【店づくり相談室 vol.19】私、アレが好き!
三度の飯よりアレが好き!
私、アレが好きです。口に含むと、じわっと甘さが広がり、なんとも言えない幸せな気持ちになる、あんこ。この『餡』は中国からきた言葉で、『食べ物の中に詰めるモノ』という意味です。
<大福><最中><きんつば><たい焼き><どら焼き>などあんこを使った和菓子は日本が誇るべき食文化のひとつです。
一世を風靡した童謡にも登場した<たい焼き>
買い食い文化が発達した江戸時代から、その場で食せる庶民のおやつは人気があり、明治期以降、東京に暮らした多くの文豪もその作中に<たい焼き>を登場させています。吉本隆明は高村光太郎の一文から<たい焼き>を『男のせつなさの象徴』と捉えています。昭和に入ってからも、子門真人が歌った『およげ!たいやきくん』が大ヒットし、高橋留美子の漫画『うる星やつら』でも、主人公の行きつけの店のひとつとして、『海老屋』というたい焼き屋が登場します。
このように、<たい焼き>は庶民の代表的な甘味と言えます。その<たい焼き>。
東京には数多くのたい焼き屋があります。その中で、御三家と言われる老舗人気店が、<浪花家総本店><たいやき わかば><柳屋>です。
<浪花家総本店>は、1909年に創業した老舗で、回転焼き~派生した<たい焼き>の発祥とされる。パリッとした薄皮タイプ。上品な甘さの小豆は8時間をかけて炊き上げるそうです。
<たいやき わかば>は、パリッとした薄皮の中に程よい塩加減の餡が尻尾までぎっしりと詰まっています。
<柳屋>は、パリッとした薄皮に甘さ控えめの大きな粒の餡がたっぷり入っています。「たい焼き」と言っても、口に入れたときの触感や小豆粒の大きさ、餡の味わいなど全くと言っていいほど違いが感じられます。
『ドラえもん』の大好物!<どら焼き>
漫画・アニメ『ドラえもん』の主人公であるネコ型ロボット『ドラえもん』の大好物としても知られる<どら焼き>。作家である藤子・F・不二雄氏の出身地である富山県では、身近な和菓子であり、祝いごとや法事の際に、<どら焼き>を贈る習慣があるようです。
その名前の由来は、船が出発する際に鳴らす銅鑼に形が似ているという説や、かつては鉄板の代わりに銅鑼の上で焼いていたからという説もあります。関西方面では、<三笠焼>と呼ばれることも多いようですが、これは外見が奈良県の三笠山に似ていることに由来するようです。
いずれにしても、気軽に食せる庶民的なおやつの代表格ですが、『東京三大どら焼き』と言えば、上野の<うさぎや>、東十条の<黒松本舗 草月>、そして浅草の<亀十>です。
縦に均一に気泡が入っていて、ふわふわでサクッと歯切れのよい触感の皮と瑞々しい餡が特徴の<うさぎや>、純粋蜂蜜と黒糖、鶏卵をたっぷり使って、しっとりと焼き上げた皮の絶妙な触感を追求する<黒松本舗 草月>、パンケーキのようにふわふわの皮の焼き加減に職人技が光る<亀十>。
甲乙つけがたいおいしさですが、私は、浅草の<亀十>推しです。
<亀十>の創業は大正末期と言われています。店名の正確な由来は不明ですが、長寿で、縁起の良い動物とされる「亀」と、一から十の単位の中で、一番数字が大きい「十」を掛け合わせたと伝えられています。<亀十>の<どら焼き>の特徴は、なんといっても生地です。手にした時の驚くほどのふわふわ感。生地を潰さないように優しく手で持ち、口に入れたときのふんわりとした舌触りと、もちっとした触感、噛むほどに口の中に広がる餡子の優しい甘味と、程よく解け合う生地のハーモニーは何とも言えません。
なぜ、名古屋にはあんこ文化が?
あんこと言えば、名古屋と言われるほど、名古屋にはあんこが深く根付いています。名古屋の喫茶店で<モーニングセット>と言えば<小倉トースト>は欠かせません。
名古屋にあんこが根付いているのには理由があります。あんこは、和菓子には欠かせない材料。和菓子は、茶の湯文化と大きな結びつきがあり、茶の湯文化と共に発展しています。
名古屋と言えば、尾張徳川家。徳川御三家の最大派閥です。
尾張徳川家の初代藩主である義直、光友が茶の湯に傾倒し、それが礎となって今日の和菓子(あんこ)文化が東海地方には根付いたといわれています。
あんこの種類の違い
最もオーソドックスなあんこと言えば、小豆が原材料。小豆を原材料としたあんこも大きく4種類に分けられる。
<粒餡><つぶし餡><こし餡><小倉餡>の4種類。
この違いは何でしょうか。
<粒餡>は、小豆を潰さずに炊いた小豆の餡子。小豆そのもののうま味とえぐみ、独特の風味が凝縮されています。<こし餡>は、小豆を炊き、粒を裏ごしして外皮を取り除き、砂糖を加えて練り上げたあんこです。非常に滑らかで、円やかな口当たりです。熟練の技により滑らかさに格段の違いがでます。
<つぶし餡>は、粒餡の粒を敢えて潰して、炊きあげたもの。これは、炊く時間が短くなり、皮の要素を残すことができるメリットがあります。粒つぶした感じはありませんが、外皮が小豆の独特の味を残していますので、<こし餡>より小豆の味をしっかりと楽しむことができます。
そして、<小倉餡>。これは、<大納言小豆>と言われる高級で大粒の小豆を密煮で甘くして、それを<こし餡>に混ぜ合わせたもの。餡の中では、最もラグジュアリーなあんこと言えます。
小倉餡の名前の由来
この<小倉餡>。どうして<小倉餡>というのでしょうか。それは、土地の名前に由来するものです。
<こし餡>の中に、<大納言小豆>の粒つぶがある見た目が、鹿の子供の背中にある斑模様に似ているところからその名前がつけられました。と言われても釈然としませんが、突き詰めていくと、鹿肉のことを紅葉といいます。また、花札の絵柄でも鹿と紅葉は一緒に描かれていることが多くあります。転じて、紅葉と言えば、京都の<小倉山>。その小倉を取って、<小倉餡>というようになったようです。
ちょっとまどろっこしいですが、言葉遊びが好きがった平安時代の歌人によるものだとすればうなずけるような気もします。
別の説によると、京都の小倉山の近辺で<大納言小豆>が多く収穫されていたことからという説もあります。
餡ビリーバブル
<あんこ>を使ったご当地の和菓子には多様な菓子が存在しますが、変わりどころを上げるならば、『島根県津和野町』の<饅頭茶漬け>ではないでしょうか。明治・大正時代の文豪<森鴎外>が好んで食べたという<饅頭茶漬け>。伝統料理を基本にした新料理、新調理法を提案する大石寿子氏によると、「庄内地方には、餅米と小豆を煮て砂糖と塩で調味する<いとこ煮>という料理があり、その<いとこ煮>に近い味わいに、煎茶の渋みが加わって、美味しい。塩をパラパラと振り入れると、調和がとれて、更にいい感じになる」そうです。確かにもともと、<お茶>と<あんこ>は相性がよく、<おはぎ>を考えても、<米>と<あんこ>の相性は良いですから不思議ではないですね。
また、ダイエットの観点からも、<あんこ>は身体に良さそうです。<あんこ>には、様々な種類のミネラルが含まれていて、貧血に効果が見られる鉄分や骨や歯を作るカルシウム、300種類以上の酵素の働きを助けるマグネシウムが豊富に含まれています。特に、鉄分が多く、一般的な<大福>をひとつ食べるだけで、ほうれん草のお浸し100ℊよりも多くの鉄分を摂取することができます。身体作りをする上で、脂質は嫌われますが、あんこには脂質はほぼゼロ。小豆はマメでたんぱく質。砂糖は、糖質ですが、言ってみれば炭水化物。エネルギー源になります。だから、糖質を嫌うアスリートやボディビルダーにも人気のおやつになっています。しかも、<粒餡>には、美肌効果が期待できるポリフェノールが豊富。<あんこ>だけに、アンチエイジングにも良いとされます。さらに、利尿作用もあり、デトックス効果も。まさに万能のスイーツと言えます。
あんこを食す
あんこの菓子の代表格と言えばやはり<虎屋>の羊羹でしょう。例えば、<夜の梅>を頬張る。食べた瞬間には甘さは感じられません。でも、時間と共に徐々に口の中に甘さが広がり、その甘みが最大限になった時に、シュッと甘さが消えます。なんともドラマチックな甘味です。業界用語では、これをキレのある甘さというそうです。これは、上品な甘さともいわれます。決して、糖度が低いから甘さ控えめという訳ではなく、糖度が高くてもキレのある甘さを上品な甘さといいます。しかも、「虎屋の羊羹には賞味期限が存在しません。
便宜上、賞味期限は記されていますが、開封しない限りずっと味は変わらず、美味しく食べられる」と以前、虎屋の広報担当者は語っていました。
アイテムを特化する
<チョコレート>が一大ブームになった時、以前の職場で食品の担当者に「次はあんこが来る。<あんこ>のフェスティバルをやろう!」と言い続けていました。その想いは残念ながら届かず、他社にやられてしまいました。案の上、その催事は今でも大ヒットしているようです。
誰もが、何かしら好きなモノがあります。嗜好品と言われるものも含めて、マスに受け入れられるモノではなく、特定のアイテムに絞り、どこよりも早く、誰も見たことがないような規模感でn=1のマーケティングを形にすることが、新たな独自の分類を創造し、『一番手の法則』を手に入れることができるのです。それが、その店ならではの独自性として、ファンに支持されるようになります。価値観が多様化し大きな売上の山を作りにくくなった今、小さな山の数で大きな山以上の容積にすることができるのではないでしょうか。
店づくり相談室は、行動経済学に基づいて体験価値を高める目に見えない揺らぎを伴う店づくりのヒントを提供します。
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