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「クソ喰らえ、クローン病!」第18話~Futu-ți, Boala Crohn!

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 「クソ喰らえ、クローン病!」の末尾にはいつもルーマニア語講座を載せてるんだけど、ここ結構時間かけてるんだよ。ルーマニア語で小説書くなんてことやってはいるが、まだまだ知識は不足していて、文法書や辞書を頼りまくってる。それで書くの時間かかってるんだ。俺としては別に自分のルーマニア語力がすごいとは思っちゃいない。ただ俺は長い時間を懸けて、一体自分が何を分からないのかが分かり且つそれをどう調べればいいのか分かるって境地まで、何とか辿りついたって感じだ。そして最近はクローン病ゆえの疲労感も相まって、ルーマニア語で小説を書けてない。こことかFacebookとかに書く文章ならまだしも、小説書くにはやっぱ脳髄使うようなってことだ。そういう元気が今は枯渇していて、かなりの停滞感を自分でも感じている。
 この前の4月1日で、ルーマニアで小説家として認められて2年が経った(マジで何度も書くが、俺とルーマニアの関係性についてはこのエッセイを読んでくれ)だけど今、俺は岐路に立たされているんだ。曲がりなりにも2年書き続けたので、作品が溜まってきた。だから短編集の原稿が完成した訳で、これをルーマニアの出版社に持ちこんでるんだが、芳しくない。作風が"暴力的でグロテスク過ぎる"と拒まれるのは納得できるよ。でも"コロナのせいで今年は新しい本が出せない"って拒まれるのは納得行かないよな。小説家の友人から聞いたんだが、彼の更に友人は既に小説出版が決まってたのにコロナのせいで中止という最悪の事態に陥ったらしい。いや、とんでもない時代にルーマニアで小説家になっちゃったよな。
 でもある出版社に原稿を送ったら、割と良い反応をもらったこともある。原稿を送って数週間後に、編集者から"Zoomでぜひ話し合いがしたい、日本文学や日本におけるコロナ禍について話したい"と言われたんだ。ここで"ぜひ!"とか言っとけばよかったかもしんないけど、変なところが俺は正直だった。俺はルーマニアに1度も行ったことがないし、リアル世界でルーマニア人と会った経験はたった4回だけだ。つまりルーマニア語を書くのはできるけど、話すのは全くできないんだ。いや、ぶっちゃけどんな言語でも喋るのが苦手なんだよ、自閉症スペクトラム障害ってやつだな。喋るとか会話するっていうのは、言葉のキャッチボールに例えられるけど、相手の言葉に瞬間瞬間反応して、頭のなかで一瞬に言葉を繋げてそれを言うっていう作業が全くできない。それに会話してる時、辞書とか使えないし。だから正直に話して"せめて英語で話していいですか?"って尋ねたら、そっから返信が来ないんだよ。今でも来ない。まあ気持ちは分かる一方で、話す能力がないと俺のルーマニア語は認められない訳か?と不満も覚える。つーかお前が原稿の出版是非について教えてくれないと、他の出版社に原稿送れねえんだけど?

(と、いうわけでこの文章を書いた数日後、ある出来事をきっかけに勇気が湧いた俺はこの編集に“俺の原稿どうなってるよ?”ってメッセージを送った。そしたら半日で返信が来た、おいおい。“返事遅れてごめんなさい。原稿はちゃんと読んでます。作品なかなか好きです、ジョージ・ソーンダーズの「パストラリア」みたいで。でも今かなり他の作業が忙しくて、あと1ヶ月返事待ってくれません?”だってさ。また更に1ヶ月待つのかよ。まあでも俺の文章がジョージ・ソーンダーズを彷彿っていう言葉に免じて許す。いいよな、ソーンダーズ。特に岸本佐知子が訳してるやつはさ。ただしリンカーン、テメーはだめだ)

 そんなモヤモヤを抱えているなかで、俺のルーマニア語小説を毎月掲載してくれていた文芸誌LiterNauticaが一時的に休刊ということになった。いやここは本当に最高の文芸誌で、字数制限が5000words(まあ日本語でいう1.5-2万字って感じだが、俺は長い話は書くのが好きじゃないのでちょうど良かった)以外は俺が何を書いても自由だったし、"2020年代、新たな日本文学"なんて日本の新作小説のレビューも連載させてくれた。ここには深くお世話になったし、休刊は残念過ぎる。今すぐ復活してほしいとすら思うよ。
 で、定期的に作品を発表できる場所を失い、文芸誌の公募に応募するみたいなこともやる訳だけど、俺的にそれじゃダメだと思いがあった。自由に作品を発表できる場所がないとダメだと。個人サイトを設立するのも悪くなかったが、もっとデカい前代未聞のことをやってやりたかった。だから思い切って自分でオンライン文芸誌を創刊することにしたんだよ。それが"Matrapazlâc | Inchikiyarou"だった。
 これは多分、世界初のルーマニア語/日本語バイリンガルの文芸誌だ。見切り発車でスタートしたから、しばらくは俺の作品を2言語で発表する予定だった。それから徐々にルーマニア語小説を日本語に翻訳、日本語にルーマニア語小説を翻訳して、それぞれの国にそれぞれの文学を広めていこうって思ってた。やったるでって感じだったよ。
 文芸誌の名前"Matrapazlâc | Inchikiyarou"についてだな。"Matrapazlâc"はルーマニア語で“インチキ療法”という意味で、日常では使われない結構マイナーな言葉だ。俺の友達が「そんな言葉、今まで知らなかった」と言うレベルのやつだな。"Inchikiyarou / インチキ野郎"という日本語とは微妙に意味が違うのが分かると思う。でもこの微妙な違い、奇妙な齟齬こそが、日本語とルーマニア語という2言語を横断しながら創作する俺には重要だと思えた。だから敢えてすれ違わせたんだ。
 だが何故に"インチキ療法 / インチキ野郎"なのか。俺は今、世界には本物が多すぎると思ってる。もはや資本主義に認められれば何だって本物なんだよ。だから俺はフェイク野郎、インチキ野郎として生きたかった。世間で有名な何かにだけ影響を受けて、芸術史のケツ穴を舐める本物なんか御免だ。触れる何もかもに影響を受けて、全てを模倣するインチキ野郎として生きたかった。そしてインチキ芸術で世界をブチ抜いてやりたいんだよ。まあ、由来はこういう感じかな。
 で、共鳴してくれる人物を探した。件のLiterNauticaに俺の作品を掲載してくれた最大の恩人Mihail Victus ミハイル・ヴィクトゥスや、自分がルーマニア語で小説を書くことを励ましてくれたもう1人の恩人Raluca Nagy ラルーカ・ナジ、更にこの文芸誌について英語で書いたら「俺の作品読まない?」とか言ってきたボスニア人の友人Arman Fatic アルマン・ファティチ(第16話に出てきたアイツだよ)……こんな感じで、もうルーマニア文学だけじゃなく、広く東欧文学と日本のハブにするべきか?と構想が大きくなっていき、その準備を着々と進めてきたところで、そう、クローン病な訳だよ、全くさ。

 しばらく苦しみまくったことは何度も書いたな、ルーマニア語での執筆からも完全に遠ざかったよ。ルーマニア語は全く逃げていかないが、俺自身がルーマニア語から否応なく離れていっていた、川に流されるようにだ。でも思いがけない出来事に遭遇したんだよ。ベッド上でFacebook見てたら、文芸批評家のMihai Iovanel ミハイ・ヨヴァネルってやつがが新刊の告知をしてた。"Istoria literaturii române contemporane 1990-2020"という本だ。題名通り共産主義崩壊以後、1990年から2020年までの現代ルーマニア文学の歴史を追ったもので、ページ数なんか700だってよ。正に大著だな。
 このIovanelと俺はFacebook上でちょっかい出しあう仲だった。ヤツは俺のことを"関節の外れたインターネット・ミーム"とか言ってきたと思えば、俺のエッセイがViceのルーマニア支局であるVice Româniaに掲載された時には"おめでとう、君の前にルーマニア文学史の門は開かれた"とか言ってきたりした。俺も別に彼が嫌いな訳じゃない。彼の記事を読まなくちゃ、先述の恩人Raluca Nagyさんには会えなかったからね。でもいけすかねえヤツだなって思ってるよ、正直。
 この報を知ってから、俺はこんな冗談をFacebookにポストした。"俺、ここに載ってる?(笑)"ってさ。もちろん冗談だったよ。だが彼からコメントが来たんだ
 "ああ、載せてるよ"
 俺は笑いながら"悪魔的なまでに甘いジョークをありがとう"って返信したよ。だけど彼は"冗談は言ってない"と絵文字もなしにまた返信してきた。ということはだよ、現代のルーマニア文学の歴史を記した700ページもの本に、済藤鉄腸 Tettyo Saitoの名前が載ってるってことか……マジに?
 確かに俺は日本人なのにルーマニアで小説家になった存在で、ルーマニア文学界では珍しい(とはいえ外国人作家がいない訳じゃないが)それでもまだ本すら出しちゃいない俺が載るなんてアリか。Iovanelの言葉はマジなのか、冗談じゃないのか。ルーマニア住んでないので確認できないんだよ、マジにもどかしい。別に冗談でもいいさ。でもこれがマジだったら、何なんだそれは。
 本当か嘘かはどうかはもはや関係なしに、その夜は興奮で眠れなかった。載ってたとしても名前だけ言及か、1文2文割かれるだけっていうのは当然だろうけど、ルーマニア文学史に俺の名前が記録される? そりゃ興奮せざるを得ないだろっていうね。この時はクローン病の苦痛を忘れられたというか、もはや存在してないようにすら思えた、翌朝には下痢ブチ撒けたけどね。
 そして療養の末に体力も戻ってきて、俺は再び動き始めている。"Matrapazlâc | Inchikiyarou"に前々から翻訳を進めていたVictusの作品を掲載する準備がやっと整ったんだ。これを掲載した暁に、俺の文芸誌は真の意味で始まりを告げるはずだ。そしてルーマニアの皆に自分がクローン病に罹ったことや、闘病記である「クソ喰らえ、クローン病!」を執筆していることを告白して、更に"ルーマニア語に訳すぞ!"とも宣言した。今後、俺の他の小説の翻訳も進めていくだろうね。確信しているが、これは絶対俺にしかできないことだった。だからマジにやってやるって気になってるよ。

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その17】
Eu, japonez, scriu o povestire despre partea întunecată a Japoniei în limba română, ești interesat?
イェウ、ジャポネズ、スクリウ・オ・ポヴェスティレ。デスプレ・パルテア・ウントゥネカタ・ア・ジャポニエイ・ウン・リンバ・ロムナ、エシュティ・インテレサト?
(私は日本人なんですが、日本の闇の部分についての短編をルーマニア語で書いてます。興味ありますか?)

☆ワンポイントアドバイス☆
"おい、何のボケもない普通の文章じゃねえか!"と言われそうなんだけど、これは実際にFacebookに投稿した文章で、自分にとっては思い出深いものだね。この後に件のVictusから連絡が来て、作品を送ったよ。この後に"Hei, chiar mi-au plăcut poveștile tale. Vreau să le public pe LiterNautica"ってメッセージが来た。"ヘイ、君の小説気に入ったよ。LiterNauticaに掲載したいね"って意味だ。いや、マジにこのメッセージを受け取った時は、人生最高の気分だったな。そして本当に掲載された時、その最高すらまた塗り替えられた。まだ2年前だけど、もう本当、そっから遥か遠くまで来たなって思えるよ。


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。