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N回目
家に着き、私は充電の切れた機械のように布団に倒れこんだ。今日は一日中歩き通しだった。足が痛い。体中汗と汚れだらけだ。できればざっと熱い湯を浴びて一息ついた後、冷えたビールを飲んで一日の終わりを飾りたいところである。しかしもうそんな気力はない。体が言うことを聞かない。今日はもうこのまま寝てしまおう。そう思った瞬間、私は布団の上で汚れた服のまま意識を失った。
朝、気が付くと目の前に死体があった。
死体はまだそこまで日がたっていないように見える。
まるで、ついさっきまで生きていたかのようだ。
私は頭を抱える。
「どうしてこんなことに...。」
私は死体をブルーシートに包み、そのまま車の中に押し込んだ。インターネットで人が入らなそうな山奥の場所を調べる。どうやらそう遠くない場所に穴場があるらしい。冷静に考えればネットに載っている時点で全く穴場でもなんでもないのだが、気が動転している人間は目の前に与えられた情報に飛びつく。それは、球体が少しの風で転がり始めるように進んでいく。私は死体と二人で車を走らせた。
「呪ってやる。」
車の後ろから声が聞こえる。
私は車のラジオをつけて声をかき消した。ラジオからは懐かしい歌が聞こえてくる。これは妻が、私と出会った頃によく聞いていた曲だ。私は妻と二人で一つのイヤホンを片耳にそれぞれあててこの音楽を口ずさんでいた。
「懐かしいなぁ。」と私は口にした。
「呪ってやる。」
まだ声が聞こえる。
私は大声で車の中で歌い始めた。車の中というのはいいものだ。どれだけ大声を出しても他のだれかに聞こえたりしない。思う存分声を出せる。誰もいない道を車で飛ばすのは気持ちがいい。ラジオから朝の5時を知らせる時報が聞こえる。日が出る前の薄暗い中を私は駆け抜けていった。
しばらくすると目的の山のふもとについた。ここからは斜面を歩いていかなければならない。しかも、この死体を背負って。私は車からブルーシートを出し、それを背中に乗せて山道を歩き出した。
重い。こんなにも人間というのは、意志のない人間の体というのは重いのか。
一歩、また一歩と進んでいく。
その間も声が止むことはない。
「いやー、まいったなぁ。」と私はそれを無視するように大声で独り言を言う。
一歩、また一歩と進んでいく。
一体どれくらい歩いただろうか。木々と草が鬱蒼として、ちょうど誰も来なさそうなところが目に入った。
「よし、ここにしよう。」
私は持っていたシャベルで穴を掘り始める。
ザッ、ザッ。
静かな山の中で穴を掘る音だけがこだまする。
ふと後ろを振り返る。
ブルーシートが動いたような気がした。
きっと気のせいだろう。
私はひたすらに穴を掘る。
ザッ、ザッ。
しばらくして、人が埋められそうな大きな穴ができた。
そこに死体の入ったブルーシートを投げ込む。そして今度は掘った穴を埋める。
声は次第に小さくなっていく。
そして、そのうち、声は聞こえなくなった。
私は埋め立てた穴の表面をいい具合に整えた。これでほとんどの人間はここが掘り返されたと気づかないだろう。私は自分の偽装技術に満足し、その場を後にした。
先ほど来た道を下っていく。
すると、向こうから見知らぬ老人が歩いてきた。見回りかなにかのようだ。私に声をかけてくる。
「あの、こちらで何を?」
「野鳥観察です。」
「はぁ、そうですか。…ところで、そのシャベルは?」
「道に落ちていたのを拾ったんです。最近はよく山に捨ててあったりするんですよ。困ったものですよね。」
「あぁ、そうなんですねぇ。」
お気をつけて、と互いに言って老人と私はすれ違った。
私は車に乗り、もと来た道を戻って行った。ラジオでは朝のニュースが流れている。もうあの声は聞こえない。私は家に着くまで、ずっと一人で歌っていた。声が枯れて出なくなるまで歌っていた。
家に着き、私は充電の切れた機械のように布団に倒れこんだ。今日は一日中歩き通しだった。足が痛い。体中汗と汚れだらけだ。できればざっと熱い湯を浴びて一息ついた後、冷えたビールを飲んで一日の終わりを飾りたいところである。しかしもうそんな気力はない。体が言うことを聞かない。今日はもうこのまま寝てしまおう。そう思った瞬間、私は布団の上で汚れた服のまま意識を失った。
朝、気が付くと目の前に死体があった。
死体はまだそこまで日がたっていないように見える。
「これが呪いか。」
私は死体を見つめる。すると、死体と目が合った。
心なしか、死体は笑っているように見えた。
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