台本を公開しながら更新して完成させてみる～『ランドセル』という台本～

　暗い空間に人が２人。１人は手を後ろに縛られて口元を塞がれたまま座らされている。ぐったりした様子だ。もう１人は囚われた方を監視しながら時々周囲にも気を配っている。何かの組織に所属している兵士と見える。あたりに他の人間の気配はない。その組織の隠れ家か何かだが、屋内であること以外は暗くてよく分からない。ホワイトボードだけが白く目立っている。

　兵士が捕虜に近づき声をかける。

兵士　おい。
捕虜　う……。
兵士　大丈夫か？　大丈夫だな？

　捕虜は小さく頷く。
　
兵士　静かに。

　兵士は捕虜の口布を外す。

兵士　水飲むか？
捕虜　……いえ。
兵士　そうか。喋れるか？
捕虜　はい。
兵士　良かった。

　捕虜は周囲を見回そうとするが、縛られた状態で上手く体を動かせない。

兵士　動けるか？　
捕虜　あまり……。
兵士　わかった。必要な時は手を貸す。
捕虜　……。
兵士　あんたと喋りたかったんだ。
捕虜　私と？
兵士　そうだ。
捕虜　尋問官ですか？
兵士　いや、オレは見張り。
捕虜　いつ来るんですか？
兵士　たぶん来ない。
捕虜　来ない？
兵士　しばらく「セイト」の兵士は来ない。

　捕虜は事態が呑み込めない。

兵士　災難だな。
捕虜　……まあ。
兵士　あんたをどうするか迷ってる。
捕虜　運んだだけか。
兵士　たぶんね。
捕虜　たぶん？
兵士　細かいことは聞いてない。
捕虜　あの。
兵士　何だ？
捕虜　「セイト」ですよね？
兵士　そうだよ。
捕虜　ですよね。
兵士　変か？
捕虜　いえそんなことは。
兵士　いいよ。雇われだし。
捕虜　……ここも深刻ですね
兵士　そうらしいな。
捕虜　でもよく聞く話なんです。
兵士　どこもそうか。
捕虜　はい。

　その時外から異様な音が聞こえてくる。
　すると兵士は急に外に出ていってしまった。

捕虜　え……ちょっと？

　ほどなくして何かが発射されたような音がする。
　少しして兵士は戻ってくる。

兵士　すまん。
捕虜　戦闘？
兵士　いや訓練。
捕虜　ああ……。
兵士　なあ。
捕虜　はい。
兵士　何で来たんだ？　こんな時に。
捕虜　仕事です。
兵士　ほう。
捕虜　何か問題でも。
兵士　ついてないな。
捕虜　いやまあ「国際基金」なんで。
兵士　キキン？　ああ。
捕虜　何だと思ってました？
兵士　命令されたんだろうなって。
捕虜　命令ではありません。
兵士　悪魔みたいなボスが「さっさと飛び込んで来い」って。
捕虜　いやいや。それこそ「セイト」は？
兵士　ん？
捕虜　あ……その、怖い、ボス？
兵士　ああ。ばらばらだな。やばいのもいるし話せる人も。まあでも真面目そうな奴が多いかな。
捕虜　雰囲気変わりましたね。
兵士　やっぱりそうなのか？
捕虜　ええ。まあでも、うちだってすごい冷たいのもいますよ。
兵士　冷たい？
捕虜　どの口が人道支援って言うんだってやつとか。
兵士　へえ。
捕虜　必要なんでしょうけどね。割り切ることも。
兵士　食糧とか配ってるのか。
捕虜　いえ、教育関連です。
兵士　教育？
捕虜　学校作ったり、教科書を運んだり。
兵士　そうか……。
捕虜　驚きました。
兵士　何が？
捕虜　「キキン」を受け入れる人が多い。
兵士　そりゃそうだろ。もうほっといてくれ助かってるよ、ありがとう。
捕虜　役立たず呼ばわりだってあるんです。
兵士　腹の足しにならないもんな。
捕虜　ええ。
兵士　嫌いな人もいるよ。「セイト」にも国民にも。
捕虜　色々ありますよね。
兵士　イロイロ？
捕虜　事情があるという意味です。
兵士　面白いな。
捕虜　はあ。
兵士　こんな時どうするか教もわるのか？
捕虜　こんな時？

　兵士は手首を揃えて捕虜に見せる（手首を縛られるジェスチャー）

捕虜　一応。
兵士　役に立ったな。
捕虜　いや助かってないんで。

　捕虜は本当に縛られている手を兵士に見せる。
　その時、また外から異様な音が聞こえてくる。
　兵士は外に出てゆく。
　少しして発射音。捕虜は辺りを警戒する。
　兵士が戻ってくる。

兵士　まだ訓練中なんだ。
捕虜　いま夜……？
兵士　そういう新兵器だから。
捕虜　……今なんて？
兵士　新兵器。
捕虜　まさか。
兵士　あるよ。ここに
捕虜　……。
兵士　だから来るんだろ？
捕虜　でもずっと見つからなかった……無いと思っていました。
兵士　オレも無かったらいいなあって思う。
捕虜　大問題だ。
兵士　だよな。オレでも分かる。
捕虜　私は殺されるのか？
兵士　……まだ決まったわけじゃない。
捕虜　ごまかすなよ。じゃなきゃおかしいだろ。
兵士　違う！　だから引き受けたんだ。
捕虜　引き受ける？　引き受けてどうする。
兵士　あんたが殺されてほしくない。
捕虜　……何言ってるんだ？
兵士　喋りたいから。

　捕虜は兵士の理由が見えず困惑する。

兵士　神に誓う。危害は加えない。
捕虜　分かった……だったら「セイト」と交渉することはできないか？　
兵士　それは無理だ。
捕虜　どうして。
兵士　雇われのオレには。　
捕虜　じゃあいい。放っといてくれ。
兵士　断る。
捕虜　何でお前が断るんだ！
兵士　見張りだから。
捕虜　畜生。
兵士　ずっと外人に会いたかったんだ。
捕虜　……。
兵士　だから見張りも引き受けた。
捕虜　知らん。
兵士　そして今日会えた。
捕虜　もういい、もううるさい。

　　兵士は祈りをささげ始める。

兵士　わが唯一の神よ。あなたの思し召し（おぼしめし）に感謝します。
捕虜　……？
兵士　今宵一人の異邦人が我が元に導かれました。
捕虜　……お前まさか。
兵士　ちょっと静かに。
捕虜　来るな！
兵士　え？
捕虜　いいのか！
兵士　おい。
捕虜　見張り中なんだろ。
兵士　おい静かにしてくれ！　何言って……ああ。　

　兵士は武器を持っていないことを示す。（武器をその場に捨てる案もあります）

兵士　ほら。
捕虜　……。
兵士　信じてくれよ。外す必要ないだろ。

　兵士は口布を指さす。

兵士　そもそもオレは「セイト」じゃない。いや……「セイト」か。でもただの雇われだから。
捕虜　お前、本当に何がしたいんだ。
兵士　喋りたいだけなんだ。頼む信じてくれ。何かするならもっと最初にしている。
捕虜　……。
兵士　すまん。
捕虜　……「セイト」が外国人を殺す時、神に感謝すると聞いた。
兵士　その情報は間違ってない。
捕虜　ちょっと整理させてくれ。
兵士　水飲むか？
捕虜　いらん。
兵士　ごめん。あ……！　ちょっと。ちょっとだけ待っててくれ。頼む！

　兵士は外の様子を見に行き、すぐに戻ってくる。

兵士　大丈夫だ。
捕虜　……。
兵士　あんたに今日会えてよかった。
捕虜　そりゃどうも。
兵士　オレは「アマタ」なんだ。
捕虜　……アマタ？　あ……！　え？　ええ⁈
兵士　知ってるのか？　
捕虜　無事なのか？　だから？　今はみんな「セイト」の仕事してるのか？
兵士　オレみたいなのは少ない。
捕虜　……そうか。
兵士　裏切り者だ。
捕虜　しょうがない、じゃなきゃ何されるか。
兵士　あんたたちはここでは捕まりやすいんだ。
捕虜　……。
兵士　オレたちに似てるから、余計に目をつけられる。
捕虜　知ってる。
兵士　昔習ったんだ。遠く離れた国に兄弟民族がいるって。
捕虜　相変わらず似てるな。
兵士　本当にいたんだな。
捕虜　お前こそ本当に「アマタ」なのか？
兵士　当たり前だろ。何で。

　捕虜は部屋を見渡す。
　（ここは本当に武装組織の隠れ家なのだろうか）

捕虜　似すぎだ。ここは自分の国だと言われても驚かない。
兵士　そんな訳ないだろ。
捕虜　だよな。
兵士　遠い所よく来てくれた。歓迎するよ
捕虜　歓迎するんならこれ何とかしてくれ。

　捕虜は兵士に縛られた身体を見せる。

兵士　それはできない。

　捕虜は舌打ちする。
　
兵士　すまん、それこそ色々あるんだ。
捕虜　わかってる。
兵士　便利な表現だな。
捕虜　あ？
兵士　イロイロ、か。
捕虜　ああ。
兵士　こういうの好きなんだ。その言葉だけの伝え方っていうか。
捕虜　……お前みたいな奴、たまに会うよ。
兵士　オレみたい？
捕虜　好奇心旺盛というか。
兵士　どんなこと喋るんだ？
捕虜　普通だ。お互いの国のこと。音楽とか食べもの、スポーツ、童話。
兵士　あー。

　兵士は何か思い当たりがあるような様子だ。

捕虜　どうした。
兵士　いや童話ってのが。
捕虜　気になるか？
兵士　オレみたい、か。
捕虜　あーそうそう。童話とか好きなの。
兵士　あんたの国はどんなのがあるんだ？
捕虜　そうやってみんな聞いてくる。
兵士　あっ。

　兵士は言い当てられて恥ずかしそうにする。
　それを無視して捕虜は喋り始める。

捕虜　昔々、ある所におじいさんとおばあさんがいました。
兵士　おお。
捕虜　……全部喋ると長いからはしょるぞ。
兵士　なんだよ……どうぞ。
捕虜　その老夫婦が大きな桃を川で拾うんだ。ところが食べようと切ったら中に赤ん坊がいる。
兵士　神の使いか！
捕虜　あ。そうかもしれんな。
兵士　かも？
捕虜　とは言え赤ん坊をどうするわけにもいかないから育てることにした。
兵士　神はいいのか？
捕虜　いい。そうして……赤ん坊は凄い早さで育ち、あっという間にたくましい青年になった。青年は老夫婦に育ててくれたお礼がしたいと言う。そして、老夫婦が暮らす村を荒らす鬼……まあ悪魔だ、の根城に行き悪魔を一掃した。こうして老夫婦も青年も村人も幸せに暮らしたという。
兵士　悪魔は皆殺しになったのか？
捕虜　わからん。
兵士　悪魔に一人でも家族が残ってたら……。
捕虜　似たようなことをよく聞かれる。けど……うちの国では、その先は分からないことになってる。
兵士　あんたはどう思う。
捕虜　……その前にお前の番だ。
兵士　え！　そうだな。あー、えー……。

　兵士は少し考えて話始めた。

兵士　昔々、緑豊かなある山にヒツジがいた。色んな動物たちが砂漠を通り抜ける前に休む美しい山だった。ヒツジは訪れる動物から聞く噂が大好きだった。カモメが教えてくれた青い海、ウマが教えてくれた大草原。たまに凶暴な動物もやってくるが、ヒツジは山の果物や魚を渡して上手に平和に暮らしていた。
捕虜　もうちょっと（はしょって。）

　兵士はそのままの調子で続ける。

兵士　だが色んな動物が増えれば増えるほど問題も増えた。凶暴な動物たちは他の動物を狙い始めた。リスやウサギは怖がっていなくなってしまった。
捕虜　おい。
兵士　とうとうヒツジ自身が狙われるようになった。ヒツジは困った。するとその様子を見ていたライオンが「山がこんなに乱れていてはいかん」と言い出した。
捕虜　それ……。

　また外から異様な音が聞こえてくる。
　兵士は外を気にかけるが、話を続ける。

兵士　ライオンが山に住むようになり、ヒツジが狙われることはなくなった。だが、ライオンはヒツジに見返りを求めた。「お前さんの毛皮をおくれ。毛皮でいい。お前さんを食べるなんてしないから。」ヒツジはライオンに守ってもらう度に毛皮を渡した。けれども伸びる早さが追い付かない。ヒツジは寒さに震えながら山の神様に「早く毛が伸びますように」と祈った。だが、ヒツジの毛はすぐに増えなかった。その様子を見たクマが、「ヒツジが寒さに震えるのはおかしい」と言い出した。クマはヒツジに言った。「神様は平等じゃない。だから自分たちで平等にしよう。ライオンが山に居座っているのが原因だ。私も交代で山を守ろうじゃないか。」クマも山に来るようになった。クマは見返りに魚を求めた。

　発射音がする。

兵士　ライオンとクマは段々けんかするようになった。ヒツジはさらに困った。困って困って、やっぱり山の神様にお祈りをした。すると空からオオワシがやって来た。「神様はちゃんと君を見ているよ。力を貸す。君も強くなるべきだ。共に自由を取り戻そう。」そう言うとオオワシは羽毛を辺りに撒（ま）いた。その羽毛がヒツジに触れるとヒツジに羽が生えた！　ヒツジはその羽で飛び回り、ライオンやクマと闘った。闘う内にヒツジの角がどんどん伸びていった。

　何かが落ちる音が聞こえ始める。

兵士　とうとうヒツジは山からライオンとクマを追い出した。オオワシが言う「よくやった。君は自由を勝ち取った。」ヒツジは返した。「いつまでいるつもりだ？　ここはオレの山だ」ヒツジは角でオオワシの止まっている木を切り倒した。オオワシとも闘いになった。

　何か着弾した音がする。
　兵士は当たりの様子を伺い、そして話を再開する。

兵士　闘いはヒツジの勝利で終わった。ヒツジが勝利した時、山にはもう一本も木が残っていなかった。動物はヒツジ以外に一匹もいなかった。ヒツジはもう飛べなくなっていた。だが角だけは伸び続けた。悪魔のように捻じくれた角が伸び続けた。ヒツジはもうヒツジじゃなくなっていた。
捕虜　アルガリ。
兵士　……！
捕虜　違うか？
兵士　合ってる……詳しいな。
捕虜　「キキン」で仕事してるんだぞ。
兵士　そりゃそうか。
捕虜　結局お前は「セイト」のメンバーなのか？
兵士　……ああ。
捕虜　従わされてるのか？
兵士　とも言い切れない……仕事をもらっている。
捕虜　見張りも仕事か。
兵士　そうだ。
捕虜　そして私に生きてほしいと。
兵士　本心だよ。
捕虜　それがわからん。満足できたか？　もう十分喋っただろ。　
兵士　……。
捕虜　今度は何だよ。もう何でも来いだ。　
兵士　夢だったんだ。
捕虜　……。
兵士　すまない……。
捕虜　謝るな。
兵士　え。
捕虜　何となく分かった
兵士　は？　何が。
捕虜　向いてないよ。雇われ兵なんてやる柄じゃない。
兵士　お、お前何様だ。
捕虜　欲しいもの取ってさっさと消えりゃいいんだ。普通。
兵士　黙れ。
捕虜　黙らせてみろ。
兵士　その口塞げよ。
捕虜　おうやれよ。

　捕虜が兵士を挑発する。
　捕虜は掴みかかろうとする。
　しかし、最後まで手を出せずに留まる。

捕虜　分かってるんだよお前は自分で。
兵士　畜生！　
捕虜　おい！　来いよ！

　兵士は捕虜から離れる。

捕虜　……何もするなって、ちゃんと習ったからだろ。

　兵士は答えず外の様子を少し伺う。
　それから少し距離を取って捕虜の横に座った。

捕虜　誰も来ないな。
兵士　来ない。見向きもしない。
捕虜　……。
兵士　ここはもうボロボロだから。ほとんど逃げた。
捕虜　……。
兵士　でも訓練は続く。
捕虜　誰もいなくても？
兵士　たぶん。
捕虜　そうか。
兵士　あんた家族は？
捕虜　いない。
兵士　今さら交渉とかしないよ。
捕虜　……親はいる。奥さんや子どもはいない。
兵士　そうなのか。
捕虜　そっちは？
兵士　……。
捕虜　……ごめん。
兵士　妻と娘がいる。
捕虜　元気か？
兵士　今は。
捕虜　そうか。
兵士　あんたは本当に妻や子がいないのか？
捕虜　いない。うちの国には子どもがほとんどいない。
兵士　どうして？
捕虜　育てられないから。
兵士　戦いがないのに？
捕虜　ああ。
兵士　オレ……先生になりたかったんだ。　
捕虜　きっと向いてるよ。
兵士　２０年前か。戦争が終わって学校に行けるようになっただろ。その時オレは「世界」を習った。その授業でオレの見える世界も変わったんだ。
捕虜　凄い授業だな。受けてみたい。
兵士　単にこの国しか知らなかっただけだよ。でもオレには凄かったんだ。それからどんどん勉強した。オレも子どもたちに世界を教えたい！　そう思ってた。思って、思って……それから２０年たった。
捕虜　……。
兵士　神様！　立派な戦士にして頂きありがとうございます！

　兵士が大きな声で祈る。
　捕虜は覚悟を決める。

兵士　……やっぱりあんたに生きてほしい。
捕虜　え。
兵士　あんたをここから逃がす。
捕虜　待て、何でだよ。
兵士　ここのことが知れたら、この国はまた変わるかもしれない！
捕虜　けどお前はどうなる。
兵士　何とかする。
捕虜　何とかじゃすまない。家族だって。
兵士　でもその方がもっと沢山の未来に繋がる。
捕虜　馬鹿野郎。
兵士　……オレはもう無理だ。
捕虜　なんで弱気になるんだ。
兵士　学校に行ったオレが、こんなことをしてるんだぞ。
捕虜　仕方なくだ。
兵士　終わってる。
捕虜　そんなことはない。若いだろ。次の２０年はわからない！
兵士　……。
捕虜　私と喋れたのも勉強したからだろ。
兵士　利用するためだ。
捕虜　でも生かそうとしている。
兵士　……。
捕虜　本心って言ったな。

　また異様な音が聞こえてくる。

捕虜　これ外してくれ。水を飲みたい。
兵士　いらないんだろ。
捕虜　自分で飲みたい。外してくれ。

　音の数が今までよりも増えていく。

兵士　気安く貰うなって言われただろ。

　発射音がする。捕虜は喋るのを辞めない。

捕虜　一人では行かない。
兵士　え……。
捕虜　お前も自由にする。お前から聞いた話を私は生きて持って帰る。お前も私の話を娘さんにしてくれ。
兵士　……動けるか？

　落下音が近づいてくる。捕虜は縛られた手を兵士に見せる。発射された何かがすぐ近くに着弾する。衝撃でわずかにあった明かりがいかれ出す。次第に暗くなってゆく。兵士は捕虜の元に近づいていくが視界は夜の闇で遮られる。

　突然すべての電気が点灯する。兵士は上等兵に、捕虜は隊長になる。先程までのやりとりは全てシュミレーションだったことがわかる。

上等兵　終了です。お疲れ様です。
隊長　お疲れ。
上等兵　……。
隊長　どうした。
上等兵　ちょっと自信が。
隊長　は？
上等兵　自分は上手くやれるのか
隊長　やれるかじゃないだろ。
上等兵　すみません！　やります！
隊長　訓練にすみませんはいらん。
上等兵　はっ！
隊長　もう予備校じゃないんだよ。
上等兵　はい！
隊長　わかったな。
上等兵　はっ！
隊長　……向いてねえなあ。
上等兵　努力します。
隊長　敵であっても相手の言葉を徹底的に引き出そうとする姿勢は悪くなかった。
上等兵　いえ、まだまだです。
隊長　だがそれは裏を返せば……だ。忘れるな。
上等兵　はっ！
隊長　じゃあこれ解（と）いてくれ。
上等兵　はい。

　上等兵は隊長に近づこうとして止まる。

上等兵　写真撮ってもいいですか。
隊長　あほか！　早く解け！
上等兵　はい！

　上等兵が隊長の縛られた後ろ手をほどく。
　ほどいている上等兵に隊長は言う。

隊長　お前は緊張感ないぐらいがいいかもな。
上等兵　はい？
隊長　早くしろ。
上等兵　完了です！　器具片付けます！

　上等兵は舞台袖に向かい、照明装置を袖から持ってくる。
　
上等兵　記録ありがとうございます！　お疲れ様です！

　上等兵が別の袖にそう言うと、カメラを持った別の人間がまた袖から出てくる。それを見て隊長はつぶやくように言う。

隊長　写真いらねえだろ。
上等兵　撤収完了しました。
隊長　ご苦労。
上等兵　隊長、お聞きしたいことがあります。よいでしょうか？
隊長　……いいよ。崩して。
上等兵　今回なぜこのようなバディ訓練が……。
隊長　それは答えられん。
上等兵　わかりました！
隊長　おう、いいか。
上等兵　もう一点あります！
隊長　２つあるんなら最初に言えよ。
上等兵　すみません！
隊長　続けろ。
上等兵　今回訓練内容はバディの上官に一任と聞いております。本当でしょうか？
隊長　誰から？
上等兵　いえ噂です。しかし上等はほぼ全員知っております。
隊長　もう一度聞く。
上等兵　はっ！
隊長　その噂は誰から？
上等兵　……申し訳ありません！　答えられません。
隊長　俺でもか。
上等兵　すみません。
隊長　わかった今はいい。後で個別に聞く。必ず答えろ。命令だ。

　上等兵は黙って敬礼する。

隊長　訓練内容は確かに俺が考えた。
上等兵　はっ！　ご回答ありがとうございます！
隊長　崩していいよ。
上等兵　失礼します。それで……なぜ今回こんな（訓練が）。
隊長　……。
上等兵　あれは戦闘したくなくなります。
隊長　だからだ。
上等兵　……。
隊長　戦闘に理由が必要だと思うのか。
上等兵　おっしゃる通りです。
隊長　お前……。
上等兵　はい。
隊長　真面目でいい奴だよお前は。
上等兵　ありがとうございます！
隊長　褒めてないんだよ。
上等兵　え……すみません。
隊長　いいよ、そう言う所面白いよ。
上等兵　ええ⁈
隊長　あんな筋にした理由を教えてやるよ。
上等兵　はい。
隊長　教科書によくこの国が途上国支援している話が載ってるだろう？
上等兵　教科書？　
隊長　子どもの。
上等兵　ああ。
隊長　うちの国は最初みんなランドセルなのに、段々使わなくなる。するとけっこう綺麗なまま寄付されていく。
上等兵　まあ、そうなりますよね。
隊長　お前何歳？
上等兵　２５です。
隊長　ランドセルあったか？
上等兵　使いましたよ。それこそ今もあるのでは。
隊長　俺が中学行く頃よその国で大きな戦争が始まって終わったことがあった。知ってるるか？
上等兵　いや……。始まって終わった？
隊長　３ヶ月くらいだったんじゃないかな。
上等兵　３か月⁈　すみません、記憶に無いです。
隊長　そんなもんだ。
上等兵　勉強不足です。復習しておきます。
隊長　はいよ。で、４年くらいになったらもう誰もランドセル使わないだろ？
上等兵　確かに。
隊長　それが、戦争中の国で使われている。でもこっちは戦争の空気なんて全くない。ニュースの中だけだ。
上等兵　一般人からすれば、（そうです。）
隊長　それがガキの頃の記憶にこびりついてる。
上等兵　……。
隊長　だからだ。
上等兵　隊長。
隊長　お前だからいいや。
上等兵　お子さんいましたっけ？
隊長　いたらここに……。

　突然、奇妙な音楽が部屋中に響く。上等兵はすぐに荷物を掴んで部屋を出ようとする。隊長はそれを止めようとするが、上等兵は止まらずに走って行ってしまう。何かが落下してくる音がする。

　暗転。