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愛というもの

もうそろそろ日本にいた時間とカナダにいる時間が同じくらいになりそうだ。私は国籍難民なんて呼んでいるが、自分の国籍を自信を持って日本ともカナダとも言える気がしない。まぁ、それでも生活英語くらいは問題無く使える。

そんな私は日本語を忘れた上に、大した英語も使えない。しかし、それなりに言語に対して言いたい事はある。

『愛してる』

この言葉は英語ではI love youだ。日本で義務教育を半分くらいしか受けてない私でも知っていたので、多分日本人でもほぼ全員が知っているのではないだろうか。

私はこの言葉聞くたびに違和感を覚える、というのは日本語の愛してると英語のi love youという言葉の意味が一致していない気がするからだ。ただ面白いのは同じ漢字でも

『愛おしい』

という言葉は非常に日本語っぽく、意味も言葉の通りに一致しているように思える。ただ困ってしまうのは英語に訳そうとするとadorableになってしまう。しかし、そこにある意味は愛と非常に近いようにも感じる。

愛してるという言葉を日本人に定義してと質問し、今までにちゃんと答えられた人は1人もいない。これは12月の行事のクリスマスの意味を分からずも、クリスマスツリーを飾りプレゼントを渡す文化に似ている。

それにも関わらず、映画にドラマに小説に愛してるという言葉は登場する。意味を理解してないにも関わらず、なんとなくのイメージで使っているのだ。

そんな『愛』という言葉を理解するためには、やっぱり言葉の起源に戻らなければいけない。1番簡単に説明しようとすればキリスト教の聖書の話をすれば良いのだが、最近どうも聖書は日本人に馴染みがない、というか毛嫌いしている雰囲気まで感じる、という事に気付かされた(体感)ので違う方面から調べてみるとする。

愛を調べていくと、どうも単一の意味ではないということがわかる。これが愛の意味が曖昧であること、またしっくりこない理由でもあるような気がする。

情熱と感情の結びつき: 友情や家族の絆、恋愛、ロマンチックな感情など、さまざまな形で現れる。愛は、他人や物事に対する深い興味や献身的な気持ちを伴う。
思いやりと配慮: 愛は時に思いやりや配慮だという。他人の幸福や利益を考え、そのために行動すること。自己犠牲や相手のニーズを尊重する態度もこの愛の一部のようです。
無償の贈り物: 自身は何かを求めず、無償で与えること。また相手に対する奉仕的な行為とも関連しています。この無償の贈り物の精神は、アガペーとして呼ばれることもあります。
感情的な結びつきと深い関係: 深い感情的な結びつきや関係を築くこと。これは、家族、友人、恋人、配偶者など異なる人間関係で起こるとのこと。
喜びと幸福: 愛はしばしば喜びや幸福感とも関連しています。他人との関係や結びつきや、愛する人々との共有や交流が幸福感を促進しその結果が愛となる。

軽く調べただけでもこれだけ色々出てくる。しかも国によって、文化によって、個人によって変わるものだというから困ってしまう。

国や文化によって異なる愛の定義や解釈。それが生み出す言葉の違和感は、まさに国籍難民として感じる独特の体験だろう(そんな事はない)
日本でもカナダでも"愛してる"や"I love you"がどう使われているかを見れば、その文化の人々が何に価値を置いているかも透けて見える。

日本の"愛してる"は一生の約束を感じさせる重さがある一方で、カナダ(西洋文化)の"I love you"は比較的気軽に使われる。この使い方の違いが生む違和感は、言葉以上にその背後にある文化や価値観、さらには人々の心の動きまで繋がっている。

それでも、愛の本質は多分に留まらず、普遍的なものがある。それは、相手を思いやる心、無償の贈り物、深い結びつき、幸福感など、多くの要素で形成されている。

この複雑性が愛の美しさでもあり、その曖昧さが人々を惹きつけるのかもしれない。だからこそ、どんな言語や文化でも、愛という言葉は使われ続けるのだろう。

愛は国や言語を超えて人々に影響を与えるものであり、その多様性と複雑性が人々を永遠に魅了するテーマであると言える。だから、違和感を覚えつつも、その探求は無限であり、それ自体が一つの愛かもしれない。

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