(独白)どうしてもさっきのマイカが気にかかる。
マイカ (独白)ハナが、いつもよりアタシの目を気にしているような……ドキドキが増す。

 箱に座る女。

マイカ ゴンドラの中へと乗り込んだアタシとハナ。向かい合って座って、改めて、ハナの顔を見る。やっぱり、ハナの目がいつもと違う気がする。ううん、違うのはアタシ、アタシの方。そう自分に言い聞かせる。

 間。
 女、体を後ろ向きにする。

マイカ 少しだけ、静かな時間が流れる。

 間。
 女、掛け合いをひとりで演じるが、以前より、スローなペース。
 観客に背を向けているので、声で演じわける。

ハナ 何、急に人の顔見つめて。なんか、変かな。
マイカ (ハナに)別に、何も変じゃないよ。むしろ、アタシ、変かな?
ハナ どうしたの急に? マイカらしくないよ?
マイカ そ、そうかな。あ、もうこんなに高くなってきてる。
ハナ 早いね。綺麗だね~横浜って。
マイカ あ、あのさ。
ハナ 何? マイカ。
マイカ ひ、ひとつだけお願い聞いてもらって良い?
ハナ うん?
マイカ あと20秒くらいで、てっぺんじゃない? その時さ、5秒だけ、5秒だけアタシに頂戴。動かないでいて欲しいんだ、アタシの顔だけ見つめてて欲しいんだ。
ハナ な、何?
マイカ いいから、あと10秒で……。
ハナ そろそろてっぺん……

 女、正面を向く。

マイカ (独白)てっぺんに来た。ハナにハグして、5秒だけ、キスをした。1,2,3,4,5。アタシにとって、人生最大の、5秒。

 女、また後ろを向く。

ハナ マイカ……。
マイカ (ハナに)いいの、うん、アタシがやったことは全部忘れていい。ごめん、忘れて……。やっぱさ、こんなの、おかしいよね、うん。
ハナ ……ううん。……ごめんね、今まで……。
マイカ いいの! アタシの我がまま聞いてくれてありがとう。ごめん。
ハナ マイカ。
マイカ(独白)こうして、アタシの人生最大の5秒間は、終わった。

女、正面を向く。

ハナ (独白)嬉しかったんだよ、本当は……私だって……と、口に出そうになったのをこらえた。何故か言えなかった。ゴメン、マイカ。マイカには私しか、私にはマイカしかいないのに……。気がついたら、ゴンドラは終わりに近づいていた。

女、後ろを向いて

マイカ (ハナに)ね、ハナ。責任、今回はあたしが取る。だから、友達でいて、せめて、お願い。
ハナ ……なんだかんだでいつも一緒、でいよう、これからも。

 女、ゆっくりと正面を向いて。

ハナ・マイカ そして、ゴンドラを降りた。お互いそれが一番辛いのはわかって。

フッと照明が消える。

おしまい

棒

補足

この作品は、元々2017年頃に「女の子ふたりのお芝居を」という発注を受けて書いた作品が元になっています。上演そのものは、諸事情で流れてしまったようです。
また、元々の、女の子ふたりのバージョンはデータを紛失してしまいました。
(パソコンのクラッシュ……)

この、ひとり芝居バージョンは、発注を受けたわけでもなく、自分の習作で書いたものです。
お蔵入りさせていたものなのですが、noteでの活動を復活させようと思い立っている今、在庫を引っ張り出すのも一興かな、と思い、出してみました。
ひとり芝居より、朗読劇としてやった方が面白いかなとも思いますが、どうでしょう?
落ち着いてお芝居ができる環境が整ったら、誰か上演しません?

サポートいただければ嬉しいです 今後の教養の糧に使わせていただきます!