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ラボラトワールの片隅から "Le Lait" D'un coin du laboratoire


…………"あの子"に初めて会ったのはいつの頃だったのだろう?

"あの子"との出会いを記憶している人間って、世の中にどのくらい存在するのだろうか。

わたしの場合、勉強以外の記憶力には結構自信がある方なのだけれど、
それでも、その最初の出会いは……
全く、記憶に残ってはいない。

それくらい、わたしと"あの子"は、昔からの古い、古いお付き合いなのだ。

おそらく、
いちばん遠い記憶でわたしは、
前日まであの子が入っていた
"空の容器"を抱えて、庭先まで
"今日のあの子"を迎えに行った…。

通りに面した門柱の隅に設えられた、
"小鳥の巣箱"のような見た目と大きさの"木箱"の上蓋を押し上げて、
その中を覗くと、あの子はその箱の中で、わたしが迎えに来るその時を、
朝日が昇るよりも早い時刻から、
今か今かと、
ずっと待ってくれていた。

抱えている空っぽの容器と同じそれに、
今日のあの子は、いっぱいに満たされ、
封をされ、閉じ込められている。

……けれど、あの子はべつに、
その状況を嫌がっている訳では無いし、
苦しんでいる訳でもない。
あの子はいつだってそうやって、
あの子を待っている誰かの所へ向かうのだから。

わたしは抱えてきた空っぽの容器と、
あの子で満たされていることで重さが随分と増しているはずの、箱の中の容器とを、
静かに入れ替える。

その容器というのは、細く長い
ガラス製の透明な"瓶"だったから、
"グランマ"から丁寧に扱うよう教えられていた。

その木箱の中では、あの子は
大体いつも2本ずつ、並んで待っている。

わたしは、木箱の隣りあたりにある
コンクリ製の外階段の縁の"平ら"な部分に、今日のその子を先に取り出してから、抱えて来た空っぽの容器を
並べ入れて、そっと上蓋を閉じる。

そして今度は、来た時よりも重くなった手の中のそれをしっかりと抱えると、13段のコンクリ階段を慎重に上り、今日のあの子を台所のテーブルの上まで運んでいく。

その頃はまだ、冷蔵庫の取手には手が届かなかったものだから、
冷蔵庫に入れるのはグランマの役目。

「今日も配達、ご苦労さま」
グランマの、にこやかな声がした。

その一連の朝のルーティンは、わたしが本当の"はじめてのお遣い"を経験するよりも前に、グランマがわたしに与えていた、簡単で安全な"お遣い"だった。

グランマ宅の敷地から外に出ることなく完結するその"配達がかり"は、
何でも1人で"やりたがり"だった
そんなお年頃の、幼いわたしにとっては、丁度いい"おてつだい"となっていた。

今になって思い返すと、あの子は、
わたしのちょっとだけ背伸びして褒められたいという心の成長の過程にも、寄り添い、深く関わっていたわけだ。


……

ひと仕事を終え、遊び惚けてお腹が空いた頃、今朝迎えに行ったあの子を、おてつだいのご褒美にと、グランマが冷蔵庫から出してくれる。

あの子は大抵グラスに注がれ、小さな焼き菓子やバナナなんかと一緒にテーブルに並んだ。

最初の頃はグラスに半分くらい。
それから段々とグラスに一杯になり、
7才を迎える前には瓶一本分、
すべてを飲み干せるまでになっていた。

グラスに注がれたあの子の表面は、
わたしがグラスを両手で抱えて口元に運ぼうとする度に、
タプタプ……ユラユラ……と波打った。

水よりもやや"とろみ"のある、その波打つ表面は、光が当たると、風に揺れる滑らかな"正絹"の光沢と質感のようにも見える。

あの子が"その表現"の由来なのだろう
"乳白色"と表現される、それが持つ色味だが、実際には"クリーム"がかった白というより、もっと"純粋"な白に近かったようにも思う。

そんな風に成長していくわたしに寄り添い、その姿を近くで見守り続けてくれていたであろう、あの子。それは、

『 牛乳 』
"Milk/Lait"


……

瓶一本分まで飲めるようになると、
わたしは敢えてグラスに注がれるのを嫌がって、全てを自分でやりたがった。

この方法が、一番美味しい牛乳の飲み方なのだと思っていたから。

まずは、
瓶の口の上の部分に被せてある、透明の
"黄色"或いは"ピンク色"の薄いビニルを剥がし、先っぽに太い針状の突起が付いたプラスチック製の道具を使って、飲み口を塞いである紙製の"まあるい"厚紙を針先に引っ掛けて取り除く。

白とピンクのストライプの、
太めのストローを直接瓶に差し込んで、
ストローの"じゃばら"部分を
"くの字"に折り曲げてから、

呼吸を整えて……きゅーーーーっ!!
……と、一気に飲み干す。


それが、なんとも美味しかった。

ポイントは、瓶から直接という事と、
先の曲がる太いストロー。
単純で、それだけで美味しさが増したように思えた。

たまたま先の"曲がらないストロー"しか無かった日には、"膨れっ面"になってグランマを困らせたこともあった。

パックの牛乳でもないのに、あえてストローを使っていた理由は分からないが、グランマにそう教えられて常にそうしていた。

……物心が付いた時には、"瓶牛乳"で育っていたものだから、小学校に上がって給食で"牛乳パック"の牛乳を飲んだ時には正直なところ、パックの匂いが気になって、それまで知っていた
"混じり気の無い"美味しさと比べると、どこか少しの物足りなさも感じたものだった。

時が経ち、
給食という昼食のスタイルから離れることになった高校生の頃からは、牛乳を口にする機会はぐっと減ってしまった。

そんなわたしと、牛乳との関わりが復活したのは、本格的に料理をするようになってからのこと。

さらにそれが持つポテンシャルの高さに魅力を感じ始めたのは、製菓や"実験的"な調理を好むようになってから。

カスタードクリーム、練乳バター、
カッテージチーズ、リコッタチーズ、
プリン、ミルクジャム……。

あゝそうそう、わたしがグランマに初めて振舞った料理も、牛乳をたっぷりと使った"牡蠣のホワイトシチュー"だった。
デザート用に拵えた"シュークリーム"のカスタードにも、美味しい牛乳を使った。

牛乳は、わたしがほんの少しの手を加えただけで、わたしの好きな"あれやこれや"に、さまざまに変化をしてくれる。
もちろんその過程も実験的で、科学的で愉しい。
併せて、自家製ならではの新鮮な美味しさが、必ずそこにはある。

「練乳だとか、チーズなんて買うものでしょ?」

だなんて言わないで、一度試してみてほしい。その美味しさに感動しますから。

ここのところ、何度も耳にするようになった"牛乳の廃棄処分"問題。

まさにこういう機会こそ、普段、料理をしない方にも牛乳を贅沢に使った手作りに挑戦して欲しくなります。

……だけど、プリンだと応用が効かない。

そんなことも考えて今回は、簡単に出来てアレンジも効く、いくつかの牛乳レシピをご紹介していこうかと思います。

どれもあえて少量でも作れるようにしてありますので、"アリモノ食材"の牛乳が少しある時、ほんの少しの甘いものを欲した時にもどうぞ。

……というわけで今回は、
『基本のカスタードクリーム』
をベースに、その応用編として
『柑橘風味のカスタードクリーム』を。
そして、
今回のカスタードクリームの材料としても使用する"コンデンスミルク(練乳)"の自家製のレシピと、
コンデンスミルクの応用編として、
『練乳バタークリーム』
のレシピまでをご紹介します。

どれも"牛乳"を使って作るレシピとなっています。

お鍋を使って作ることも可能ですが、今回のテーマのひとつとして"手軽さ"を意識してレンジでの調理方法を中心にご紹介しております。
くれぐれも、やけどなどには気をつけて適切な調理器具、調理行程をご使用の上お試し下さい。


……

『 カスタードクリーム / Basic 』
ー 材料 ー 
(日持ちはしないので、食べ切り出来る200ml ほどの分量にしてあります)

・卵黄 1個分
・砂糖 25㌘ (→大さじ2.5強)
*グラニュー糖なら大さじ2強
・薄力粉 10㌘ (→大さじ1強)
・牛乳 150㌘ (→約150ml)
・コンデンスミルク 小さじ1強
・無塩バター 5㌘
*少量なので無塩、有塩にそこまでこだわりませんが、あれば無塩で。

・ラム酒 小さじ1

*レシピの中で使うのは卵黄のみになりますので、卵白が残ってしまいますが、下記でご紹介している『練乳バタークリーム』に使用することも可能です。

ー 作り方 ー
1 
耐熱のボウルに卵黄、砂糖を入れ泡立て器で良くまぜる。
さらに薄力粉を加えて混ぜ合わせてから、牛乳を少しずつ加えて、その都度全部が混ざり合うまで混ぜ合わせる。


電子レンジ600Wで1分30秒ほど加熱(ラップなし)してから、素早く全体が馴染むまかき混ぜる。
*1分30秒はあくまでも目安です。
牛乳の温度によって多少違ってきますのでフツフツなるより前に一旦混ぜて下さい。


その後、同じく600Wで30秒加熱するごとに一旦取り出して全体を良く混ぜて下さい。
*ここでしっかり混ぜていればダマにはなりにくいです。


3の行程を2〜3回繰り返して、最後は、もったりとしたクリームの表面がフツフツと盛り上がるまで加熱したら取り出して、もう一度全体を混ぜてから、コンデンスミルク、バター、ラム酒を加えて混ぜて、バットに移して表面を平らに慣らして、ラップがクリームの表面にピッタリと密着するように張ります。
もしあれば、その上から保冷剤を置いて急冷させて適温になってからそのまま冷蔵庫へ。

ー Point ! ー
*とにかく、都度良く混ぜることが大事です。きちんと混ぜればダマにならず濾す必要はありません。
もし気になるようなら、やけどには注意をして温かいうちに濾して下さい。

*フツフツとなってからもあまりレンジにかけ過ぎると硬くなり過ぎますが、薄力粉にもしっかり熱を通したいのでフツフツと盛り上がるまでは目を離さずに見極めて下さい。

*ラップをクリームの表面に密着させるように張ることで表面に膜が張るのを防ぎます。衛生的にも雑菌を防ぎます。

*保冷剤の使用も、早く冷ますことで雑菌による痛みを防ぐ意味もあります。

*基本中の基本のカスタードクリームならば、コンデンスミルクとラム酒は無くてもOKですし、ラム酒の代わりにバニラオイルやエッセンスを使っても良いのですが、一度このレシピも試してみることをお薦め致します。

*お鍋で作る事も、もちろん可能です。
その場合も焦がさないよう混ぜ続けて下さい。
このレシピでは、"気軽に"牛乳を使うことを目的としていますので、あえてレンジ調理をご紹介させて頂きました。

ー Recommendation ! ー
・カスタードクリームが冷えてから、別に泡立てた生クリームとを合わて
"ダブルクリーム"にするとまた違った美味しさに!生クリームはカスタードクリームの半量〜お好みの量で。

・牛乳の量を増やしてクリームよりも滑らかなソース状に仕上げることも出来ます。逆に硬く仕上げてパンなどのフィリングにすることも可能です。

・わたしの場合は季節の果物と、別に焼いたクッキーやバイ生地やクランブル、もっとお手軽にしたければ購入してきた焼き菓子などと一緒にお皿やグラスに盛り合わせて、カスタードクリームを添えたり、カスタードソースを敷いたり掛けたりして即席のパフェを作っていただく事が多いです。



……

『 柑橘風味のカスタードクリーム 』
ー 材料 ー

・卵黄 1個分
・砂糖 25㌘ (→大さじ2.5強)
*グラニュー糖なら大さじ2強
・薄力粉 10㌘ (→大さじ1強)
・牛乳 150㌘ (→約150ml)
・コンデンスミルク 小さじ1強
・無塩バター 5㌘
*少量なので無塩、有塩にそこまでこだわりませんが、あれば無塩で。

・グランマルニエ 小さじ1
・檸檬など柑橘の皮の摺り下ろし 少々


ー 作り方 ー

作り方はベーシックと同じです。
ラム酒の代わりにグランマルニエ、檸檬の皮の摺り下ろしを加えるだけです。

*檸檬など柑橘類の皮を摺り下ろす際は、白いワタの部分まで下さないよう注意して下さい。苦みの原因になります。

*その他の注意点もベーシックを参照して下さい。



……

『 自家製コンデンスミルク(練乳) 』
ー 材料 ー
(出来上がりは牛乳の量の半量)

・牛乳 100㌘ (→約100ml)
・砂糖 25㌘ (→大さじ2.5強)

ー 作り方 ー
[ お鍋で ]

材料を鍋に入れて、弱火にかけて焦がさないよう常にゴムベラで混ぜながら、最初の半量くらいになって、とろみがつくまで煮詰めて下さい。

*冷めると少し硬くなるので、鍋底をヘラでなぞって道が出来るくらいが目安です。

[ レンジで ]

全ての材料を耐熱の深めのボウルに入れる。


600Wで1分ずつ(ラップなし)、
様子を見ながらお好みのとろみがつくまで時々混ぜながら加熱を繰り返して、ヘラで底をなぞって道が出来るくらいまで続けて下さい。
冷えると少し硬くなります。

ー Point ! ー
*牛乳が泡立って吹きこぼれそうになるので、牛乳の量よりかなり深めな耐熱容器を使用することをお勧めします。

*やけどには充分に気をつけて下さい。

*レンジは加熱の調整が難しく、小さな容器だと吹きこぼれを心配して何度も取り出してかき混ぜたりするとなかなか煮詰まらずに時間がかかることもあるので、急ぐ場合は、お鍋での調理をお勧めします。

*保存する際は、煮沸消毒した清潔な瓶で。

ー Recommendation ! ー
・上記でご紹介したカスタードクリームに。
・下記でご紹介する練乳バタークリームに。
・ポテトサラダを作る時にほんの少し加えるだけで、じゃがいもの青臭さが減りミルキーな味わいが楽しめます。
・マヨネーズに少量のコンデンスミルク、粒マスターを混ぜ合わせて、お野菜に絡めてドレッシングのようにしても"あまじょっぱい"美味しいひと皿になります。


……

『 練乳バタークリーム 』
ー 材料 ー (作りやすい分量)

・卵白 1/2個分 (→約15〜20㌘)
・砂糖 5〜10㌘ (大さじ1前後)
・コンデンスミルク 20㌘ (大さじ1)
・無塩バター 50㌘
・ラム酒 又はバニラエッセンス 少々(お好みで)

ー 作り方 ー
[ 下準備 ]
・バターは室温に戻して柔らかくしておいて下さい。
・手動で泡立てる場合は、あらかじめ卵白を冷凍しておくと、手動でも早くメレンゲが出来ます。(1参照)


メレンゲを作ります。ボウルに卵白と砂糖を入れてメレンゲ状になるまで泡立てます。
しっかりした角が立つまでにして下さい。 

*清潔なボウルと泡立て器を使います。油分や水分、卵黄の一部が混入している場合上手くメレンゲになりません。

*メレンゲを作る前に一旦冷凍させておき、泡立てる際は、卵白に極ごく少量(分量外/ひとつまみより少ないくらい)のお塩を加えて混ぜるとメレンゲになるのが早いです。


室温に戻してゴムベラで柔らかく練ったバターに、コンデンスミルクをよく混ぜ合わせてから、メレンゲを2〜3回に分けて混ぜ合わせる。
お好みで、ラム酒も加えて混ぜる。

*面倒なら、メレンゲが無くても充分に美味しい"練乳バター"になります。
その場合は、練乳の分量を40㌘(大さじ2)くらいまで増やすと、滑らかな仕上がりになります。
もっとフワッと軽いクリーム食感を楽しみたい場合は、是非メレンゲの入ったタイプもお試し下さい。

*上記でご紹介したカスタードクリームの卵白が残ってしまうので、新鮮なうちにこの練乳バタークリームに使うこともおすすめします。

ー Recommendation ! ー
・バゲットに挟んで練乳バタークリームパンに!
・クラッカーなどのディップにしておつまみにしても。
・スポンジ生地との相性も良いです。
・チーズと合わせても"あまじょっぱい"ワインのお供になります。
・レーズン、ドライ無花果など、ドライフルーツとの相性も良いです。



……

Bon appétit!
どうぞ、召し上がれ!

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