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(短編小説) ムクゲの花が咲きました

 今回はマサキが最初に選んだ。
 「一瞬が永遠になるというのは、まさにこの事だな」
 「うまいことを言う」と応じるユウジ。二人の間のテーブルには、一匹の猫が空を飛んでいる写真が選ばれ置かれている。
 「実際、あの高い塀の上からジャンプするとは思わなかったから、慌てて連続シャッターを切ったよ。その中の一枚。若干、手振れ気味だけどね」
 「いやいや。それがかえって躍動感をかもし出してる」
 四切り写真の中で、その野良猫は永遠に空を飛ぶ。カメラが切り取る一瞬は、どんな場合でもその場その時を刻み続ける。その意味と価値がどれほどの共感を呼べるのか。それが写真を撮る醍醐味なのだ。ユウジの一枚は決まった。
 
 毎月の定例会に、会員たちはこれぞと思う作品を提出する。皆が感想を述べ合い、最後に自分以外の作品に投票して順位を決める。皆が、自分が一位じゃなきゃダメとばかりに熱い連中だ。
 ウマが合うマサキとユウジは、その前に二人だけの事前定例会を開き、お互いにこれがいいと推薦し合う。
 「じゃあ、マサキの作品をよろしく」
 おもむろに取り出した写真数枚。
 「今回のテーマはムクゲにしたよ」
 マサキは毎回、花の咲く風景を出品する。前回は野アザミだった。歌詞にある「風アザミ」をタイトルにして、見事にそれを表現した幻想的な作品だったが、惜しくも2位。その雪辱を果たすつもりに違いない。
 並べられた写真の中の一枚に、珍しく人物が写っていた。車いすのおじいさんとそばにたたずむおばあさん。二人はムクゲの木に咲いた花々を見上げて、嬉しそうに微笑んでいる。 
 「これは?」「これはどうかなあ。記念写真みたいなものだから」
 マサキはその写真の出品をためらっている。写る二人の同意がまだなのかも知れない。
 「何の記念?」「話せば長いが・・」「時間はたっぷりあるよ」

 マサキが登録している短期バイトの『何でも屋OK』から、連絡が来たのは
2月の初頭のことだった。
 「せんていの依頼が来てるんだがどうかな?」
 「選定?何を選ぶんですか?」「その選定じゃなくて。木の剪定だよ」
 「あはは、その剪定ですか」
 毎月写真を選定してるせいか、何かのコンテストかと思ったのだ。
 「でも、オレ経験ないですけど、大丈夫ですかね」
 「大丈夫だろう。枝をばっさり半分に切ってくれたらOKらしいから」
 「でも、あとから文句言われたら困るし、店長が行った方が・・」
 「それが、私も経験ないし。お前に任せたから頼んだぞ」
 「はあ・・」
 というわけで、次の日曜日に店舗に寄り、長い脚立と数種の剪定ばさみを店の車に積み込んで、マサキは依頼主のところへ向かった。
 
 依頼主のおばあさんが笑顔で迎えてくれた。
 「主人が転んで骨折しちゃってね。それでお願いしたの」
 「それは大変でしたね」  
 マサキは自分はアルバイトであり、剪定作業も始めてであることを正直に告げた。その代わりに値段は安い。それが『何でも屋OK』の売りなのだ。
 「いいのいいの。高いところに登れれば、大丈夫よ」
 おばあさんに案内されたのは、庭の奥にあるムクゲの木。見上げる高さ約4m。無数の細い枝が伸び上がって林立している。おにぎり山の形に半分に切ること。接近並行して伸びる枝は片方だけにすること。内側や下側に伸びる枝も切り落とすこと。それぐらいだからお願いねと言い残して、おばあさんは家の中に戻っていった。
 (それぐらいは、どのくらいだ?)
 始めて対峙するムクゲの木。恐る恐るはさみを入れる。
 「真ん中のこの枝を基準にして、と」
 マサキは2時間作業に没頭して(一応終わりました)と声をかけた。おばあさんは、剪定した木を見てにっこりと笑い、
 「初めてにしては上出来です」とOKサインを見せてくれた。
 「本当ですか?安心しました」
 「店長さんがね、写真をやってる美的センスのあるやつを向かわせますからって、おっしゃってね」
 「え~そんなこと言ったんですか、店長」
 「その通りだったわ」
 こうしてマサキの初体験、初剪定バイトは無事終了したのだった。

 「そのおばあさんがこの人かぁ」
 「そうなんだよ。ムクゲの花が咲いたから見にいらっしゃいって、店に連絡をくれてね」
 「へえ。すごいアフターフォローだ」
 「だろ?んで、見にいったら、ちょうど二人で花見をしててさ。おじいさんも退院してて、まだ車いすだけどリハビリを頑張っているらしい」
 「それで、記念に写真をパチリか。ん?じゃあ、退院記念?」
 「まぁ、それもあるけど、俺的には無事にムクゲの花が咲きました記念だな」
 「あ、そのフレーズ聞いたことあるぞ。だるまさんがころんだの遊びあるだろ?韓国ではそれをムクゲの花が咲きましたって言うらしい。ムクゲは韓国の国花らしいよ」
 「へえ、博識だな」
 「じゃ、こうしよう。おじいさんがころんだ記念。おじいさんが転ばなかったら経験できなかった事をマサキは経験したし、この写真も生まれてないんだからさ」
 「う~ん。確かにな。そのタイトルでぎりぎりセーフか」
 
 マサキは夫婦の許可を得て、この写真を月例会に出品した。
 タイトルもそのまま「おじいさんがころんだ」。
 寄りそう二人の嬉しそうな笑顔の力が、タイトルとのギャップに物語性という深みを与えて、その月の定例会で見事一位を獲得したのである。
 ちなみにユウジの「飛び猫」は三位だった。次回の定例会までに、今度はつまずいて転ぶ猫を撮るぞと言っている。
                           
                            (了)

           ムクゲ
           花言葉
      人の栄華は束の間。長く続かず儚い
 


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