なぜ掛け算の順序を変えてはいけないのか?ー掛け算だけと思ったら総和してたー

「たかしくんは1冊あたり120円のノートを50冊,1本あたり50円の鉛筆を80本買いました.たかしくんはいくら払ったでしょう?」

これは単純な式に展開すると「120×50 + 50×80 = X (円)」という式になり,Xを求める問題ということがわかる.小学校ではどうもこの掛け算の順序が非常に重要らしい.僕が小学校の頃はそんなに意識した記憶が全くない.

この問題は非常に簡単なので分配則を使えば「50×(120+80) = 10,000 (円)」で簡単にできる.しかし,分配則を使ってはいけないらしい.習ってないからはもちろんそうである.というより,珍回答を読む小学校教師の手間を考えると一律に間違いであることにしたほうが人に優しい.小学生は鬼だ.

教師が小学生の珍回答を証明するための人的コストを除いて,なぜ順序を考えなければいけないのか考察してみたい.

本質的に掛け算は順序を気にする必要がない.というのも,一般的な整数の計算であれば乗法則と加法則が成立し,掛け算に至っては順序則を気にしなくていいので,あまり日常生活で困ることはない.小学生は交換則の存在しない世界にいるのかもしれない.

文章の側面で順番を考える

そもそも掛け算の順番を気にしない大人はそそっかしい.というのも,数学というものが本質的には言葉でありコミュニケーションの手段であると考えると,「50×(120+80) 」というのは意味不明である.

この数式を言葉にしてしまうと「50冊と50円をまとめて120円と80本を足し合わせた数の積でいくら払ったかわかる」という,かなり妙ちきりんな言葉で翻訳できる.一番最初の「120×50 + 50×80」であれば数式をそのまま言葉にしていると言える.

しかし,ここまでではあまりにも科学的視点に立っていない.というのも,なぜ「1冊あたり120円のノートを50冊」という文章にしたのだろうか? 「1冊あたり」はいらなくないか? 消してもいいか?

実はここに科学の罠がある.問題を改題して「5冊あたり600円のノートを50冊」のように出題した場合はどうだろう? 「600 / 5 × 50」のように書くのだろうか?

では,振り返って「1冊あたり120円のノートを50冊」の解答は「120 / 1 × 50」という式のほうが正しいのではないだろうか?

科学の側面で順番を考える

では,回答の式に単位を設けてみよう.「120 (円)×50 (冊) + 50 (円)×80 (本) = X (円)」である.次元解析をするために「円×冊 + 円×本」に置き換えよう.そもそも円という解答は正しいのか?

というのも,例えばニュートンであれば「1kgの質点を1秒間に1メートルを動かしたときの力」と定義されている.「1N = kg・m / s^2」である.

このように,言葉と単位の関係性を俯瞰する作業のことを次元解析と呼び,力学では確かめ算でさんざんお世話になる.この次元が間違っていたら,計算の過程か立式そのものが間違えていると言えるからである.

「1冊あたり120円のノートを50冊」と書いているのだから「円 / 冊 × 冊 = 円」で合わせたほうが帳尻が合うというものである.

では,もし冊という単位で割らなかったらどうなるか? それぞれの単位が「円・冊 + 円・本」となる.基本的に単位の異なる次元は足し合わせることができない.従って,「円・冊 = X」「円・本 = Y」と置き,「X + Y」ということにしなければダメである.単位の異なるもの同士を足し合わせることはご法度だからである.公理!

そう考えると,「円 / 冊 × 冊 + 円 / 本 × 本 = 円 + 円」となるような式を立てれば単位を円と置くだけでなくスッキリする.本質的に「円 / 数 × 数 = 円」であるということがわかる.

単位は大事

力学において単位は非常に大事である.これを間違えると計算のやり直しになる.つらい.

この場合は「円 / 数 × 数 = 円」という次元に落とし込んだ.つまり,複数個あたりにかかる値段を買いたい個数で掛けると合計額になる

当たり前と言えば当たり前であるが,抽象化によって式自体が簡単になった.さらに抽象化すると,そもそも買い物かごの合計金額を聞いているのだから,品目は複数存在することもわかる.合計金額は足し合わせているだけであるので,積分してもよいが品目あたりで色々な情報が混雑している.取るべきは集合の総和だろう.

これらを考慮すると,買い物かごに入れた金額の合計は

ただし,Cをカート,Vをまとめ買いの値段,Pをまとめ買いの個数,Nを購入する個数とする.

これで,合計金額という新たな単位の存在が確認された.小学生はこんなに高度な情報戦をやっていたのかと愕然とする.そりゃ,次元解析の結果を考えると下手に交換則を適用すれば単位が破綻する.分配則を使って計算を簡単にしてはいけない.簡単にした奴はグーパンかケツバット.

今まで掛け算だと思っていたら総和してた.分数をやると今でも確かめ算をやらないと不安になるから,ちゃんとマスターできた小学生は実は優等人種なのでは? 個人的にこの結果を見ると,ガウスが見つけた自然数の和は自然数にしか使えないと思うので,計算を簡略化するため単位を考えずに分配則を使うのは犯罪だと思う.

普段は研究していて生活が厳しいのでサポートしてくれる方がいるととても嬉しいです.生活的な余裕が出ると神が僕の脳に落書きを残してくれるようになります.