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(短編ショート) アガパンサスの芽
「すいませ~ん。愛と恋の違いって何でしょうか?」
いきなり女性にマイクを向けられて戸惑う私に、後ろからカメラを抱えた男がにじり寄る。
「何なんだ?君たちは。私を誰だと思ってる!」
「愛にも恋にも縁遠いそうな通行人のおじいさま?」
かわいい顔して、きついことを平気で言う。
「お?残念ながら、正解じゃ!」「きゃははは」
ふた呼吸おいてから、私はカメラマンにカット!の指示を与えた。
「おねえさん、正解じゃ!の後、笑ってくれるのはありがたいけど、次の言葉ちょうだいよ」
私はインタビューされる芸人をやっている。売れない役者から転職して、もう何年だ?何十年か。街頭のみならず、各種サプリや育毛剤、健康器具など仕事は結構ある。今回の企画は、街頭インタビュー・爆笑ハプニング編だ。やらせではあるが、リアリティを演出するためにすべてアドリブで撮る。ある意味、真剣勝負なのだ。テイク2。
「きゃははは。どうやら、本当にインタビューしてはいけない人にマイクを向けてしまったようです。失礼しまし・・」
「ちょっと待て!こう見えて、ワシも昔はモテたんだぞ。米俵一俵くらい平気だった」
「いやいやいや。愛と恋のお話を聞いてるんですけど」
「あ?そうか。それなら、愛は真心。恋は下心。に、決まっとる」
「え?それって、漢字の中で心の位置がどこにあるかで、っていうやつ」
「そうよ。おねえちゃん、若いわりには知っておったか」
「でも、言い尽くされて、古いですよねえ」
「じいさんだから、古いのは勘弁しろ。では、これならどうじゃ?自己犠牲と片思い。愛と恋の本質がそこにあるじゃろ?」
「わ!それはちょっと深いかも。きゅんと来ちゃいました」
「そうかそうか。なかなか良い感性をもっておる。まだ聞きたいか?」
おねえさんのウケがまんざらでもないのに気を良くして、カメラマンの巻の合図を無視して私は続けた。
「花で言えば、アガパンサスとワスレナグサじゃの」
「お花で語るなんて素敵ですね」
「花の姿を見ればわかるぞ。アガパンサスは一本気なのに、頭の中はあれやこれやで爆発しとる。花言葉は、恋の始まり。ワスレナグサは、楚々とした小さい花をたくさん咲かせる。目立たないが、すべてに情をそそいでいるようじゃ。花言葉は、真実の愛」
「よくご存じですね。どうして?」
「そりゃ、うちの猫の額のような庭に咲いておるからのぉ~今度見に来るか?」
(それは、ちょっと~私も忙しいので遠慮しますぅ~)
きっぱり断るのが流れかと思いきや、おねえさんが、
「え?いいんですか?是非、お願いします」と言うから、私の中に年甲斐もなく、アガパンサスが芽を出した。恋の始まりの始まり。
「カットー!」カメラマンの声がかかった。
「長すぎですよ~編集できないですよ。これ」
「そうか?すまんすまん。つい熱が入りすぎた。ところで、おねえさんは、いつうちに来る?いつでもいいぞ?」
「え?やだ~行くわけないじゃないですかぁ。私、花粉症なんで、お花、無理ですし~」
私の中のアガパンサスの芽は無残にしおれた。
私の中のワスレナグサが叫ぶ。私を忘れないで!と。
「忘れないでか・・残念ながら、それが正解じゃ!」
二人はもう何も聞いてはいなかった。
インタビューされる芸人は、目立ってはいけない。さりとて、印象を残さなければいけない。難儀な商売なのだ。
(了)
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