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上手くいかねぇな

テンションを上げる為に着てきたはずの白いシャツが汚れて、結局いつもの倍元気がなくなる、みたいな事が多過ぎる。

毎日お仕事をしている時点で、一日の大半は思う通りに進まない。
自分のオリジナルのリズムとは違うリズムで時間は過ぎるし、感じたくもない様な思いをすることもある。

そんな毎日の中で少しでも自分のご機嫌を取る為に、いつもと髪型を少し変えてみたり、キラキラのアイシャドウを塗ってみたりする。
張り切ったマニキュアもそうである。

しかし、こういうのは大抵が裏目に出るもんで、「いつも通り素直にやってりゃ良かった」としみじみ後悔するもんだ。


私は毎日大阪メトロに乗って通勤している。
地元にいた頃は地下鉄なんて乗ったことが無く、大阪に出て来たての頃なんかは、「なんで景色も見えないのに窓が付いてんだ」と、終始真っ暗な車窓に腹が立っていた。


そんな地下鉄生活にもすっかり慣れ、真っ暗な車窓にも「こんなもんか」と思えるようになった私だが、皆が鬼の形相で行き交う「乗り換え」には未だ慣れずにいる。

子どもの頃、母から「点字ブロックは踏むな」としつこく教えられたものだが、「乗り換え」という催眠をかけられた人々はそんなことなどお構い無しに、あの黄色い道を足ツボマッサージの如く踏んづけて行く。

その日も「あらあら凄い威勢」と思いながら、皆が踏み付ける点字ブロックを眺めていた。

すると、何やら黄色い凸凹の上に、小さい何かがもぞもぞと動いているのが見えた。

激しい雑踏の中、「なんじゃありゃ」と目を凝らすと、なんとも小さなカナブンが、点字ブロックの凹の部分で震えているでは無いか!

こんな怖い事があるか!
自分だったらどうだ!
ちびっているに違いない!

咄嗟に助けようと身体が動いたその瞬間、
「おい待て!今日のお前は良かれと思って着てきた白いシャツをすっかり汚したんだぞ!お前はそんな奴なんだぞ!」と誰かが脳内で叫んだ。

そうだ、私はそんな奴だった。
わざわざ行動した事が一通り上手くいかない。
助けようと人の流れに割り込んだ結果、つまずいた誰かに踏まれてあのカナブンはおサラバになるかもしれないし、更にはもっと大きな何かに繋がるかもしれない。
こんなことなら何もしない方が良かった、と思うに違いない。

そんな風に思っている隙に、
カナブンは普通に踏まれた。


とめどない雑踏と合流し、私は無心で帰路についた。
白いシャツは汚れていたが、点字ブロックは踏まなかった。

あのカナブンも、今日に限って遠出してきたのだろうか。





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