日本は原爆を投下されるまで戦争を止められなかった
現在でも「日本は降伏の準備をしていた」と誤解する人もいるが、実のところ、第二次世界大戦末期、日本に降伏の意思は皆無だった。その理由は単純。本土決戦で勝利できると確信していたからだ。
それは要するに、日本本土には、なお陸軍240万人と国民義勇戦闘隊2800万人がおり、それが全軍特攻・全国民特攻の猛攻撃を掛ける、だから米軍に勝利できる、という判断だった。
まさしくキチガイ沙汰だが、当時の日本は、一般の国民も含めて、ほとんど国中みんなが戦争に狂っていた。そして、そのような日本は、原爆を投下されない限り(もしくは、それに相当する他の何かにより、戦争遂行は不可能なのだと現実に思い知らされない限り)、戦争を打ち切ることはできなかった。
では、現実には、日本はどのようにポツダム宣言受諾を決定したのだろうか? そしてそれは、原爆投下あるいはソ連参戦とどのように関係しているのだろうか? それを説明してみようというのが、この記事の内容。
それは、ものすごく長くて複雑だし、読んで楽しい話でも無いので、書いた当人が言うのも何だが、読むのはお薦めしない。また、テーマがテーマなので、関心の無い方の目に触れにくくするため、どのみち読むお方は皆無だろうとは思うものの、念のため有料にした。
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