台本を公開しながら更新して完成させてみる~「タイダルカフェ」という台本~

『タイダルカフェ』
湊游

・登場人物


店長
ニーサン
えだまめ

客A
客B
その他客たち

第1幕 第1章

 話声がする。店長と僕が2人で部屋に入ってくる。

店長 倉庫の説明は以上やね。他に聞いときたいことある?
僕 僕は……はい、大丈夫です。
店長 了解、ほな早速明日からよろしく。
僕 ありがとうございます。

 僕はそのまま退店しようとする。

店長 そういや、前の仕事なんで辞めたん?
僕 ああ、それは……。
店長 聞いて今から採用取り消しとかはせんから。
僕 えっと、まあ、その……成果が出せない自分が嫌になって。
店長 周りに吊るされる自分にか。
僕 いや、そういうのはなかったです。
店長 そうなん?
僕 僕いても迷惑なんで辞めさせてくださいって。
店長 ふうん。
僕 いや、あの隠す気なんて(なかったんです。)
店長 何で面接で聞かんかったと思う?
僕 それは……聞くとややこしそうに僕が見えたからですか?
店長 そんなん知るかいな。
僕 す、すみません。
店長 謝らんでええ。もう採用したんや。
僕 はい、ありがとうございます。僕本当に何もない人間なんでせめてわきまえとこうと。
店長 いやいや、君がどんな子かってのはどうでもええのよ。
僕 ああ……はい。
店長 君がこれからやる仕事は、君がどうかよりも相手がどうかが大切やねん。だから君の過去を基準にしてもしゃあないやろ。
僕 はい。
店長 てか仕事って大体そうやろ? 
僕 そうですね。
店長 まあ、とりあえず変な嘘つかん子やなってのは分かったから。
僕 ありがとうございます。
店長 辞めた理由も嘘ちゃうやろうけど……、考え方はもう少し変えたほうがええな。
僕 はい、意識しておきます。

 店長は、あまりしっくり来ない様子で僕を見て、数冊の本をまとめて持ってくる。

店長 言うてうちは他の店とは全然ちゃうし。とりあえずこれ課題図書。
僕 課題図書?
店長 そう。ここで働くからにはスローライフとはなんたるかをしっかり知らんとな。
僕 はい。
店長 はいって。スローってなんやの? お客さんに説明できる? 
僕 ……わかりません。
店長 素直でよろしい。ほな急かさんから全部読んでな。今月中に。
僕 はい……。
店長 どう? 仕事嫌になりそう?
僕 いえ、大丈夫です。
店長 ОK。ほな今日はあがり。
僕 ありがとうございます。店長さんは?
店長 さんはいらん、店長で。みんなそう呼んどるから。
僕 すみません、店長は?
店長 俺はもう少しやることある。
僕 わかりました。お疲れ様です。
店長 はーい。んじゃ。

 僕は店を後にする。
 店長は店内のレイアウトを変更して店を出る。

第1幕 第2章

 呼び鈴が鳴る。客Aが入ってくる。
 キッチンから出てくる僕。

僕 少々お待ちください。
客A すみません。お味噌のパンを一つ、テイクアウトで頂けますか?
僕 かしこまりました。どうぞ、おかけになってお待ちください。

 僕は聞きなれないメニューなのでキッチンの店長に尋ねる。
 客Aは座らずに待っている。

僕 店長、お味噌パン一つなんですけど(どうやってお出しするんですか?)
店長 あ、こっちでやるわ。奥の食器片づけといて。
僕 わかりました。

 そう言うと店長は手際よく味噌を用意してたパン生地に塗り込み、
 包装して客に用意する。

店長 いつもありがとうございます。トースターは3分ですよ。
客A こちらこそいつもありがとう。
店長 はい。ちょうどですね。

 客からお金を受け取る店長。

店長 どうですか?
客A きつい季節はもう終わりましたねえ。
店長 それは良かった。
客A けど、空は川と違って中々綺麗にならないねえ。
店長 ほんまに。見た目はよう晴れとるけど、全部繋がってるから。
客A 空も仕切ることができたらいいなあ。
店長 それおもろいですね。でもそんなんしたら、どうせ取り合いしますよ。
客A ああ、それも嫌。
店長 でしょ?
客A じゃあまた、新メニューできたら教えてくださいね。
店長 こちらこそ。リクエストもお待ちしてます。

 客Aが店を後にする。
 食器を片付けた僕が店長の元に戻ってくる。

僕 テイクアウトって珍しいですね。店で焼いたほうが美味しいと思うんですけど。
店長 あんま長居出来へんねん、あの人。
僕 事情があるんですか?
店長 アレルギー。
僕 それで。
店長 お互い気を付けとるけどな。どこにリスクあるかわからへんやろ。だから来はったたら俺呼んでな。
僕 わかりました。ちなみに、なんのアレルギーかってお聞きしていいですか?

 店長は少し考えてから答えた。

店長 共有しといてもええか。ピーナッツやねんて。
僕 ピーナッツにアレルギーあるんですか!
店長 そうやで。この際やからちゃんと調べとき。
僕 そうします。
店長 目立たんやつの方が厄介なんよ。
僕 確かに……思いもよりませんでした。
店長 知らんかったで済むとき時とそうやない時があるからな。
僕 そんな中で選んで来てくださるんですね。
店長 そうやな。
僕 もしかしたらここのようなお店を探していたのかな。
店長 お。ボクええこと言うやん。
僕 いえいえそんな。
店長 まあ……そういう気持ちで作ったてのはあるよ。

 そう言うと店長は移動して店を紹介するような姿勢を取る。

店長 やっぱり恥ずいな。
僕 ええ! ここまで来て!
店長 うそうそ。堪忍。えーとな。ざっくり言うと、高校の時の仲ええ子がな。アレルギーやったんやけど、給食で一人だけいつも違うメニュー食べててな。席も遠いし。けど、そんだけ気を付けててもやっぱ、食べれないメニュー出たりすることもあったみたいでな。俺はそいつと仲良かったから、そいつが良く俺に食べられへんの渡してくれたんよ。
僕 へえ……。
店長 俺は俺でさ、家めっちゃ貧乏やってん。やから給食で腹いっぱいになっときたくてな。ありがたかってんよ。けどさ、腹いっぱいになるようになってから気づいたんやけど、そいつは逆にいつも腹減ってるんちゃうんかって思ってな。やっぱお腹いっぱいになれると幸せやん。だからな、誰でも何も気にせんと腹いっぱい食べれるような場所を作りたかったんよ。
僕 そうだったんですね。すごい……素敵ですね。
店長 いや、それほどでも。
僕 店長の通ってた所も高校まで給食があるなんていい所だったんですね。
店長 ん? 
僕 給食のある高校なんて初めて聞きました。
店長 え、そうなん?
僕 え?
店長 ありゃ。
僕 え? ええ⁈
店長 中学だったかも……?
僕 今の嘘ですか⁈
店長 嘘ちゃうよ! 作り話。
僕 なんでそんな話を(わざわざ作るんですか。)
店長 いや、実は本当はそんな大したものなんてなくてつい……。
僕 そ、そんなことしなくても。
店長 す、すまん。
僕 全部、嘘じゃないですよね。
店長 ま、まあそりゃ。
僕 なんとなく、店長の優しい所は分かりましたよ。
店長 あかん。やっぱこういうの向かへんって。
僕 まあまあ、そう言わず。今日はいいお話をありがとうございました。
店長 満足したか? ほなら今日は上がり。
僕 はい! お疲れ様です。
 
 僕は店を後にする。
 店長はPCを取り出して作業を始める。

第1幕 第3章

 店長がPCで作業を続けている。
 僕が掃除道具を片付けに来る。

僕 終わりました。
店長 ありがとう。
僕 ホームページですか?
店長 うん。ずっとほったらかしやったんやけど。
僕 それ……フリーのフォーマット使った方が見やすいし早いかもです。
店長 そうなん?
僕 はい。なんだったら僕やりましょうか?
店長 ほんまに? てか見ただけでわかるん?
僕 ええ、前職で多少。
店長 さすがⅠT系。
僕 いえいえこれぐらいなら楽なので。
店長 言ってみたいわぁ。画面ばっかで嫌になったりせん?
僕 大丈夫です。むしろ相手が画面ならぜんぜん。
店長 すごいな。俺はずっと画面見てるともうええわって思ってまうから。
僕 僕は別にないです。
店長 いやあタフやな。
僕 僕的には普通なんですけど……。
店長 ああ、そういう世代かあ。
僕 かもですね。あ、でも僕がってだけですよ。時々SNS全部消しちゃう子とか周りにいましたし。
店長 それはえらい話やな。
僕 全然ですよ。むしろやばい状態です。
店長 いやいや、えらいってのは大変なって意味な。
僕 あ。
店長 けど若い子でもしんどいって聞くと何か嬉しいような、でもやっぱりまずいんちゃうかって……複雑やわ。
僕 誰にでも便利……なんて都合よくいかないですね。
店長 そうやねん。やから、責任感っていうか……。
僕 責任感?
店長 馴染んでるのはボクみたいな若い子やけど、作って与えたんは俺らみたいな上の代やろ。
僕 そうなんですかね。
店長 よう分かってへんのに、それをほいほい渡してくんやで。
僕 なんか環境破壊とかと似てますね。
店長 そう! その通りなんや。技術って便利やねんけど怖いんよ。
僕 それ本にも書いてました!
店長 おもろかった?
僕 面白かったです。環境破壊=怖いのイメージが無くなりました。
店長 そんなの逆効果やって書いてたやろ。
僕 ですね。確かにかえって動きづらいですよね。
店長 あの本は10年くらい前のやけど、今みんなが騒いでることけっこう書いてる。
僕 言われてみれば。
店長 なんか答え合わせしてるみたいや。
僕 10年前にこれからインターネットがどうなるか、なんてことも書いてほしかった気がします。
店長 今となってはな。まあ、どうなるやろな。ほんま誰でもネット使うようになって、もう色々多すぎるよな。
僕 あふれてます。
店長 最近はいきなりばーってごっつい洪水みたいになるやん。ほんま不気味やわ。
僕 思わぬことで炎上したり。
店長 ほんでそれが怖いと何も言えんくなる。
僕 僕は完全にそれです。
店長 けど発信するのが仕事の人間もおるし、発信してお客さんに来てもらう仕事もあるやろ。
僕 まあ、でも僕を見てる人なんて全然いないんですけど。
店長 そんなんどうでもええ。それに、うちはネットだけ人集まってもしゃあないからな。ここに来てもらわな。
僕 そうですね。とりあえず僕はホームページやらSNSやるのは大丈夫なんで、どんどん言ってください。
店長 ほなボクに頼むわ。細かいことはまた明日な。
僕 はい。表を閉めてきますね。

 水の流れる音がする。

僕 何の音ですか?
店長 これ? 排水管。
僕 排水管?

 店長は壁から伸びた管を指す。
 
僕 ああ。なぜ排水管がこんな所に。
店長 設計段階でそうなってたからやろ。
僕 そうなんですか……何か意味が?
店長 さあな。別にいいやん。排水管があったかて。
僕 ゆるいノリですね。
店長 それでええんや。そういうノリも大事にしときたいんやな。
僕 なるほど。
店長 うちは怠惰でダルっとしたカフェやから。
僕 あ、それで店の名前が。
店長 一応それだけじゃないけどな。逆に鬼忙しい仕事もあるで。
僕 え⁈ そうなんですか?
店長 心しておきや。
僕 はい……。
店長 ほな今日はあがり。

 僕はキッチン側に向かい、表のドアを閉めに行く。
 店長は更に店内のレイアウトを変更する。

第1幕 第4章

 呼び鈴が鳴る。客が一人店に入ってくる。
 僕はキッチンから戻ってくる。

店長 いらっしゃい。
ニーサン カフェインレスコーヒーひとつ。
僕 かしこまりました。

 キッチンから僕。

店長 飲まへんの?
ニーサン 何? 嫌味?
店長 何も言うてへんやん。
ニーサン じゃあ聞けよ。3レース目までは勝ってた。最終よ最終! カイザー来ると思ったのに……。
店長 ニーサン、それ先月と同じパターンや。
ニーサン ……マジ?
店長 負け方くらい変われよな。
ニーサン いいんだよ。俺が楽しけりゃ。
店長 ほんまカモやなあ。
ニーサン それが店長聞いてよ。なんとこの店のカモでもあるんですよ。
店長 お、それは知っとったんや。
ニーサン いつもお世話になります。
店長 こちらこそ。次はアルコールも頼んます。

 コーヒーを運んでくる僕。

僕 カフェインレスコーヒーです。ごゆっくりどうぞ。
店長 この子新しいバイト。名前はボク。
僕 初めまして。
ニーサン どうも。
店長 こっちはニーサン。
僕 兄さん?
ニーサン あだ名がね。兄弟じゃないよ。
店長 いつもフラフラしてそうやからな。キャッチの兄さんって感じするやろ。
ニーサン え。前はイーサンホークみたいなって……?
店長 そうやっけ?
ニーサン こっちが忘れるわけないじゃん。

 店長は何でそんなことを言ったのかと思いつつも切り返す。

店長 実際フラフラしてるやん。今年で何歳?
ニーサン さんじゅ……じゃねえよ。
僕 店長とはお知り合いなんですね。
ニーサン 君は、ボクか……ややこしくない?
店長 俺はわかりやすいで。
ニーサン 名前覚えれるようにならないの? この仕事してて。
店長 覚えやすい名前つけてるやん。
ニーサン いや、そういうことじゃないでしょ。ボクってのは何で?

 僕に聞くが、僕も聞いてなかったので店長に尋ねた。

僕 何でなんですか?
店長 ぼくぼく言ってるから。
ニーサン 君……ボクはいいの?
僕 はい。特に。
ニーサン そっか。じゃあ、ボク、よろしくね。この人のことで困ったことあったらいつでも言ってくれたらいいよ。
店長 いらんいらん。お前年下にすぐに距離詰めるのやめとけって。
ニーサン 何が。
店長 そういうとこやねんって。えだまめが結婚してから店来なくなったんも。
ニーサン えだちゃんが? え、それ本人が言ってたの?
店長 俺に聞くな。
ニーサン いや、でも。
店長 自分の胸に手あてとけ。
ニーサン ええ……うん。
店長 えだまめにも聞くなよ。
ニーサン わかってるよ。
店長 ボクはえだまめほど若くないから、もうここで注意しとくけど。
ニーサン 何を……てか、今のはボクに失礼じゃない?
店長 ええから。
ニーサン ええからって。
店長 久しぶりの所悪いけどレースよりこっちのが大事やから。
ニーサン ……。
店長 コーヒー噛みしめとけ。
ニーサン 何でそんなこと言うの。
店長 そのほうが今日のこと覚えとくやろ。

 店長は言い残すとキッチンに行った。しばらく沈黙。

僕 レース、競馬ですか?
ニーサン え? ああ、うん。ボクも競馬するの?
僕 本当の競馬はまだ行ったことないです。
ニーサン どういうこと?
僕 今、スマホで競走馬のゲームが流行ってるんです。
ニーサン ああ、なんか聞いたな。持ってるの?
僕 こんなのです。

 僕はスマホの画面をニーサンに見せる。
 いつの間にか戻ってきている店長。

店長 近いって言うとるねん。
ニーサン これくらい。

 僕のスマホの画面を見るニーサン。

ニーサン アニメっぽい女の子?
店長 いわゆる擬人化やってな。
ニーサン そう言えば戦艦でもそんなんあったね。
店長 ボク、こういうのすごい詳しいねん。
僕 前の会社がこういうアプリ作ってた所だったんです。
ニーサン すごいじゃん! へー、オグリキャップ。あ、葦毛だもんねなるほど。ダイワスカーレット……ああー、ブリンカーが青だから⁈ カレンチャン‼ 懐かしい。
僕 はまりそうですか?
ニーサン いや、これやばいな。イケナイモノを知ってしまった。
店長 なに気持ち悪いこと言うとるねん。
ニーサン うるさいな! アンタにはわからないよ。このノスタルジーが。
店長 わかろうとしたわけちゃうけど。
ニーサン だいたいね。こういうのが気持ち悪いってのは偏見だから。
店長 俺はゲームのこと言ってへんぞ。
ニーサン 何、じゃあ俺のこと?
店長 違うわ。お前やなくて、さっきの言動だけが気持ち悪かったって話や。
ニーサン ああ……もうやだ! この正論おじさんめ!
店長 何がやねん。まあ俺がおっさんなんは事実やけど。
ニーサン そうだろ。まいったか!

 ニーサンがいたたまれなくなった僕は助け舟を出す。

僕 店長、このゲームに出てくるの引退した馬ばっかりなんですよ。
店長 そうなん。
僕 よくできてます。年上の層も取り込んでて売り上げすごいんです。
店長 それで俺ら世代でも刺さるんやなあ。
ニーサン ボク何気にすごいんだね。これ作ってたんだ。
僕 いや、僕が働いてたのはこんなメジャーじゃないです。
ニーサン え。
店長 もうほんま……。
僕 気にしないでください。
ニーサン ごめん。いや、あの、でも教えてくれてありがとう!
僕 いえいえ。
店長 まあ知っとくだけにしとけ。レースで負けてゲームでも負けてどないすんねん。
ニーサン 最初から負けることを考える奴があるかよ。
店長 目に見えとるやろ。そもそも今日は反省会ちゃうんか。
ニーサン だって。いつも店で楽しく喋らせてくれるのは店長でしょ。
店長 それはそれ。
ニーサン はーい。じゃあ今日はこの辺で。

 ニーサンはコーヒーの残りを飲んでレジに向かおうとする。僕はそれに続く。

僕 ありがとうございました。
店長 ありがとうな。
ニーサン ごちそうさま。あ、周年記念の準備足りてる?
店長 ああ、ぼちぼちやなあ。いる分はまた連絡するわ!
ニーサン 了解! じゃねー。

 ニーサンが店を出ていく。僕が戻ってくる。

僕 ニーサンさん、常連さんですか?
店長 ニーサンさんて。数字並べたみたいになっとるやん。
僕 すみません、変ですね。
店長 どっちでもええんちゃう。あいつは常連てか元従業員。
僕 そうなんですか!
店長 今は違う仕事してるけどな。
僕 へー。
店長 店の最初の頃に手伝ってくれてたんよ。
僕 ああ。さっきも準備って。
店長 独立してからはなんやけったいな商売してるで。
僕 けったい?
店長 それ。

 店長は店内の飾りつけやインテリアを指す。

僕 装飾物?
店長 こういうのをインテリアや言うて飾るんよ。百科店のショーウインドーとか。
僕 へえ。面白そうですね。
店長 とか言うて。こないだ手伝ってやったら流木拾わされたぞ。
僕 流木?
店長 もうかるらしい。
僕 そうなんですね。
店長 まあクセあるけど、おもろいやろ。
僕 はい。いい人ですね。
店長 にしてもボク、さすが詳しいなあ。
僕 何がですか?
店長 さっきの競馬の? ゲーム。
僕 ああ。もう関係ないんですけどね。なんか癖で調べちゃって。新作出ると。
店長 ほんまに一個一個調べる仕事しとったんよな?
僕 そうです。
店長 ようやらんわ。
僕 向き不向きはありますね。
店長 そうやろなあ。
僕 でも、そんだけ調べて作っても全然ヒットしなかったし、僕は売り込みもヘタクソでしたから……。
店長 ふうん。
僕 報告書作るのは嫌いじゃなかったんですけどね。
店長 それこそ向き不向きやったんかもな。
僕 そう言わせてもらえたら楽です。
店長 それでええんや。別に誰も困ってへんやろ。
僕 どうもです。

 ニーサンの後に残っていた最後の客が出ていく。
 僕は支払いを済ませに行く。済ませた僕に店長が声をかける。

店長 この店には慣れてきたか?
僕 仕事自体はなんとなく。
店長 呑み込み早くて助かるわ。
僕 学生時代に飲食の仕事やってたからかもしれません。
店長 ここからはもっとスローライフの奥にガーって入ったとこ覚えてもらうで。
僕 はい。
店長 けどまあ構えすぎんでもええ。バイトの身分をいいように活かせ。前より時間あるやろ? 自分の好きなことやったらええねん。
僕 そうですね……。
店長 ほな今日はそろそろあがろか。あ、そうや。

 店長は作業の手を止めて、香草を少し取り出す。

店長 これいる?
僕 なんですか?
店長 月桂樹。
僕 月桂樹? あ、この匂い、ローリエですか。
店長 そうそれ。
僕 ありがとうございます。シチューとか作るときに使います。
店長 ほな好きなだけ持って帰り。

 店長は月桂樹を沢山出してきた。

店長 これはええやつやで。
僕 ですね! こんな大きな葉っぱのもあるんですね。
店長 しっかり育ててくれとるからな。
僕 これはどこで?
店長 3年前くらいの地産マルシェで知り合いになった子がおってな。
僕 へえー!
店長 ラリアットっていうんやけど。
僕 ラリアットさん。
店長 今度紹介するわ。同い年くらいやったんちゃうかな。
僕 では、ぜひ。
店長 大丈夫レスラーとかちゃうから。
僕 ローリエとか作ってるんですもんね。
店長 怒らせたら知らんけどな。
僕 ラリアット……。
店長 ボクもちゃんと一緒にマルシェ行かなあかんな。まだイベント出店したことないやろ?
僕 はい。ぜひ出店のことも教えてほしいです。
店長 暑い夜にはオールでバナナジュース作るんやで!
僕 オールですか。 買い出しはお任せ下さい!
店長 言うたな? 死ぬほど大変やから覚悟しとけよ。
僕 なんでもやりますよ。
店長 都会で店だすんちゃうんやで。 まず店見つけられるか?
僕 ……たぶん、僕なめ切ってますね。
店長 現状のボクを見るに……戦闘力1480。
僕 う……ラディッツに勝てない。
店長 よう知っとるやん。
僕 DVDから好きになった口ですが。
店長 まあ、まずは体験からやな。ほなまた明日。
僕 はい。お疲れ様です。

 僕は店を後にする。
 店長はPCを取り出して一人作業を続ける。YouTubeを再生し始めた。
 ピアノの音が流れる。そして店長はイヤホンを取り出してPCと繋げた。
 音が聞こえなくなる。店長はPCを眺めて操作を続ける。

第1幕 第5章

 僕は店に入り、店の飾りつけの続きをする。
 一通り手を動かすと、(開店準備をする。
 朝イチの客を案内し一通り終えると)店長のPCの元に行く。

店長 ほんまありがとうな。だいぶ整ってきたなあ。
僕 いえいえ。
店長 すごいなあ。パソコンやなくてもここまでできるんやな。
僕 パソコンもガンガン使いますよ。しっかりやりたい時はパソコンの方がいいですね。
店長 そうなん?
僕 けど、スマホも慣れてます。
店長 世代やな。
僕 中学の時にスマホが広まったんで。でも僕もすぐ追いつけなくなりますよ。
店長 新しいのどんどん出るもんな。
僕 はい。そして古いのはだんだん重くなって動作悪くなるじゃないですか。
店長 あれ買い替えさせる作戦やろ。たち悪いと思わへん?
僕 どうなんでしょう。いっても僕もまだまだ使いこなせてないと思います。スマホだって一番はSNSと写真や動画ですから。
店長 俺はSNSが一番難しいわ。
僕 しかも今や動画とか写真もSNSの一部ですもんね。
店長 ボク、その感覚はけっこういい線行ってるんちゃう?
僕 いい線、何のですか。
店長 妙に説得力あるわ。
僕 なんとなくですよ。
店長 けどまあ、SNS使わんとぶっちゃけしんどい。新しい店なんか特に。
僕 うちはそこそこ常連さんいるじゃないですか。今までネットほとんどやらずに。すごいですよ。
店長 ご近所に恵まれとるんよ。
僕 ですね。後、店長が前のホームページ上手だったのもありますよ。
店長 結局放置したけどな。
僕 いやいや元があって助かりました。ほら。

 僕は店長に画面を見せる。店長はそれをのぞき込む。

店長 んん? なんて書いてる?
僕 あ、そっちでもすぐ見れますよ。

 僕はPCでもサイトを表示させる。

店長 へえ! これならメニューのアレルゲン成分とめっちゃわかりやすいな!
僕 しかもいいねやコメントの数見てください。需要あるんですよ。
店長 ほおー。
僕 けっこういいねやコメントも多くて。ファンになってくれてるっぽいです。
店長 嬉しいなあ。
僕 スローライフの人気出てきてるんですかね。
店長 やっとわかってきたか。
僕 少なくとも僕はここにきてから色々楽になりましたよ。
店長 こっちは前からずっとやってるわ!
僕 誰に言ってるんですか。
店長 みんなに! そういうことや。
僕 後はここからです。何となくやるだけなら楽なんですけど……。
店長 けど?
僕 何がウケるのかが難しいです。
店長 ウケるって、バズるってやつ?
僕 バズってもいいです。バズまでいかなくていいけど、ここから広がるにはちょっとした話題になっていかないと。
店長 そこなあ……。
僕 コツコツが理想です。一気にバズると変なのに絡まれるし。
店長 ああいうの何とかならんのかな。
僕 一応、統計的なデータはあります。
店長 誰かが調べたってこと?
僕 はい。例えば炎上でアンチコメントをするような人って200人に1人の割合しかいないんです。だから残りの199人は関係ないか味方くらいに思えば気が楽になりますよ。
店長 よう知っとるなあ。
僕 いえいえ。前までは何となく知ってるだけだったんです。けど、それこそ環境に対する考え方とか、この店にきてから変わってきたら、知って行動するのと知らずに行動するのが全然違う気がしてきました。
店長 ボク、何かすごいやん。前まであんなに自信無くしとったのに。
僕 ……ちょっと調子にのりました。
店長 ほな、このまま任せても大丈夫?
僕 はい。これが僕のできることなんで。
店長 ありがとうな。あんま入れ込みすぎんとな。
僕 少しでも反応があるんで、やりがいありますよ。
店長 そうか?
僕 まったく反応無いとどんどんやる気が。
店長 けったいな話やな。
僕 誰かに見てもらう前提のシステムですから。
店長 けどガツガツしてへんのが、ボクのええとこや。
僕 いやいや、もっとガツガツするべきなんですかね?
店長 何でよ。
僕 実際、結果にならなかったから前の会社辞めたんで。
店長 そら……そうかもしれへん。でもそれで例えば僕が作ったゲームが売れて、その後はどうなるんや?
僕 それは……考えたこともなかったです。
店長 そうやろ。
僕 もし売れてたら……例えば今流行ってるものはアニメになったり、ノベライズが決まったり、いわゆるメディア展開なんでしょうか。
店長 そうなったら、人にどんな影響するんやろな。
僕 考えたこともなかったです。
店長 俺はゲームもネットもアニメのこともなんも知らんけど、ただ金を生むだけが目的にならんとええなあって思う。そら、きれいごとかもしれんけど。もちろんお金は大事や。絶対必要な時はやってくる。けど、それだけを目的にすると……なんて言うんやろ、ずうと続かへんのや。
僕 僕がそうでした。
店長 金は大事やけど金で腹は膨れへん。
僕 名言ですね。
店長 いや昔から言われまくりやろ。

 呼び鈴が鳴る。僕は入り口に向かう。
 店長はキッチン側に戻る。
 客Bが入ってくる。

僕 いらっしゃいませ。
客B ここって昼間からお酒も飲めるんだよね。
僕 あ、はい。大丈夫ですよ。
客B じゃビールちょうだい。
僕 はい。どちらにしましょうか?

 僕はメニューを見せる。

客B あ、じゃあコレ。
僕 カンナビアですね。かしこまりました。

 僕はビールを取りに行く。
 客Bが電話を始める。

客B あー。どうもどうもこないだは。いやあ巻丸さんのおかげですよ。はい。まあ、そうですよねえ。所詮、田舎役人でしょう?
僕 カンナビアです。すみません、お電話はできればお店の外でお願いします。
客B すぐ終わるから。
僕 いえ、そういう訳には。他の方のご迷惑になりますから。
客B あ、じゃあ迷惑にならなけりゃいいよね。
僕 お客様、そういうのはちょっと……。
客B ちょっと何? 巻丸さん、後でかけなおすよ。

 客Bは電話を切って僕に突っかかる。

客B なんなのお前? え、俺お客様なんだけど?
僕 すみません、あの……。

 いつの間にか店長が来ていた。

店長 帰ってください。
客B は。
店長 まだ瓶開けてないでしょ。持って帰って、家で飲んだらえんちゃいます? 電話も好きなだけできますよ。
客B お前何なの?
店長 帰れって。

 客Bが動くよりも早く客の前に行ってすごむ店長。
 ビール瓶を客Bの元にむりやり寄せる。

店長 お代いりませんから。ほら。

 客Bは気おされて引き下がる。

客B 言われなくても帰るよ、こんな店。

 客Bはすごすご退散していった。

僕 す、すみません。
店長 別にええ。これこそ向き不向きや。
僕 はい……。
店長 賑やかな街やからな、たまに酔っ払いとかくるねん。
僕 覚えときます。
店長 さっきのやつかって、なんかストレスとかたまっとるんやろ。昼からあんななって。
僕 飲んでも飲まれたくないですね……。
店長 ほんまやで。気を取り直しときや。
僕 ありがとうございます。
店長 早めに休憩とろか。
僕 そうしときます。
 
 僕はキッチンの方に向かった。
 店長はスマホを取り出し、くたびれたような表情で画面を見る。

第1幕 第6章

 いつもより多い客数の中、ニーサンが盛り上がっている。
 僕は

ニーサン いい感じになってきたんじゃない?
僕 ニーサンもありがとうございます。
ニーサン いやいやいや! ボクみたいな優秀な後輩見てたらそりゃあ。
僕 そんなことないですよ。
ニーサン さすが店長、見る目あるね。
店長 ハズレは一回だけ。百発百中や。
ニーサン ハズレ?

 店長は何も言わずにニーサンを見る。

ニーサン このやろ!
僕 まあまあ。店長見てください。ホームページやSNSもばっちりです。
ニーサン へえ。これがIT系のボクの力。
店長 お前が見るんかい。はー、ここまで盛り上がってきたか。ボクほんまにすごいな。ありがとう。
僕 いえいえ。
ニーサン あ。ボク、変な奴いるんだけど。
僕 変な奴?

 僕はニーサンの指している部分を見る。

僕 ん。
店長 なんやこいつ。えらいカフェのコンセプトに噛みついてへんか?
僕 ええ……ですけど、無視しましょう。
店長 いけるか?
僕 はい。アカウントを辿りましたけど、誰に対しても噛みついているタイプです。相手にすると余計に図に乗るし、周りもこの人はそういうやつだってすぐ分かると思うんで。
ニーサン なるほど、そうやって戦うんだね。
僕 というより、戦わないようにしてます。
ニーサン ボクに任せてたら安心だね!
店長 そうやな! これからも頼むでボク。
ニーサン 準備もひと段落したし今から前夜祭だよ!
僕 いいですね!
店長 ニーサンが仕切るなよ。ボクもあんま調子乗らすな。
僕 すいません。
ニーサン まあまあ。

 そういうとニーサンはビール瓶を持ってきた。

ニーサン あ、僕はお酒いけるの?
僕 好きですよ。
ニーサン いいね!

 店長がスマホをいじっているのをニーサンがとがめる。

ニーサン こんな時ぐらい仕事忘れなって。
店長 仕事ちゃうわ。俺は自分の働きたいときしか働かん。
ニーサン お。元祖ナマケモノ1号。
僕 ナマケモノ?
ニーサン この店始めた最初の頃のコンセプト。
僕 ナマケモノなんですか?
ニーサン そうそう。俺も店長も前みたいなゴリゴリ労働はしねえぞって。
僕 へえ。

 店長はすでに瓶を一本空けている。

ニーサン いくねー。大丈夫?
店長 ボク、昔話したるわ。
僕 どうぞどうぞ!
店長 この店をコイツと作ろうとしたときの話や。
ニーサン 俺の話? 恥ずいよ。
店長 クリスマスやったなあ。俺はまだ修行中というか、知り合いの屋台で働いとってん。
ニーサン マジで一番最初からじゃん!
店長 クリスマスのくせに世界一不幸そうな顔しとるやつおってな。
ニーサン 引退するオルフェにちゃんと花持たせてやりゃ良かったんだ……。
店長 もう競馬場しまるで。
ニーサン いいんです。もうどこも行きたくないし、お金もないんで。
僕 負けたんだな。

 いつの間にか話は過去の回想になっている。

店長 アホ言っとらんと。帰らな凍死するぞ。
ニーサン それもいいかも。投資失敗して凍死。
店長 何がやねん。どうせ学生やろお前。
ニーサン 何でわかるの。

 店長はシチューの小皿を持ってきた。

店長 なんとなくな。腹減っとるんちゃうの?
ニーサン いや、いいんですか。
店長 残りもんや。あ、容器は返せよ。洗うから。
ニーサン あ、紙じゃない。あれ、屋台ですよね?
店長 屋台やで。
ニーサン 関西から来たんですか?
店長 ちゃうけど。
ニーサン ああ。
店長 まあ、でも関西にも行くで。
ニーサン 仁川ですか!
店長 ニガワ?
ニーサン あれ?
店長 あ、競馬場? 別に競馬場めぐってるんちゃうよ。
ニーサン 屋台って全国色々行くんですよね。俺も一緒に行けますか?
店長 ……先、学校卒業しとき。連絡先交換しよか。

 店長はガラケーを取り出す。

ニーサン ケータイ止まってて……。
店長 お前はやめといたほうがええかな……。
ニーサン ああ!
店長 冗談や。

 店長は持ってたメモ帳に連絡先を書いて渡した。

ニーサン あ、ありがとうございます。
店長 ほならまたいつかな。

 店長はそう言って去っていった。

僕 あれ?

 僕はいつの間にか寝ていたようで目を覚ます。

ニーサン おつかれ。
僕 店長は?
ニーサン 明日が大事だからって先に帰ったよ。
僕 あ……すみません。
ニーサン 僕も準備ここまで大変だったね。俺たちもそろそろ帰ろう。明日が本番だ!
僕 そうですね。

 そして僕たちは店を後にする。

第2幕 第1章

 僕が店にやってくる。

僕 おはようございます。

 店内には人気がない。

僕 店長? 
僕 おはようございます!

 返事が全然ない。店内をひとしきり探す僕。
 連絡が来てないかスマホを確認した後、電話をかける。

アナウンス「この電話は現在使われておりません。番号をお確かめに…」

 画面で番号を確認する僕。番号は間違っていない。途方に暮れる。
 見慣れないファイルに気づく。中に手紙があり、それを読む。

僕 「突然のことですみません。私はタイダルカフェの店長を辞めます。ボク、そしてみんな、お店はこれまで通り営業を続けて頂いて構いません。最低限必要な書類は揃えときました。新しい店長はボクが適任かもしれませんし、みんなで話し合ってもいいと思います。閉店しても大丈夫です。本当にすみません。」
 
 読み終えてなお、途方に暮れる。
 店の外からニーサンの声がする。

ニーサン 店長! いるの⁈

 ニーサンは自分でドアを開けて店内に入ってくる。

ニーサン 店長?
僕 おはようございます。
ニーサン ボク! 店長いる?
僕 いえ。連絡あったんですか?
ニーサン ないよ。未読のまんま。電話もかからない。
僕 これ。

 僕はニーサンに紙を渡す。それを読むニーサン。

ニーサン ……意味がわからない。
僕 僕もです。とりあえず店開けます。
ニーサン 何で?
僕 いや、とりあえず。
ニーサン それどころじゃないでしょ。
僕 でもどうします?
ニーサン 探そう。
僕 どこを?
ニーサン とりあえず家にいこう。
僕 家はどこなんですか?
ニーサン ……分からない。
僕 僕もですよ。
ニーサン じゃ知り合いに。
僕 誰かいます?
ニーサン え。
僕 ぜんぜん当てがないんです。
ニーサン ……俺も。

 そこら辺の収納を調べ出すた僕。

ニーサン どうしたの。
僕 ちょっと店内探ります。何か業者さんの番号とか。
ニーサン あ! それだ。

 店内をあさり始める2人。だが役に立つものは出てこない。

ニーサン 何かありそう?
僕 ないですね。
ニーサン やっぱこういう時って警察?
僕 どうなんでしょう。事故や事件じゃないですし。
ニーサン どうして?
僕 こんだけ丁寧に書類とか残しているんで。
ニーサン そうか……いや、でも待って。偽装されてるかもよ。
僕 え! それはないんじゃ……。
ニーサン 言い切れる?
僕 昨日の今日ですよ。犯人がいるんならいきなりここまで準備できますか?
ニーサン ……じゃあ、店長が自分で?
僕 そうだと思います。
ニーサン なんで? 余計意味が分からない。
僕 ですよね。これだけ用意したってことは前々から考えてたってことですよね。
ニーサン ええ! 思い当たりある?
僕 全然ないです。

 疲れて黙ってしまう二人。

僕 何か飲みます?
ニーサン いや、別に。
僕 チャイとか。今日は材料沢山ありますから。
ニーサン じゃあ、ジンジャーエールある?
僕 あります。

 ニーサンは財布を取り出す。

僕 いいです。お店開けてないんで。
ニーサン そういうわけには……じゃあ。

 ニーサンは募金用BOXの中にお金を入れた。

ニーサン 頂きます。
僕 ありがとうございます。

 飲みながら喋れないニーサンが懸命に反応を返す。

ニーサン んん?
僕 一人だったらもっとパニクってました。
ニーサン そりゃ俺だってそうだよ。僕のおかげで落ち着いてるっていうか。
僕 ニーサンなら何か知ってるかなって思えたんで。
ニーサン そうだよね。ごめん、ぜんぜん役に立ってない。俺も色々知ってると思ってたけど。店長のこと全然知らなかったんだ……。
僕 店長って実はよくわからないですね。
ニーサン うん。
僕 自分の話しないから。
ニーサン 喋らないよね。
僕 ニーサンにも?。
ニーサン 付き合いは長いのに。なんかショック。
僕 昨日は珍しかったんですね。
ニーサン むしろあれが前兆だったのかな……。
僕 教えてくれなかったわけじゃないんですよね。
ニーサン たぶん。けど聞いた事もなかったと思う。
僕 いつも店長が聞き上手ですし。
ニーサン 何でも相談したくなるというか。
僕 安心感ありますよね。
ニーサン それでいて一緒にいるとけっこう話はずむし。
僕 僕もです。
ニーサン しまいには気持ちよくなってつい何でも喋っちゃう。
僕 転がされますよね。
ニーサン 転がされたなあ。一緒に旅行先で飲んだ時、お店の人から人生相談受けてたよ。
僕 店主同士、何か通じたのかな。
ニーサン どうだろ。
僕 初対面で人生相談はすごい。
ニーサン 本当にね。 
僕 一緒に遊び行ったのはどこですか?
ニーサン 遊びだけじゃないよ。ここできる前は移動カフェだったんだ。知ってる?
僕 店長からちょっと聞いてました。
ニーサン 地産マルシェのイベントや野外フェスに出店したり、北に南に色々行った。色んな人と会った……こんな事になるんだったら出身くらい聞いとけばよかった。
僕 関西じゃないんですか?
ニーサン 違ったと思う。
僕 それは知ってるんですか?
ニーサン うん。辛うじて。
僕 そうですか。意外と近所ですかね。
ニーサン 飛行機は大体空港集合だったな。現地でってことが無かったから……確かにそうかも。
僕 とりあえず近所にいればその内に誰かが見かけるかもですね。
ニーサン だといいな。
僕 ニーサン、僕近所以外で探してみようと思ってるんです。
ニーサン いや、何でまた……手がかりもないのに?
僕 近所にいてたらたぶん大丈夫ですけど、遠くに行ってるかもしれません。
ニーサン そりゃそうかもだけど、分からないじゃん。何かあって、近所で隠れてるのかもしれないよ。
僕 たぶん違うと思います。
ニーサン どうして。
僕 勘です。
ニーサン 勘……けど、俺もそんな気がする。
僕 今まで行ったことあるどこかにいるとか。
ニーサン んー。
僕 そうでもなさそうですか。
ニーサン ピンとこない。
僕 少なくともこんだけ紙や書類を残してるってことは、死亡とか手続きがややこしくなることはしてないと思うんで。
ニーサン 死亡ってそんな。
僕 少なくともこれは遺書じゃないと思います。
ニーサン 遺書ってボク、あのさ。
僕 たぶんそれは、無いと思います。これだけお店を続けることを書いてるので。だってこれで店長が死んじゃったら僕やみんなが疑われるじゃないですか。
ニーサン そりゃそうだけど! けど……それも分からないよ。こんなに知ってると思ってたけど全然知ってなかったんだから。もしかしたら……。
僕 僕も心配です。だからこの一年一緒にいてた店長が何を考えてのかすごく気になって。
ニーサン わかってたら苦労しないよ。
僕 一緒に考えてみませんか? 今、何もしないでただ待つのは……僕は嫌です。
ニーサン ……うん。

 そう言うもしばらく黙っている2人。
 おもむろにニーサンが立ち上がって掃除機をかけだす。

僕 どうしたんですか?
ニーサン 店長が普段やってることをやってみる。
僕 え、いやそれは……。ええ⁈
ニーサン 一緒にやるんやろ。 ボクも。
僕 ええ! いや……。
ニーサン こういう時はなりきって考えてみるんや。

 僕も一緒になって店長のような動きをする。しっくりこなくて助けを求める僕。

僕 ど、どうなんやろ?
ニーサン 下手くそやなあ。なんやその関西弁は。
僕 そっちも全然上手くないやんか。
ニーサン おお! 乗ってきたな! その調子や。
僕 いや、えっと……。あの、すみません。僕は僕でもいいですか?
ニーサン もう何を恥ずかしがってるんや。言いだしたのはそっちやろ。しゃあないな。

 僕は必死になってニーサンのノリについていく。

僕 店長、とりあえずこないだアップした店の写真は人気出てますよ。
ニーサン おお、見せてや。

 ニーサンは僕に近づいてきた。

僕 ……こういう時はちゃんと掃除機切ってからきますよ、店長。
ニーサン わ、わかっとるさかい!
僕 そんな変な関西弁使わないです。
ニーサン 細かいなあ。はい、仕切り直してやります。

 ニーサンが僕に近づいてくる。

ニーサン どれどれ。おお、ホンマやなあ。
僕 この店の独特なレイアウト、けっこうウケるんですかね。
ニーサン おお、ばえなんかもしらへんなあ。
僕 ほらこの人なんて毎回イイねしてますよ。
ニーサン おお! ホンマやな。ボクがカウントダウンっぽく上げてるやつ全部反応してるやん。
僕 今日をすごい楽しみにしてるんですね……ってそうだ……。どうしましょう⁈
ニーサン ど、どうしましょうって、そんなこと言われても。主役がおらんようなもんやし。
僕 主役なら……。

 僕はニーサンを見つめる。

ニーサン ……それは無理あるって!
僕 ここまでお店も準備したんですよ。
ニーサン いやいや、それは……それは俺だってそうだけど。
僕 なんとかならないですか?

 ニーサンは少し集中してから、接客をする演技。

ニーサン おお! みんな! ようきたな! 久しぶりやんけ、ワレ。
僕 やっぱり見てられないです。
ニーサン やらせといて!
僕 だいたいさっきから、その「おお」って何ですか!
ニーサン え、俺そんなこと言ってる?
僕 どうしましょう……。
ニーサン ……オープンまで何時間くらい?
僕 まだ3時間は……。
ニーサン ……。

 ニーサンは何か考えこみながら歩き回っている。
 そして声を出した。

ニーサン 中止! 今日はやめ!
僕 はい?
ニーサン あいつなら……、たぶんこんなノリだったはず。
僕 え。店長がですか?
ニーサン うん。
僕 ……。
ニーサン 昔、あいつと移動カフェやってた時もトラブルってあったんだよ。行ったら出店場所がないとか、行くまでに事故ったとか、台風が来ちゃったとか……。
僕 中止したら、どうすればいいんですか?
ニーサン とりあえずみんなに連絡しないと。
僕 わかりました。WEBはすぐ更新します。
ニーサン 電話しなきゃいけない所ある?
僕 えーっと……たぶん、オーナーさんくらいです。
ニーサン かけるよ。
僕 あ、番号はここに。
ニーサン 知ってる。

 そう言ってニーサンは電話をかけだした。
 僕はその間にWEBページの編集に取り掛かる。

ニーサン もしもし。あー! お久しぶりです。ご無沙汰してました。もちろん元気ですよ。はい、はい、そうなんですよ! それが……僕も今日行く予定だったんですけど……。はい、実は……。すみません、改めて日が決まったら連絡します。突然の電話で本当に申し訳ありません。いえ、ちょっと店長も今手が回らなくて……。すみません……はい、ではまた、いつになるか分かったらすぐ連絡しますね! はーい。

 ニーサンは電話を終える。

僕 ありがとうございます。こっちもとりあえず全部アナウンスできました。
ニーサン ありがとう。
僕 ここからどうしましょう。
ニーサン そうだね。ボク、中止したってこれで終わりじゃないよ。ここからだよ。リベンジしたい?
僕 僕は……はい! したいです。
ニーサン もちろんまず店長を見つけて、だけど。
僕 ですね。
ニーサン なんか思い出してきた。ボク、昔の資料見てもいい?
僕 もちろん。僕も見ます。

 そう言って店の記録やらアルバムやら何でもを2人して引っ張り出す。
 
ニーサン こういう時どうしてたか、たぶんどっかにあるよ。
僕 良さそうなのあったら持ってきますね。
ニーサン 了解。

 動き回ってあれこれする2人。ニーサンは、見直しては自分のメモに写し直す。
 僕は物を見繕ってはニーサンに見せに行く。しばらくそのやりとりが続く。

僕 ニーサンちょっと! この写真わかります?
ニーサン これ何? 家? 小屋? 海も近くてなんか映えな雰囲気。
僕 いやそうじゃなくて。

 ニーサンに店内の作りと写真を見比べさせる。

ニーサン え……。どういうこと⁈
僕 そっくりですよね。
ニーサン パクり?
僕 それか店がこの小屋を……。
ニーサン ここ行くしかないよ!
僕 間違いないです。
ニーサン どこなんだこれ……。
僕 ニーサンはご存知じゃないんですね。
ニーサン ごめん。全然知らない。
僕 いえいえ。知ってたら上手くいきすぎです。
ニーサン それどこにあったの?
僕 これに挟まってました。

 ニーサンにノートを見せる。

ニーサン 屋台の出店記録。懐かしいな。
僕 何かわかります?
ニーサン 台風で中止になったフェス……。俺は独立した後だな。えだちゃんが入って1年くらいかな?
僕 えだまめさん。
ニーサン うん。今の旦那さんと付き合いだした頃だと思う。
僕 ニーサン、えだまめさんとは連絡取れるんですか?
ニーサン とれるとは思うけど。何で?
僕 えだまめさんに店長のこと、この写真のこと聞いてみません?
ニーサン いや、それはどうだろ。急に聞いても困らないかな。
僕 でも一番可能性があるのはえだまめさんだと思いませんか。
ニーサン ……そうだね、そうしようか。ボク今日はありがとうね。これでちょっと進みそうだよ。

 ニーサンは店を後にしようとする。

僕 今連絡しないんですか?
ニーサン え。
僕 別にそんな失礼な時間帯でもないです。こういうのは早い方が。
ニーサン ……わかった。

 言ってニーサンはスマホを取り出して電話をかけ始める。
 通話を押す直前でニーサンが急に僕に言う。

ニーサン ボク、なんか店長に似てきたね。
僕 はい?

 返事を待たずにニーサンはスマホを耳に当てだした。
 コール音が店内に静かに響き、電話が繋がる。
 
えだまめ はい?
ニーサン あ、えだちゃん? 久しぶり。ちょっと聞きたいことがあってさ。

 ニーサンはそう言って店の外に出ていった。
 僕は写真と店を改めて見比べ直した。
 そして写真をみながらPCを打ち込み始める。

第2幕 第2章

 ニーサンが店にやってきた。

ニーサン ちゃんと寝てる?
僕 寝てないです。
ニーサン ここの店員が不健康でどうするの。
僕 それどころじゃなくって。
ニーサン でも休まなきゃ。今僕まで店からいなくなったらどうするの。
僕 すみません……。
ニーサン スローライフだよ。店長に怒られるよ。
僕 はい。

 ニーサンはお菓子を僕の手元に置いていく。

僕 そっちは何か分かりましたか?
ニーサン 全然ダメ。
僕 僕もです。画像検索とかしてみたんですけど、この小屋っぽい写真は一つも見つからなかったです。
ニーサン そっか。
僕 ネットは世界中に繋がってるようで、あらかじめ繋がった場所にしか行けないんです。
ニーサン そういうものなんだね……。
僕 えだまめさんは?
ニーサン もう着くと思うよ。

 呼び鈴が鳴る。ドアを開けに行くニーサン。
 えだまめが店に入ってくる。

えだまめ 初めまして。えだまめって呼ばれてました。ボクさん?
僕 ボクです。急にお呼び出ししてすみません。
えだまめ いえ。私こそずっと来れてなかったんで。
ニーサン いきさつは電話で説明した通り。
えだまめ 店長が。
僕 はい。何かご存知のことがあればと。
えだまめ すみません。私もびっくりするだけで正直何も……。
ニーサン ごめんね。忙しいのにわざわざ。
えだまめ いえ、私が役に立てるなら全然。
僕 さっそくすみません。この写真、何か分からないですか?

 僕はえだまめに写真を渡す。
 えだまめは最初はしっくりこないが、見ている内に思い出したようだ。

えだまめ ……見たことあります。
僕 本当ですか⁈
ニーサン これ何なの?
えだまめ 見た記憶はあるんです。けど……何だったか。
ニーサン そこを何とか……!
僕 いつ見たんですか? どこで?
えだまめ うーん……昔、店長と二人で仕事してた時に。あ、だからこの店で。なんだっけ何かに挟まってた気がする。
ニーサン 同じじゃん!
僕 店長はその時なんと?
えだまめ えーと……ごめんなさい。出てこないです。

 僕とニーサン目を見合わせる。

僕 やってみます?
ニーサン やってみよう。えだちゃん。ちょっとその時のことを思い出してさ、その時を再現してみない?
えだまめ はい? 再現?
僕 ニーサンが店長でいいですか?
ニーサン オーケイ!
えだまめ ちょ、ちょっと。どういうこと?
僕 えだまめさん、さっきの質問の続きなんですけど、作業してたのはこの部屋ですか?
えだまめ そうだけど。
僕 何の作業ですか?
えだまめ えっと……店長がそこにいて……そうだ! 出店記録を整理してて、私がピアノを磨いてました!
ニーサン ピアノ用クリーナー、どこにしまってるか覚えてるよ俺も。

 そう言ってテキパキとウェスとクリーナーを用意するニーサン。

僕 えだまめさん、何となくでいいので思い出して、ちょっと喋ったりして見てくれませんか?
えだまめ やってみるけど……。

 店長になりきって出店記録をペラペラめくるニーサン。
 どうすればいいかわからず途方に暮れるえだまめ。

えだまめ ……これ、意味あります?
ニーサン とりあえず手を動かしたらええんちゃうか?

 えだまめはあまり納得いかない様子でピアノを磨き始める。
 僕はこっそりとニーサンの耳元にささやく。

僕 そっちから話題振ってください。
ニーサン 了解。

 ニーサンが出店記録を見ながら言う。

ニーサン こないだのフェス残念やったなあ。
えだまめ 開催してほしかったですね。
ニーサン そうやなあ。
えだまめ 今でも思いますよ。
ニーサン 俺もやわあ。食材運んで、屋台組んだ後に中止はきつかったなあ。
えだまめ 本当にそう思ってたんですか?
ニーサン 何でよ。
えだまめ 何も言わずにテキパキ片付けてたんで。
ニーサン 文句言ったかてしゃあないやろ。
えだまめ まあ、そうですよね。

 ニーサンは出店記録をめくる。

ニーサン 山続いたし次は久しぶりに海行こか。
えだまめ 海……いいですね。
ニーサン おし! 決まり!
えだまめ こないだは周りも知り合い多くてラッキーでしたね。
ニーサン そういえば馴染み多かったな。
えだまめ あ。

 えだまめは何か思い出した様子でニーサンに喋りかける。

えだまめ そうだ。店長。
ニーサン ん? どうした?
えだまめ 店長、こないだもリー君来てて。
ニーサン おお。そうやったんや。
えだまめ 一緒にいろいろ手伝ってくれて。
ニーサン おお、やっぱええ子やなあ。
えだまめ わたし決めました。リー君と結婚します。
ニーサン ええ⁈ おお、おお! そうか!

 えだまめが僕に向いて言う。

えだまめ この時、店長が開いてたページにこの写真挟まってたんです。
ニーサン そっかそっかー。
えだまめ 店長、これ何ですか?
ニーサン ん?
えだまめ そしたら店長すぐに別のページに挟んでしまっちゃったんですけど……、「これは内緒」って。
ニーサン これは内緒。

 言ってニーサンは演技を止めた。

僕 こんな感じだったんですか?
えだまめ はい。
僕 なるほど。
えだまめ 覚えてるのはこれぐらいです。
僕 ありがとうございます。ニーサンは?
ニーサン ごめん分からない。
僕 僕こそすみません。何かピンと来るかなって思ったんですけど。
えだまめ あの……、もしかしたら、私その写真の場所見つけれるかもしれません。
僕 心当たりがあるんですか?
えだまめ ちょっと一言では説明しづらいですけど。
僕 探偵とかですか? 確かにここまで来たらお金かかってでも。
えだまめ いえ、探偵ではないんですけど。頼めそうな人がいるというか。
ニーサン ……それ大丈夫?
えだまめ 上手くやります。
ニーサン 上手くできるものなの?
えだまめ お金はかからないです。お願いしたら力になってくれるんで。それに、たぶん探偵とかより早いし、確実だと思います。
僕 ニーサン、せっかく今日来てくれたんです。えだまめさんの協力にかけてみません?
ニーサン まあ……うん。
僕 えだまめさん、その人? 現地に行かずに調べてくれたりますか? 騒ぎにはならないですよね。
えだまめ 現地は、ちょっとわからない……。けど、なんとかしてみる。この写真スキャンできたりします?
僕 僕、コンビニまで走ります。

 そういって僕は店を後にした。
 
えだまめ ボクさん? しっかりした後輩さんですね。
ニーサン 自分は何だったのって思うよ。
えだまめ ですね。
ニーサン えだちゃんは元気にしてた?
えだまめ おかげさまで。来年には娘も保育所です。
ニーサン 本当に⁈ 何かお祝いしなきゃね。
えだまめ ありがとうございます。

 少し沈黙。

えだまめ お店ぜんぜん変わってないですね。
ニーサン そうだね。
えだまめ ニーサンはお仕事は順調?
ニーサン なんとか形に。続けてみるもんだね。でも一番はやっぱ店長のおかげかも。
えだまめ 私もそうです。
ニーサン えだちゃんは、最近は何してたの?
えだまめ 娘が少し育ってきたんで、もうすぐ本格的に畑に復帰する予定です。
ニーサン そっかそっか。無理しないでね。リー君も元気。
えだまめ 元気ですよ。30歳と思えないです。
ニーサン まだまだ若いよ。40見えてきたら……。
えだまめ 体は絞っといたほうがいいですよ。
ニーサン 本当それだよ。
えだまめ そろそろ3人で店に来れるかなって思ってたんです。
ニーサン そうだったんだ。
えだまめ 店長も半年前くらいには連絡くれてましたから。
ニーサン それが……。
えだまめ 私もちょっと呑み込めてないですけど。
ニーサン ……。
えだまめ こんな形で昔の人間が集まるなんてあるんですね。
ニーサン 本当だね。
えだまめ 私たち2人が店にいるなんて、いつ以来ですかね。

 そういってしばらく考えこむようなニーサン。
 少ししてからえだまめに向き直って言う。

ニーサン あの、本当いろいろごめんなさい。今まで。
えだまめ 急にどうしたんですか?
ニーサン いや、今日もというか、今か。いづらい所に呼んで。
えだまめ ええ?
ニーサン いや、すみません。本当どうしたらいいのか自分でも。
えだまめ ……まあ、さっきのはちょっと微妙でした。
ニーサン ……。
えだまめ 私も店長には色々相談してたんで。
ニーサン リー君は店長からの紹介?
えだまめ 違いますよ。一緒に何度かイベントで会ううちに。
ニーサン ごめん。変なこと聞いた。
えだまめ いいです。ニーサンのそう言う所、昔から知ってます。
ニーサン あ……。
えだまめ まあ、今更どうってこともないですけど。
ニーサン そう。
えだまめ ニーサンは……ちょっと頼りなさ過ぎました。
ニーサン ごめん。
えだまめ 別に謝られても。
ニーサン ……。
えだまめ 色々頑張ってるんですね。
ニーサン いや、まだ全然。
えだまめ 店長のこととか。
ニーサン それは頑張るというか……。
えだまめ 今のままでいてほしいです。
ニーサン え。
えだまめ 久しぶりに会ったけど……会ってよかったかもって。
ニーサン ……ありがとう。
えだまめ そんな簡単に信用してませんから。
ニーサン はい……。
えだまめ ともかく店長見ですね。
ニーサン うん、早く見つけなきゃ。
えだまめ 店長って周年嫌だったんですかね?
ニーサン それは無いと思う……たぶん。
えだまめ じゃあ帰ってきたら参加してくれると思います?
ニーサン ……自信ないな。
えだまめ 私も。 
ニーサン えだちゃんも?
えだまめ 何となく……。
ニーサン そっか。どうしたらいいんだろう。

 えだまめも店内を見回す。使われなかった飾り、食品の在庫が目に付く。

えだまめ ……いけるかな。
ニーサン どしたの?
えだまめ たぶんニーサンにしかできないこと、手伝ってくれませんか?
ニーサン な、何?

 僕が店に戻ってきた。

僕 お待たせしました。少し時間かかっちゃいました。
えだまめ ボクさん。いい所に!
僕 はい。なんでしょう。
えだまめ 作戦のめどが立ちました。
僕 作戦?
えだまめ 実は産休中にちまちま手を出していたんですけど……。

 そう言ってえだまめは店にあるものを使って即席のセットを組んでいく。
 店のレイアウトは写真の小屋とそっくりになる。

第2幕 第3章

えだまめ うっす! えだちゃんねるです! まずはご報告から。先週撒いたほうれん草が無事に発芽しました~! 順調に育っとります。けど実は芽出しさせて撒いたほうがいいんですって。それ先に知りたかった! そんでまだまだあったかいのでヨトウガの幼虫ちゃんに注意であります! 知ってます? あいつら夜行性なんすよ! 夜に葉っぱを食って盗むからヨトウガって言われるんですって。神様マジでいらん知恵を虫さんに与えんでおくれ。アタシね、小学校の頃に朝顔育ててたんですけど、あれ双葉の後に本葉って出てくるじゃないですか? ある日、本葉が出てきて楽しみ~って思ったアサガオが夜のうちにダンゴムシに本葉食われて! 朝起きて鉢植え見たら本葉があるはずの場所にダンゴムシが! いやいやいや! 何を居座ってくれとるんじゃって。その後、そのアサガオはそれ以上成長できずに枯れました。残酷すぎる……。え? 芽をつむってこういう意味? みたいな。小学生にはマジでトラウマだったんすよ……。って、どうでもいいことばっか喋ったんですけど、ここから今日の大事なお知らせ! ちょっとこの写真を見てね。じゃん!

 えだまめの画面に、海沿いの小屋の写真が表示される。

アタシYoutubeやる前に働いてたカフェがあるんですけど、その働いてたカフェ「タイダルカフェ」5周年記念パーティーが来週開かれます! そして、なんとえだちゃんねるとのコラボが決まりましたーっ! いえい! いや待て待て、さっきの謎の写真はなんじゃいな。ってなりますよね。実は先程の写真がカフェのモデルになった建物なのです。もう予想できたかな? はい。ここで視聴者の皆さんへのコラボキャンペーン! 先程の写真のモデルになった場所は一体どこにあるでしょう? 答えが分かった人は応募フォームに回答の上、タイダルカフェに遊びに来てくださーい! 豪華プレゼントを用意してお待ちしております。そんで、えだちゃんが一日店長するよ! みんな待ってるよー!

 Youtubeの映像が終わる。

僕 これは思いつきませんでした。
ニーサン てかYoutubeやってたんだね。
えだまめ 登録者も増えてきたんでもしかしたらって。
ニーサン でも俺らで何も分からなかったのに上手くいく?
えだまめ 何人かすごい人たちがいるのは知ってるんです。
僕 特定班ですか……。
えだまめ はい。
ニーサン それ大丈夫なやつ?
えだまめ やってみるまでは何とも。ただ……。
ニーサン ただ?
えだまめ 私よりも店長に迷惑かからないようにって。
僕 ……。
ニーサン 僕、大丈夫だと思う?
僕 諸刃の剣だとは思います……が、かけてみるだけの望みはたぶん、あります。
えだまめ すみません。やっぱこんな方法(はダメですよね。)
僕 いえ、店長不在でOK出したのは僕ですから……。
ニーサン うん。俺だって本当にダメなら止めてたよ。
えだまめ ありがとうございます。私も店長が心配なので何かできるならって。
僕 ええ。なので、大事なのはここからです。
えだまめ Youtubeで宣伝なんて初めてだけど、もしかしたら凄い人数になるかもですよね……。
ニーサン それはそれで、来たらすげえじゃんって思えばいいよ!
えだまめ もちろん店のことは全部手伝います。リー君にも手伝ってもらって。
僕 お子さんは大丈夫なんですか?
えだまめ その日だけうちの親にかけあってみます。
僕 ご迷惑をおかけします。
ニーサン ……いや。この際だから昔のみんなもっと集めない? これまでに関わった面子。そいつらが子守はきっとなんとかしてくれるよ!
僕 1週間でみなさん集まりますか?
ニーサン やるしかない! ここまできたら。それに……えだちゃんもみんなに会いたくない?
えだまめ はい。たぶんみんなも……みんなにどう説明します?
ニーサン それは……いや、みんなだったら分かってくれるよ。あのヘンテコ店長と仲良かったんだから。
えだまめ そうでしたね……。わかりました! 私も手伝いますね!
僕 ありがとうございます。
ニーサン お母さんは働きすぎちゃだめだよ。
僕 みんなで最高の周年記念パーティーにしましょう! 
ニーサン もしかしたら店長だって聞きつけてやってくるかも!
僕 ありえますね。
えだまめ じゃあ、私さっそく準備をしてきます!
ニーサン 忙しいのに本当ごめんね! ありがとう! あ! なぎさちゃんも、お母さんをお借りしました! ありがとう!

 えだまめが出てゆく。

ニーサン ボク、店のことは俺たちに任しといて。
僕 はい? 何がですか?
ニーサン あの小屋の場所わかったら、ボクが行くんだよ。
僕 いやいや、僕だけそういうわけには(いきませんよ。)
ニーサン そういうわけなんだよ、今は。店長がいなくなって大変だったけどさ。この数日間で色んなが分かったんだ。俺もさ、年ばっか取ってなんかすげえ腐っちゃってたけど、なぜだか今は店長と移動カフェを始めた時のことを思い出してる。バカなことばっかりやって痛い目ばっか見たけど、すごく楽しかったな。そんですごくたくさんの仲間がいたんだよ。今ならみんなに会える気がするんだ。
僕 ニーサン、僕は……。
ニーサン ボクと店長もその仲間だよ。いなきゃ始まらない。待ってるから、店長を見つけてきて。
僕 ……はい。

 そして僕とニーサンも店の準備に取りかかる。作業をしている中、僕の電話が鳴る。

えだまめ ボクさん! あの小屋の場所、わかりました。住所言いますね。
僕 ありがとうございます。メモしますから、ちょっと待ってください。

 そう言って僕は店を出る。
 それを見送ってからニーサンも店を出る。

第3幕

 海辺の小屋の前に着いた僕。小屋と写真を見比べる。そして辺りを見回す。
 扉から店長が出てくる。

僕 店長!
店長 嘘やろ。
僕 何してたんですか。
店長 何って……。
僕 どれだけ心配したと思ってるんですか。
店長 すまん。
僕 すまんじゃないです。
店長 そらそうやな。
僕 教えてくれませんか?
店長 あ! こっち来んといて!
僕 え。
店長 いや、そういう意味やないねんけど。
僕 あの。
店長 何か触った?
僕 何をですか?
店長 何でも。その辺のもの。
僕 何も触ってないです。
店長 ほんまやな?
僕 はい。
店長 そうか。助かるわ。
僕 何なんですか?
店長 順を追って説明する。一人?
僕 そうです。
店長 わかった。とりあえずスマホの電源落としてもらってもええか?
僕 え……はい。

 僕はスマホの電源を消して店長に見せる。

僕 これで大丈夫ですか?
店長 ありがとう。一応聞くけど、録音とかそんなんしてへんよな?
僕 どうしたんですか?
店長 してへんな? 他に電化製品は?
僕 ないです。
店長 信じるわ。とりあえず助かる。
僕 あの、さっきから何のことか……。
店長 今から話す。まず一つ、話すけど、皆には黙っといてほしい。
僕 何でですか。
店長 それも言う。気持ちはわかるけど、まずは聞いてほしい。
僕 はい。
店長 二つ目。ホンマにすまんけど、今日はそこから動かんと、話を聞いたら帰ってな。
僕 ……はい。
店長 動かんでほしいってのは、なるべくここと俺に近づかんで欲しいってことやねん。
僕 とりあえず聞きます。
店長 すまんな。地べたやけど座るか?

 そう言って店長は自分から腰を下ろした。

店長 1週間くらいか。
僕 ええ。
店長 そっちはどうや? 寒なってきたか?
僕 そうでもないでです。
店長 そうか。
僕 この島はのんびりしていいですね。
店長 のんびりしてるよ。船ちゃんと動いてよかったな。
僕 動かないこともあるんですか?
店長 天気次第やし。何よりおっちゃんの体調と気分で決まるからな。
僕 そうなんですね。船長さんいい人でしたよ。
店長 機嫌いい日やったんや。相変わらずボクついとるな。
僕 あまりそう思ったことないですけど。
店長 いやいや。変に焦らずツキを待つタイプなんよ、ボクは。
僕 そんなことないです。焦ったし、大変だったんです!
店長 ごめん、冗談はやめるわ。
僕 行けば何とかなるかだったんです。店長がいるのかすら知らずに来たんですよ。
店長 ようここがわかったな。

 小屋の壁を指さす僕。

僕 そっくりじゃないですか店に。
店長 ああ。 
僕 写真を見つけて。
店長 写真? ネットかなんかに上がってるん?
僕 いや、ネットじゃないです。店で見つけました。見つけて……とりあえず、写真の場所に行けば何かわかると思ったんです。
店長 それで場所を調べたと。
僕 はい。
店長 よう言わん。探偵か。
僕 ごめんなさい。プライバシーとか。
店長 まあ、ほんまに依頼されるよりマシか。
僕 あの……ここはいったい(何なんですか?)
店長 実家。
僕 え。ここが⁈
店長 正確にはじいちゃんの家。

 水音が鳴る。

僕 この音!
店長 気づいたな。

 壁の配管を指す店長。

店長 まあ、店のはただの排水管やけど。
僕 ここのは?
店長 ボク、本読んだんやろ?
僕 え……えっと……もしかして水力発電の⁈
店長 そう。これが実物。
僕 え、じゃあここ……店長のおじいさんって。
店長 藤村さんちゃうで。
僕 あ。
店長 けどじいちゃんは一緒に仕事してたみたいや。
僕 じゃ店長がスローライフのことを知ったのは、
店長 知ったも何も、それで育ったんがおれや。
僕 そうだったんですね。
店長 それがめぐりめぐって、こんなことになるとは……人生は不思議やなあ。ほんま予想できへん。
僕 こんな所まで来てすみません。けど本のおかげで店長にまた会えたんですよ。
店長 よう言わんわ。
僕 それに……。
店長 どうしたん?
僕 似せて作ったってのは、やっぱりここを知ってほしかったってことなんですか?
店長 別にそんなつもりで……いや、そうか……そうやんな。

 店長が黙ってしまったので僕は慌てて話を繋ぐ。

僕 素敵なところですね。
店長 そう思うか?
僕 はい。
店長 こんな田舎の島やと不便やで。
僕 それでええんや。
店長 あ、お前!
僕 しっかりと店長から教わりました。
店長 俺がおらんでも完璧やん。 
僕 はい。だからいつでも戻りたい時に戻って来てください。
店長 ……。
僕 ここが元祖タイダルカフェなんですよね。
店長 そうやな。この島の潮風とのんびりした空気感、それが好きであの店を作った。ボク、せっかくやからしっかり体感して行ってくれ。それが俺からの最後の教えや。
僕 最後ですか。
店長 うん。

 あまりにも店長がハッキリ言うので僕も正直にぶつける。

僕 店に戻るのは無理なんですかょ?
店長 うん。無理やな。
僕 やっぱりハッキリしてますね。
店長 知っとるやろ。
僕 そうでもないです。店長のこと全然知らなかったです。
店長 どういうこと?

 僕は店長を無視して質問を重ねる。

僕 お店が嫌になったんですか?
店長 そんな訳あるか! 

 店長も僕の空気が違うことを察して向き直る。

店長 ……まあ正直、街がそろそろきついなってのはあったかもしれへん。
僕 けど、ただ嫌なだけだったらあんな消え方しないでしょ。
店長 何で?
僕 店長だったら、しないです。
店長 ……ほんまよく分かっとるわ。気を使わせてすまんかったな。一人でここまで苦労かけた。
僕 いえ、みんなが手伝ってくれてます。ニーサンとか。
店長 あいつ元気?
僕 元気ですよ。店長見つけたって言ったら怒ると思います。
店長 そうやろなあ。
僕 ニーサンにはせめて何か伝えたいです。探すのすごい手伝ってくれたんで。
店長 ……。
僕 そろそろ聞いていいですか? 一体何があったんですか?
店長 話すって言ったのは俺やもんな。 
僕 はい。

 店長は改めて周囲を見回し、その後で静かに話し出す。

店長 実は俺の奥さんがな。
僕 奥さん⁈
店長 そんな驚くなよ。俺だって結婚くらいするよ。
僕 じゃなくて! ええ! 前から?
店長 落ち着けって。
僕 すみません。
店長 ボクが来る前からよ。
僕 全然知らなかった……。
店長 誰にも言うてへんしな。
僕 いや、でも。
店長 あんな。
僕 なんです?
店長 言うで。
僕 言ってください。
店長 ……奥さん、病気あって。
僕 え。
店長 だいぶひどなってしまってな。
僕 それは……。
店長 すまん。流石に一から説明する時間なかった。みんなに。
僕 今は大丈夫なんですか?
店長 うん。
僕 ……良かった。
店長 けど、だから俺は店に戻られへんねん。
僕 後遺症とか何かそういう?
店長 ううん違う。
僕 それじゃ、
店長 ボクは化学物質過敏症って知っとるやろ?
僕 まさか。知ってますが……。
店長 そうや。俺の奥さんがそうなんや。
僕 いや、でもだったら、言ってくれたら。
店長 昔は俺もそんな感じやった。けどそんな簡単やない、この病気は。いや病気だけやないんや。
僕 病気だけじゃない?
店長 うん。

 店長は一息入れてから喋り始めた。

店長 元々は健康なごく普通の人やってん。趣味でピアノ弾いてる人やったんやけどな。
僕 ピアノ。

 そう言って僕はピアノを見る。店同様にここにもピアノがある。

店長 過敏症は、食材とか調理法とかすごい大変やねん。やから食べれるものは限られるんよ。そんな奥さんがうちの店を見つけてくれてな。いつか行きたいですってファンになってくれたんよ。
僕 それが出会いだったんですか?
店長 もうだいぶ前やな。まだSNSもこんな全盛期やなかったけど。ネットってのはなんかすごいんやなって思ったわ。
僕 掲示板とかもありましたもんね。
店長 俺は苦手やったんやけどな。
僕 わかります。昔はどこか薄暗くて。
店長 まあ、でも奥さんに少しでも見てもらえるんならって。
僕 え、じゃあ店長がホームページやってたのって。
店長 そう。
僕 そうだったんですね。僕がリニューアルしてからも見れてましたか?
店長 もちろん。見れへん時には改良依頼したから。
僕 ああ!
店長 すまん、実はほとんど奥さんのためや。
僕 いいえ。なんかほっこりしました。じゃあ、実は店にも来られてたり?

 店長は無言で首を横に振る。
 僕はすこし考えてから店長に質問する

僕 うちの店は実は厳しいエリアだったんですか?
店長 うん。
僕 都会でローカルを体験できるのがうちの良さですから……。
店長 俺がそう思って始めたからなあ……症状がもうちょっとましやったら、いけたんかもしれん。
僕 難しいんですね。
店長 うん、えらい病気や……。にしてもあの辺あかんってよくわかったな。
僕 過敏症のことは昔、漫画で読んだことがあるんです。
店長 良く知っとったな。俺は奥さんを知ってから読んだわ。
僕 でも周りにそういう方は少しもいませんでした。
店長 縁遠い存在よな。
僕 今日初めて身近になった気がします。
店長 そうか。まあ、でも俺も奥さんもな。色々頑張ってみたんよ。治療も。
僕 大変だったんですね。
店長 いやいや。いつか身体の調子がいい日に店に来たいって言うからな。そんでお店にピアノあるんやったらって。けっこう練習とかするようになったんよな。ええ刺激になったんやと思う。
僕 本当ですね。僕もぜひお店でお聞きしたいです!
店長 最初はそれでよかったんやけどな。
僕 最初は?
店長 練習するんやったら、せめて人に見せれるもんにしたいって。自分の演奏を動画で撮って投稿するようになってん。POT PIANO チャンネル って名前やねんけど、知っとる?
僕 いえ……見たことないです。
店長 そっか。まあ今はもうチャンネルも消したしな。
僕 え、それは(何があったんですか?)
店長 まあ順番に話すわ。奥さんも……普段なかなかやりたいこともできんからさ。だんだんチャンネルの人気が出るのが嬉しくなっていったんよ。それは俺も見てて嬉しくなった。ただ、たまたま気合入れるために昔演奏会で使ってたドレスで動画投稿した時があって、えらい再生多くってな。まあ俺もドレスって綺麗やしなくらいに呑気に考えてたんやけど……ちゃうんやな。ドレスって肌の露出とか胸元が見えるとかそういうもんよな。俺は最初は再生回数が高いのは選曲がええんちゃうかって言ってたけど……アホでも気づくよ。ドレスやなくっても、人気の曲じゃなくても、再生回数高いのがどんなんかわかってきて。だんだん服装が過激になっていって。正直、俺はちょっと見てられんくなった。
僕 でも……ピアノ弾くのは元々店に来るためだったんですよね。そりゃ人気が出たら僕だってたぶん嬉しくなりますけど。
店長 そうや。いや、本人としたらむしろ店に来るためでもあったんや。
僕 どうしてですか?
店長 化学物質過敏症の一番の治療は質のいい食材や住環境や。それってごっついお金かかるねん。
僕 ええ、まあ。
店長 奥さん、今までずっと自分で自由にお金稼ぐことなんてできんかってん。それがやっと自分の力で自分の面倒が見れるようになったんや。
僕 そんな。でも……。
店長 ほんで俺らもどんどん店のことが忙しくなっていったやろ。
僕 ええ。
店長 俺も暇やったころみたいにずっと奥さんと喋ってる時間が減りだしてた。いや、奥さんの……格好がやっぱ苦手やった。
僕 でも店長さんも、奥さんのためにお店を盛り上げて(たんですから。)

 店長はボクを遮って話を続けた。

店長 ネットってほんま便利よな。家に居ながらいろんな人とコミュニケーションできるんやで! めっちゃええことやん。思わんか?
僕 ……はい。
店長 初めて奥さんが配信ライブやった日やった。演奏終えた後に視聴している人と話が盛り上がったんか、自分の病気のことを喋ってみたんやって。本人としてはきっと応援してもらえるつもりやったんやろうな。けど、それが何の怒りに触れたんか、ある1人と言い争いになってしまったんや。
僕 それは……その、病人はおとなしくしていろとでもいうような?
店長 かもな。俺もその人の話を聞いたわけちゃうし。
僕 僕だったら、たぶん聞かないです。
店長 まあまあ。大きな問題はそこやなかったんや。
僕 どういうことですか?
店長 配信中にそんな言い争いをしていたからな。ちょっとした炎上騒ぎが他に広がりだした。そしたら、その時に言い争ってた人が、他のSNSでどんどん話を広げて焚き付けたらしいねん。
僕 え。なんなんですかその人。
店長 そしたら直接その時のこと見てない人にもどんどん広がってな。もうその時の映像は消しとったけど。他の動画のコメント欄に人が殺到し始めた。そんでみんな好きなことテキトーに書いてくんやな。ようわからんけど。
僕 そんな人たちは無視です。
店長 その通りやと思う。それに前にも言うとったやん。直接攻撃しに来るやつなんて200人に1人くらいなんやろ?
僕 はい。
店長 だから、俺も一旦、動画配信から離れときって言うたんやけど……。
僕 けど……? どうされたんですか。
店長 本人にとっては数少ない世界とのつながりやったんよ。気軽に外にも出れないあの子の。そんな簡単に手放せるわけない。投稿しなくてもやっぱどうなってるか気になったんや。
僕 ……。
店長 全然収まってなかった。いや、むしろ再生数は増え取った。そんで全部残ってた。文字や言葉が。そんでな……。多すぎたんよ。量が。
僕 ああ……。
店長 200人おって1人やったらええけど、20000人おったら100人になるんか。100人に責められるのはきついで。
僕 ……僕が。
店長 残りの99人かって味方とは限らんねやな。そら応援してくれる人もおるけど、テキトーな奴もおったわ。ぜひまた復活して綺麗な足を見せてくださいとか、顔を出せとか乳見せろとか(何がしたいねん。)
僕 すみません! すみません‼
店長 いや、俺こそすまん。ボクに言うたかって……。
僕 僕、無責任でした。ごめんなさい。
店長 ボク……君のせいやない。
僕 だって僕は、何も考えず軽々しく……。
店長 ほなら聞け。これから気を付けていこう。そんだけやで……自分がそう思うんなら。
僕 ……そうします。
店長 すまん。俺かって店のこと迷惑かけて、人のこと言われへん。俺も、奥さんのことでもう、わけわからんくて。奥さんどんどん元気やなくなって。
僕 僕らには、言えなかったんですよね。
店長 そうみたいや。何でなんやろ。
僕 いえ。僕だってそんなことになったら……。
店長 過敏症ってな、許容量みたいなものがあるねん。いろんな化学物質とか。人によっては、電磁波とかそんなのもな。それが、コップ一杯の人もいたら、プールぐらいの人もいる。
僕 僕も昔読んだ漫画で知りました。
店長 ただでさえ、そんなやのに。ネットまでそうなってしまうんかなって思った。あの子に自由に触れる世界はもうないんかなって。
僕 奥さん、PCとか、電波は大丈夫だったんですよね。
店長 その時はな。だけど今はもう触ろうとせん。症状の悪化かもしれへんし、そうやなくても……もう俺も触らせたくない。
僕 それで……。
店長 もう俺も色々無理やった。奥さんのことは考えられても、他は全部、もう無理やった。店のアカウントに人が集まるのも無理やった。
僕 それでも、店を出るまでにこっそり準備してくれたんですか?
店長 いいや。ボクも案外抜けてるんやな。
僕 え。何がですか?
店長 書類しっかり見てへんな。あれは俺がそれっぽく作っただけやで。
僕 え! そんな! だって緊急事態だったんですよ。
店長 その通りやな……ごめん。
僕 すみません。店長もそうだったんですよね。
店長 とにかく人目から消えたかったんかな……。
僕 そしてここに。
店長 前から一緒にどこかに移ることは考えてたけど。もう今しかなかった。いや、いてられなかった。いさせたくなかったし。
僕 そうまで思える人がいるのは、なんだかうらやましい気もします。
店長 そう? 今思えば俺が怖がってただけなんかな。
僕 そんな。
店長 だって社会人としてどうなんよ。何もかもほっぽり出して。
僕 でも、奥さんは、店長にとって奥さんだけなんでしょ。

 店長は急に笑い出した。

僕 真剣です!
店長 ごめん、そうやない。笑ってへんとしんどい……そうやねん。何なんやろう……。昔は俺もボクみたいに若かったんやで。
僕 どうしたんですか?
店長 何でも自分できると思ってた。誰かに負ける気なんてしなかった。
僕 僕は店長なら何でもできるように思います。
店長 変に期待させてもうたなあ……こんなおっさんに。
僕 全然変じゃないです。
店長 色々やってきて、気づいたらもう俺にはあの子だけしかなくなってもうた。
僕 それで、いいじゃないですか。

 店長は何も答えず遠くを見ている。

僕 ダメなんですか……?
店長 これからどうしようかな。

 僕は店長に近づきたい衝動を抑えて言葉を口にする。

僕 焦らずゆっくりでいいじゃないですか。
店長 ……そうやな。
僕 タイダルカフェですから。
店長 ニーサンには俺のことなんて言う?
僕 分からないです。
店長 あいつここ来るかな?
僕 来ないほうがいいですか?
店長 わからん。
僕 じゃあ店長がいたって言わないです。
店長 ありがとう。けど無理やろ。
僕 頑張ります。
店長 無理すんなて。
僕 無理じゃないです。
店長 いやいや。だってこうしてボクにも見つかったんや。
僕 すみません……。

 店長はわざと大きな声で喋る。

店長 難儀な時代やな! 世界中どこにおったかって、きっと誰かが見とるんやろ。
僕 店長にも奥さんにも迷惑をかけませんから。
店長 迷惑ちゃうよ。騒ぎにならんで、ほんま感謝してるんやで。
僕 それはニーサンやえだまめさん、他のみんな(のおかげです。)
店長 えらい世話になった。

 小屋の中からピアノの音が聞こえてきた。

店長 だからボク、店のこと頼むわ。
僕 あの、僕……それじゃ……あの! ここに置いときます!

 僕は持ってきた本数冊をリュックから出して近くに置いた。

僕 後で、ちゃんと消毒というか、してくださいね! 上から目線ですみません。店長に、いや、お2人に、きっと役に立つような気がして。
店長 ああ。この本……。そうやな。この本は安全や。
僕 漫画もまた、読んだらいいと思います。きっと。電波が使える時に、カフェのアカウントも覗いてください。それから……。
店長 うん。そうするわ。ほならまたいつかな。

 そう言うと店長はこちらに来て、本を受け取ると小屋の中に帰っていった。

僕 僕はそれからこの島を少しだけ回って、その日の最後の船で島を出た。僕がいない間、お店はニーサンとえだまめさんがしっかり営業してくれていた。えだまめさんの作戦のおかげで店はここ最近で一番お客さんが多くてすごく忙しかったらしい。そのピークも過ぎてから僕が帰ってきて、みんなで一通り店の片づけをして。

 店内を片付けた後、旅支度の僕、ニーサン、えだまめが並ぶ。

僕 店長の思った通り、ニーサンに隠すのは無理だった。なぜかえだまめさんまでついてきて、結局すぐあの島に行くことになった。事情を全部説明したわけじゃないけど、3人で、細心の注意を払って。でも……小屋には誰もいなかった。置き手紙も無かった。

 ニーサンとえだまめはあたりを探し回る。
 しかしすぐにあきらめて座り込む。

でも、僕もニーサンもえだまめさんも、誰も焦ったりしなかった。心配しなくても店はみんなが協力して続いている。きっと店長も、店長の奥さんだってどこかで元気にやっているに違いない。

 ひとしきり海辺の小屋を見回って、ニーサンとえだまめはそれぞれ出てゆく。
 僕はPCを開き、画面を見ている。

僕 えだまめさんは一回家族で店に来た。お店と契約を結んで、これからは畑でとれた野菜をお店で提供できるはずだ。ニーサンはあれ以来、役者を目指している。でもプロになるワケじゃないらしい。ニーサンは移動カフェを再開して、行った先の町で店長の演技をしながら出店するのだ。きっと彼なりの「この人をどこかで見かけませんでしたか?」のメッセージだ。そういう旅役者に、ニーサンはなったのだ。そして僕は今日もこの店にいる。色々考えたけどタイダルカフェの名前は変えることにした。意外にも反対意見は出なかった……でもどんな名前にしよう。何かあの島の、海を感じるようなそんな名前はどうだろうか。

 呼び鈴が鳴る。

いや、そんなことよりもお客さん……。

 PCを閉じて僕が言う。

僕 今日も来てくださってありがとうございました。



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