台本を公開しながら更新して完成させてみる~『セカンド・ライン』という台本~

 『セカンド・ライン』 
湊游


・登場人物

A、B、Cが孫

A メモ:俺 
B メモ:私 
C メモ:僕 

ホグワーツ 祖父の30年来の愛人、エナン(いわゆる魔女の帽子)を被っている、エキセントリックな洋服センスの女性。

第一幕

 喪服を着た3人組が部屋に入ってくる。
 部屋に一か所、がらくたが山積みになっている場所がある。
 一息つくと3人は話を始める。

C お疲れ様でした。
B 変に長引かなくてよかったよ。
A カード停めた?
B 停めてたよね?
C 年金もやってます。
A 免許は?
C もちろん。
B 入院した時に始めてたじゃん。
A いやあ手際の良さ。
B プロだね。
C 事務処理ですけどね。
B けど普通こういう時、ねえ。
A いやいや実際どうよ。
B 何が?
A もっと片付けてから逝ってくれよって。
C そこなんですよ。
B 無理無理。
A 期待するだけな。
C 結局周りが何とかするんですよね。
B まだ半分くらい?

 Bはがらくたの山を示す。

C 先長いですね。
B 気づいてりゃなあ。
A 手を付けない理由あったの?
C いや……あの部屋苦手なんです。
A&B ああー。 
B わかる。
C 昔からどうもしんどくて。
A ヤニがな。
B そう。じじいの部屋だけ曇ってなかった?
A それは無いって。
C 感覚的にはね。
B たまに部屋に呼んできたじゃん。
C はい。
B あれきつかった。よく息止めてたもん。
A やだって言えよ。
B 気を使ってたの。子どもながらに。
A そういうので調子乗るんだよ、あの爺(じい)は。
C まあ順調に蓄積されてましたね。
B 歴史がね。
C けど書類やらなんやら全部あっちの部屋だったんで。
A ご苦労さん。
B ベッドのとこ床沈んでたよ。
A マジ?
B もしあそこで……。
A 病院には悪いけど、送り付けて正解。
C そう思ってます。
B まあ保険様様か。
A 父さんな。
B 父さん?
A その辺全部けつ持ってたんだから。
B ああ。
C そうですよ、感謝するならそっち。
A 本当何もやらないから。
C で、ここからどうします?

 C以外は一瞬黙る。お互いを見たり部屋やがらくたの山を見渡したりする。
 少ししてBが口を開く。

B 家かあ。
C できれば早めになんとかしたいです。
A すぐやろう。四十九日過ぎたら。
B まあ妥当か。
C 僕、待つ必要ないと思うんです。
A&B え。
B どうして?
C 納骨したんで。
A あ、そうか。
B そういうもんなの?
A そういうもんでしょ。
B でもそしたらどこ住むの?
A&C ええ?
C まだ住むんですか?
B だって……あるんだよ?
A&C いや……。
B この家。
A あのなあ。
C 流石にもう手に追えないですよ。
A 分かるだろ。タイミングなんだよ。
B そう思ってたんだけど……。
A それこそお金だって。固定資産税とか?
C 相続税です。
A そうそれ。
B でも税金かかるほどの値打ちある?
C 値打ち無いからなんですよ。
B そんなハッキリ言うの。
C 正確には土地です。ここの場合。
A 俺だって色々複雑だよ。
B いっそ悪い思い出ばっかりだったらな。
A それは違うだろ。
B ごめん。
C けど決めないと。
A あのヤニ部屋どうするんだよ。きっと腐るぞ。
C いや腐りませんよ。
A そう? 白アリとか。
B ベッド……。
C あ……。とにかく、この際ですから。いい機会ですよ。
B ……わかった。
C 今後の流れ説明しますね。

 Cはファイルを用意し書類を出そうとするが、肝心の資料は見当たらない。

A 何してるの。
C この部屋にはあるはず。
B 印鑑探した時に紛れてない?
C ですかね。
B さっき動かした方かな。

 CとBはそう言ってがらくたの山をあさり始める。 

A なんでここに固めてんの?
B 後で色々売れるかなって。
A 売れないよ。
B 無理?
A よく売ろうと思ったな。

  Cが呼びかける。

C すみません、ありました。お騒がせしました。

 Cが別のファイルを手に戻ってくる。AはCの元に向かうが、Bはアルバムを片手に動かない。

A いらないから今。
B じじいの真似。
A わかったわかった。

 AはBの持っていたがらくたを奪ってしまう。

B ああ。
C そっちは?

 Bが2人の所に行ってアルバムを開く。

A 写真? 爺ばっかり。
C 父さんでしょ。
A 父さん?
C 集めてたんでしょうね。
B たぶんね。
A ばあちゃんのもあるかな。
C 探しますか?
A あ、ごめん。後でいいよ。
B いや……家あるうちに見ようよ。
A 今? 
B うん。
C 別に今日明日で家無くなりませんよ。
B 見たら決心がつく。この家に。
C どういうこと?
A まあそこまで言うんなら。

 Bが皆に見えるようにアルバムを開く。

B あ、それと。

 Bは音楽をかけ始める。
 レトロな曲が流れ始める。

A はいはい。
B 写真ってなんか久しぶりだよね。
C けど綺麗に残ってますね。 
A 性格出てるなあ。
C 性格?
A ビッシリ。
C 隙間ほとんどないですね。
B じじいじゃ作れない。
A これ結構あるの?
B よくぞ聞いてくれた。

 Bがさらに他のアルバムを持ちよりながら言う。

B 箱2つにぎっしり。
C いつの間に。

 Aが手元のアルバムを見て言う。

A うわ、すげーこれ。
B なになに?
A 昭和だ。
B 噂の昭和ですな
C 結構違いますね。雰囲気というか。
A てか旅行多いな。
B 意外だよね。
A 金あったのか?
C 怪しいですね。
B 無くても行ってたんでしょ。
A ……この頃じゃないのか? 借金。
C なるほど。
A ばあちゃんたち苦労したろうな。
C でしょうね……こないだカード何枚解約したと思います?
A 半端ないことだけはわかるよ。
C 数じゃないんですよ。
B んん?
C 父さんのカードが残ってました。
A どういうこと?
C あのじいさん、父さん名義のカード持ってたんです。
A&B ええ⁈
B 何で残ってんの。
A それ父さんも父さんだよ、気づけよ。
C 黙認してたんでしょうね。
B ……やっぱりそう思う?
C はい。
A&B ……。
C だからあれですよ。じいさん昔よくガムとかくれたでしょ。あれたぶん、父さんのお金です。
A ……ごめん繋がらないんだけど?
C カードの購入先が全部同じスーパーだったんです。
A あー。
B ジャスコ?
C ジャスコ。
A なんで親子で不正利用してるんだよ。
C 証拠はないですよ? ここ最近は使ってなかったみたいなんで。
B でもやってそうだよね。
C 何にせよ、そうやって金作ってこの町から出てたんですね。
B ゲーセンくらいしか一緒に行かなかったくせにね。
A ジャスコの屋上。
B ジャスコ!
C あれも潰れましたね。
B 名前も変わってたし。
A にしても爺のピン写ばっかだな。
C いらないですね。
B あ。東京ドームだ。こればあちゃんじゃない?
A あー!
C いつのですかね?
A 1988……。
B 平成?
C 昭和ですね、ギリギリ。
A 巨人阪神戦……こけら落とし!
C おー。東京ドームの?
A そう!
C よくわかりましたね。
A 巨人ファンなら当然。
B やるなあ。
A ……実は父さんが昔自慢してた。
B いや覚えてないよ。すごいね。
C じゃあ一緒にいる若い人。
B 父さん?
A&B&C おおー。
C 同い年くらいですか?

 BはAに向かって言う。

B ちょっとそこ立って。
A え。
B その辺。

 Bがアルバムの写真とAを見比べる。

B おお。
C ああ、分かる。
B でしょ。
A おい!
B ごめん、つい。
A ていうかどんどん逸れてる! 家だろ!
C そうでした。
B なんか楽しくなってきて。
A わかるけど。サクサク見る! サクサク。
B 楽しんでたじゃん。

 Bは小声でつぶやく。

A 何だよ。
B 別に。
A 言いたきゃはっきり言えよ。
C ちょっと!

 CがA、Bに呼びかける。

A 何だよ! てかうるさい!

 2曲目の曲が流れているが、Aが音楽を止める。
 その間BはCの元でアルバムを注視している。

B あ。
C わかりました?
B うん。
A 何が。
B この人誰。
C 家族や友人に混ざってる感じで。
B ほらここにも。
C うわ。
A ……。
C 何ですかこれ。
A ……愛人。
B&C ええ!
B 知ってたの⁈
A 知らないよ! けど爺ならやる。
C あの人……。
B けど愛人ってもっとお金持ちの、じゃないの? 本当に愛人?
A じゃなきゃこんなに写真一緒に撮るか。
B 妹ってことは?
A 年の差。
B 隠し子!
A 距離感。
B う……。
A そもそもそんな親戚いないだろ。
B&C うーん……。
A こいつが爺のクズっぷりの原因か。
B すごいファッションセンス……。
C 仲良くなれない。
A 何だこの帽子ふざけてんのか。
B 魔女って感じ。
A ホグワーツかよ。
B え?
C 何て?
A ホグワーツ……あっただろ昔、映画にもなった。
C ハリーポッター?
B ああ。

 BとCがAを見る。

A ……いいんだよ! 何でも。

 突然Bが遮って声を上げる。

B あー! 
A&C 何!
B こないだ一時期変な電話あったの覚えてる?
A 何のこと。
B まだ入院してた時。
A 忙しくて覚えてないよ。
C あー……。
B あれ愛人だったんだ。
A ええ!
B そうとしか思えない。あの留守電。
C なるほど。
B 名前言ってなかった? みなもと……とか。
A ごうだじゃなかったか? 
B そんなことある?
C 偽名じゃないですか。
B 偽名? 何で。
A そういうヤツなんだよ。
B ええ。
A いいよもうホグワーツで。
B ホグワーツは変でしょ。
A じゃ何だったらいいんだよ。
B 私に言われても。
A ああもう今さら愛人とか。
B 電話すぐ止めなきゃよかった。

 Cはスマホを取り出す。

C 聞きます?
A は?
C ありますよ、こっちに。
A&B ええ⁈
C かかってきたんで。
A 嘘だろ。
B 何で知ってるの? どうなってんの?
C 教えてたんでしょ。
A ……いや本当、マジでどうなの? それ。
C もう何か本当もう……って感じです。
B 話したの?
C 留守電。
A 何て?
C 聞いてないんです……なんとなく。
B 聞いてみる?
C ……はい。

 Cはスマホを机の上において留守電を再生した。
 はっきりとしない音量で声が流れる。

ホグワーツ もしもし……。フジコと申します。以前能良(のうら)さまの会社でお世話になった者です。能良さまはお元気にされておりますでしょうか? よければ、こちらに折り返しください。突然のご連絡失礼いたしました。

 AとBはスマホの画面を見る。

B ふじこって言ってた?
A 藤子は駄目だろ。
B せめてほねかわだよね。
C いや別にその辺りは。
B そう?
A 死んだのも知ってるのか?
C どうなんでしょう。
B 知らせるべき?
A 嫌だぞ、めんどくさい。
C ですよね。正直このまま無視したいです、ただ。
A&B ただ?
C 遺言とか残ってたら厄介。
A いやいやいや。
B じじいが?
C でも父さんが作ったんですよね?

 Cはアルバムを示して言う。

C 父さんは愛人のこと知ってた。
A 確かに。
B ずっと黙ってたの? 家族にも?
A その父さんが爺を保険に入れてたんだよな。
B 遺言書だって作らせたかも?
C 可能性は……。
B でも父さんだよ。こっちが困るようなことする?
A じゃ何でこんな大事なこと黙ってたんだよ。
C ……。
B 愛人なんて、ばあちゃん許さないでしょ。
C 生きてたら……。
A ばあちゃん……。
B 遺言書あると思う?
A この中にか。

 Aはがらくたの山を見る。

C すみません。全部仮定ですよ。もしも、です。
B いや、もしもだよ。
A 探そう。

 そうしてA,B、Cはがらくたの山をあさる。
 それぞれがらくたの中で思い思いにアルバムを見る。
 少ししてBがつぶやく。

B ……アルバムなのかな?
C わかりません。大事そうな書類は全部引き上げてきましたけど。
B うわあ。
C 何です?
A ゴキブリ?
B 愛人のピン写。
A あるのかよ。
B びっくりした。
A ウォーリーみたいだな。
C ウォーリーにびっくり要素ないでしょ。
A 何かそんなやつなかった? おどかされるやつ。
C それネットゲームでしょ。探してたら急にゾンビの顔に変わるやつ。
A それだ。
C 「ウォーリーを探さないで」。
A そっか探さないでか。

 そう言いながら集中して探しているAのすぐ背後に行くB。
 BはAを大きな声で脅かそうとする。
 が一瞬早く、そばにあったピコハンでAはBの足を叩く。

B あたっ。 
A 遊んでんじゃない。
B 面白くないな。
A バレバレだから。てか見てたんなら止めろよ。
C どうなるかなって。
A 遺言探すんだろ。
C すみません。

 A、B、Cはまた探し始める。アルバム以外のダンボールも動かしている。
 Aは一度小さな金庫を手にする。少し気になるが、すぐ他のがらくたに混ぜて放置する。

C あ。隠れミッキー的な?
B それは模様とか形とかじゃん。
C そっか。
A 話戻すなって。
B 手は動かしてるよ。
A 大体それ言うなら隠れホグワーツだろ。
C 何ですか。隠れホグワーツって。
B だからホグワーツじゃないって。
A 集中!

 Bはまた別のアルバムを見てCに言う。

B あ。じじいがネタ披露してる。
C 噂の芸人時代?
B 本当にあったんだ。
C 本人だけですよね。芸人って言ってたの。
B そうそう。
A どんなネタやるのかも聞いた事ないし。
C 仲間っぽい人はいた気がするんですよね。
B あのパチンコ好きな人たち?
C たぶん。
B あれか。
C でも仕事らしい話してるの見たことなくて。
A お笑いのこと喋れよなあ。
C あ。仕事ない奴が集まってたのか。
B あー……。
A 後、謎の販売網あったな。
C 象を輸入して売るってやつでしょ。
B 何それ。
A その発想をネタに活かせよな。
B 本当だね。
C まあ昔の芸人さんですね。
A 儲かりそうなものは、ってか。
B それは偏見じゃない?
A でも俺あれ覚えてるよ。無限冷蔵庫。
C いやまだ残ってますからね。
B 象が冷蔵庫になったのか。
C 感心することじゃないですよ。
B 父さんがいてくれてよかった。
A 師匠のとこまで行ってな。
C え。まさか師匠のせい?
B 違う。師匠から言ってもらったんだよ。 
C それは……駄目でしょ。
A 破門だわ。
B&C あー。
C 一応見ていいですか?

 CはBの見ているアルバムの所に行く。
 BはCに持っていたアルバムを預ける。

C これが……。
A 結婚式か。

 AもCの元に来る。

C みんな笑顔ですね。
B 本当にね。
C 父さん幸せそう。
A これもばあちゃんかな?
C たぶん? 位置的に。
A ばあちゃんって感じしないなあ。

  AはCの顔とアルバムの祖母らしき人間を見比べる。

A わからん。
C 僕で比べなくても。
B んん?

 Bがまた別のアルバムを見ていて何かを発見する。

C 何です?
B これじゃない?

 Bは封筒を手にとっている。

C まさか。
A どこにあった。
B これ。最後のページ。

 Bはそばのアルバムを指す。

A マジかよ。
B ……読んでいい?
A&C うん。

 Bは遺言書を読みだした。

B 遺言書。遺言者能良武生出(のうらたけうで)は、本遺言書により次のとおり遺言する。
A ガチだな。
C いい加減な方が良かったんですけどね。
A 何で?
C 無効って言えたかも。
B 続きいい?
A どうぞ。
B えー、次の通り遺言する。第一条。遺言者は、遺言者の有する下記の預貯金を、孫である……。
A 待て待て。
B 何?
A 無いじゃん、貯金。
B 全然?
C ありません。残高はゆうちょに1016円、以上。
A ……そういうボケって言うんじゃないよな。
C だとしたら本当腹立ちますね。
B 続けるよ。
C はい。
B 第二条。遺言者は、遺言者の有する下記の土地と建物を、孫である……。
C どうしました。
B いや土地と家は孫にって……。 
A それ何も変わらないな。
B そう!
C 見てもいいですか?

 CがBの元に行く。

C 本当だ。完全にそう書いてる。
A 他に何かある?
C 一応あります。第三条。遺言者は……。

 Cは途中で読むのを止める。

A 今度は何だよ。
C 遺言者は、遺言者を生前大切に慕っていた人間が墓参(ぼさん)することを望む。この遺言を遵守する場合にのみ、第一条と第二条の財産分与の権利を保障する。
A&C ……。
B お墓参り? それって……気持ち?
A 気持ちだな。
C 頭痛くなってきました。
A これで終わり?
C はい。
B ……何だこの時間。
C 振り出しですね。
A アルバムなんて見だすから。
B 私のせい?
A ややこしくなっただけじゃん。
B 楽しそうにしてたくせに。
A してないよ。
B ばあちゃん……。

 AのマネをするB。

C 遺言書見つけたのはナイスですよ!
B あの無茶苦茶なのが?
C 家がこちらで持てるのは間違いないくなりました。
B けどそれも墓参りなんでしょ。
A まあホグワーツのこと書いてないだけましだな。
C ですね。愛人に譲渡とかややこしすぎますよ。
B ……え。書いてるんじゃないの?

 一瞬沈黙するAとC

A いやいやいや。
C 第三条?
A それは……解釈だろ。効力ある?

 AがCに話を振る。

C 僕に聞かれても。
B こうややこしい時どうなるの?
C ……裁判?
A&B 裁判!
A 冗談だろ。たかが墓参りで。
C だから分かりませんよ。「墓を継げ」とかじゃないんですから。
B ちょい待ち。
A 何?
B うちの墓を継ぐ人、もう他にいないよね?
A&C あ。
B こういう場合って?
A もう調べた方が早くないか。
C やってますよ。

 スマホを操作するC。

B 何か変な感じになってきたね……。
C あります! こういう場合の。
A あるのかよ。
C えー……1、亡くなった人の指定。
A ……微妙だな。
C まあ、あの内容では。
B ようはカイシャクってこと?
A たぶんな。
C 2、慣習により決める。
B カンシュウ?
C ようは親族で協議しろと。
A 今やってる!
C 3、家庭裁判所の調停。
A&B 裁判!
A マジなのかよ。
B ネットを簡単に信じていいの?
C 一応葬儀会社のホームページです。
B いやもう混乱してきた。
C 情報多すぎますね。
B ここまでのハイライトを。
A えっ……えーと、爺死んだ。遺言あった。家貰えたでも処分する。
B いやそこはこれから。
A そっか……そんで、愛人いた。墓参りしろ愛人と……いや愛人ととは書いてない!
B そこは解釈と。
C 愛人もただの推測ですから。
B そうだった。
A 墓を継ぐとも書いてない、けど墓参りしろ。
B あーもう余計わからない!
A 俺にもわからん!
C とりあえず! お墓は継げば自動で親族のものになると思います。
B どうして?
C 遺言でも指定がないので。
A なるほど……え、だから何で?
C って書いてあります。

 スマホを見せるC。

A わかった。
C 継げばね。その後での遺言です。墓参(ぼさん)しろというのは一応正式な遺言指示かと。
A つまり?
C 基本的に効力がとても強いはず。
B じゃやっぱ愛人と墓参りコース?
C でも常識外れな遺言は無効になる事もあります。
A ええ? もうどっちなんだよ。
C 無効かどうか認めるのも裁判、のはずです。
A 俺もうキャパオーバー。
C 死んでこんなに残す人間だったとは。
B 残すより散らかすだよ。
A いらないモノばっかり散らかしていったな。
B もしも。
A ん?
B もしも、じじいにお金があって、それをやる。って言ってたらどうなったのかな。
A やめようぜ。
C もしも、このがらくたの山にとんでもないお宝があったら。
B 欲しい?
C ……。
A いらない。
C はい。
B お金ないと困るよ。
A けど慣れた。
C 何とかしてきましたからね。
B けっこうがんばったよね。
A ……父さんたちがな。
C そうですね。
A でももういない。爺もいない。

 BとCに向かってAが言う。

B どうしたの。
A これでいいのかなって。
B ……うん。
A とうとう誰もいなくなったな。
C 出てきたのは遺産じゃなくて愛人ですもんね。
B 遺産があったらもっと出てきたかもよ。
A もっと? 何が?
B 全く知らない親戚とか。
A だから一人もいないじゃん。
B なのに出てくるんだよ。
C 宝くじ的な?
A ああ急に電話が来るやつか。
B 愛人もそうなのかなって。
C 便乗ではないですけど。
B じじいのこと知ってるもんね、きっと。
A こっちの知らないこととかな。
C ……確かに。
A 厄介だな。
B 遺言も知ってそう?
C 知ってたら……僕ならすぐ裁判に持ち込む。
B 良かった。じゃ大丈夫そうだ。
C カマかけてるのかも。
B ええ。
A 舐めやがって。
C いや分かりませんよ。
B こっちも作戦たてる?
C 結局無視できなくなりましたね。
B だって無視できない存在感だもん。
A だな。あれは残るわ。
B でもどうしよう。
C まずはじじいとの関係を聞く。
A おお。
B どストレート!
C いや最初でしょ。
A 警戒されないか?
C でも否定しないと思います。
B 確かに。
C そこから踏み込める。
A そしたら?
B 向こうが知ってることを知りたい。
C 例えば?
B 他に財産がないか。
A なるほど。他にない?
B え。
A 他にも愛人的なのはいないか、とか。
C いいですね。
B 私の案は。
A あったら言わないだろ。
C 目に見えますよね。
A だから他にもいないか探っとこう。
C ええ、まだそっちの方が。
B いやいや。
C 「何もいらない」でしょ。
B まあ……。
A 後は何だ?
B 愛人を味方にするのは?
C 拒否。
B 駄目?
C それはダメ。
A そもそも何の味方なんだよ。
B もし他に親戚がいた時にって。
C 逆に手を組まれたらどうするんですか?
B それを未然に。
A&C ああ。
C ……いやいや駄目、ダメダメ。寝返られるかも。
B そこまで⁈ 
C とにかく無しで。
B はい。
C まず愛人に聞くのは、愛人かどうか。
A そして他にいないか。
B 言うかなあ?
C 言うと思います。いたら嫉妬するでしょ?
B そこから味方にならないかな。
C ならない。
A お前は愛人の何なのよ。
B 冗談だって。
A 面白くないから。
C 順調にじいさんの孫ですね。
B それは嫌だ。
C じゃあ、ちゃんとしてください。
B はーい……あ。お墓参りしてくれるか聞いてみたら?
A&C ああ。
C 死んだことも伝えるんですよね。
B 言ったら壁できると思う?
A 別に壁あってもいい。
B 攻めすぎだよ。
C とりあえず電話してみましょう。
B うわあちょっと待って。
A 何。
B 心の準備が。
A こういうのは勢い。
B りょうかい。
 
 言ってる間にCが電話をかけている。コール音が続き、止まる。

B 来た!
A しっ。
アナウンス ただいま、電話に出ることができません……(ご用件のある方はピーッと鳴りましたらメッセージをどうぞ。)
B おおい!
A だー!

 Cだけが一人冷静に対応する。
 AとBは一瞬あっけにとられるが様子を見守る。

C 能良と申します。先日お電話頂いた件で、諸事情でお返しが遅くなりました。ご相談したいことがあります。一度折り返しをください。平日でしたら19時以降は電話に出られます。

 そう言ってCは電話を切った。

A&B おおー。
B すごい。
A 何か進んだ気がする。
C ここからですよ。

 そこに電話がかかってくる。
 A、B、Cは再び電話に注目する。

第二幕

 待ち合わせ先の喫茶店で愛人と初対面したBとC。
 彼女は写真で見たのと同じ帽子を被っている。
 どちらとも話が始まることはなく沈黙が続く。
 Cが様子を伺いながらまず口を開く。

C お時間ありがとうございます。
ホグワーツ いえいえ。
B 迷われなくてよかったです。
ホグワーツ 前に来たことがあるんです。
B そうなんですか。
C 祖父と?
ホグワーツ ええ。
C なるほど。
B あの、この度は本当に……。
ホグワーツ ご愁傷様でした。
C お聞きしてましたか?
ホグワーツ いいえ。でもわかりました。連絡を頂いた時に。
B そうですか。
ホグワーツ よく分かりましたね。
C ええまあ。
B お写真を見たことがあって。
ホグワーツ 写真。

 CがBを小さくにらむ。

ホグワーツ あの人が。
C 祖父とは。
ホグワーツ 何ですか?
C どういう関係だったんですか?
ホグワーツ お互い大切な関係でしたよ。
C いつから?
B ちょっと。
ホグワーツ いつでしょうね。あなたが生まれる前?
C そうですか。
B すみません。ちょっと取り乱しちゃってて。
ホグワーツ 今は大変でしょう。お気になさらず。
B とんでもない。そちらこそ。
ホグワーツ そちらこそ?
B 大変だったでしょ、あの人。
ホグワーツ いいえ、ちっとも。
B 本当ですか?
ホグワーツ 大変だったの?
B 私は……。
C 親が離婚するくらいには。
ホグワーツ まあ。おじい様が原因で?
C そうです。
ホグワーツ あら。
B いや今は全然。笑い話にできます。
C はい。

 ホグワーツは何も言わずに孫を見つめる。

B あの……。
ホグワーツ 似てないわね。
C 似たくないです。
ホグワーツ まあ芸人さんはねえ。
B それは本人が勝手に名乗っていただけで。いつ活動してるのかも知らなかったし。
ホグワーツ 嫌いだった?
C 嫌いというか放置してました。
ホグワーツ 相当ね。
B もういいんですけどね。
C あなたに見せてた姿と違うでしょ。
ホグワーツ そう思うでしょ? 全然よ。気位ばっかり高くてね。
B そうなんですか?
ホグワーツ ええ。周りの芸人さんたちにはすごくいい顔するのよ。なのによ。
B 酷いことされませんでした? 暴力とかは。
ホグワーツ そうじゃないの。もうずっとメソメソメソメソ。
C え。
B そうなんですか?
ホグワーツ お話聞いてたらもう案の定ね。本当プアな人。
B ……やっぱ大変だったんじゃ。
ホグワーツ 大したことないわ。慣れたらね。
C お似合いだったんじゃないですか。
B やめてよ。

 Bは小声でCに言う。

ホグワーツ そう思ってたわ。
C 他にもいたんでしょう。
ホグワーツ ……今日はどうしてわたしに?
C 家です。
B え。
ホグワーツ 家?
C じゃなかった、お墓参りをしてほしいんです。
ホグワーツ お墓参り?
C はい。
ホグワーツ ……そうきたか。
B いきなりすみません。
ホグワーツ 当たり前ですけど、もういないんですね。
B ……はい。
ホグワーツ 今更実感がわきました。
B 私もそんな感じです。
ホグワーツ 一緒にしないで。
B すみません。
ホグワーツ 頼まれたの? 誰かに。
C いいえ。
ホグワーツ なるほど。
B&C ……。
ホグワーツ いいですよ。行きます。
B&C え。
B いいんですか?
ホグワーツ 駄目なの?
C いや……。
ホグワーツ じゃあ交換条件。
B&C はい?
ホグワーツ 写真を探して来てくださらない。おじいさまと2人で撮ったのがあるの。
C いやいや。
ホグワーツ それを持って来れたら一緒にお参りしましょう。
C えっと。
ホグワーツ また今度、日にち決めて会いましょう。お墓はどこに?
B あ……駅の向こうの。
ホグワーツ ならすぐね。

 そう言ってホグワーツは身支度を整えて席を立った。

ホグワーツ ねえ。
C はい。
ホグワーツ 独身?
C ……ですけど?
ホグワーツ さっき他にもわたしみたいな人がって。
C ……。
ホグワーツ いませんよ。幸運にも。

 ホグワーツはそういうとさっと帰ってしまった。

B 疲れた。
C 何あれ。
B さすがじじいの愛人。
C ……。
B 愛人でいいよね?
C え。ああ、うん。

 そう言うとCは足早に席を立つ。
 Bは遅れて席を立ち、Cを追いかける。
 場面は家に戻る。
 またA、B、Cが集まっている。

A どうすんの。グダグダじゃん。
B 話は進んだよ。
A それはそうだけど……聞いてる?
C え? うん……いいんじゃないですか。

 Cは小さくつぶやく。

A 何て?
C ……本当にホグワーツでしたね。
A おい。
C じいさんとの思い出なんですかね?
B どこで売ってるんだろう。
C USJ?
B USJできる前から着けてたよ。
C 意外と細かいとこ見てますね。
A 今はその話後!

 Aががらくたの山を見て言う。

A とりあえず。写真があればいいんだろ。
B 写真かあ。
C 変なこと言ってきましたね。
B しかも2人で写したのって。
C 2ショット?
B 見たいような見たくないような……。
A わかったから。サクサク探してしまえばいいんだよ。ほら。

 AはBとCにアルバムを渡す。

A まあ何枚かあるよ。
B うん。

 個別にアルバムを見ていくAとBとC。
 少ししてAは一冊目のアルバムを見終えて新しいアルバムに手を付ける。

A 無いな。
C ちゃんと探してますか?
A 当たり前だろ……まだ1冊目じゃん。
B わあ。これ父さんの入社式じゃない。
C 本当ですか?

 CはBの元に行こうとする。

A 真面目にやれよ。
B やってるよ。
A どう考えてもそんなとこにいないだろ。
C いますよ。
A ええ!

 AもBとCの元に行く。

A 何で? どういうこと?
B これがああなったのか。
A ええ? どれ?
C これです。
A あー……何歳だ?
C 若いですね。
A 流石にホグワーツじゃないな。
B 何かざわざわする。
C うん。ああなったんですよね。
B それもあるし。
A あるし?
B この時じじいは……45?
C ぐらいですかね?
B 自分なら想像できない。

 Aは持っていたアルバムを閉じてBとCに言う。

A あのさ。盛り上がってるとこ悪いけど。
C はい。
A こいつがいたからって何なんだ。
B 何?
A 関係ないだろ。
C ……すみません。そうですね。
A だろ。
B でもじじいに関係あるよ。
A それだよ。
B 何が言いたいの。
A まだ爺の尻(けつ)を拭くのか?
B いや、そういうことじゃないよ。
A 本当にそうか?
B だとしても、これが最後だよ。
A 最後にならないよ。
B そんなことないって。
A いや終わらないよ。このままずっと。違うか?

 AはCに振る。

C 思います。
B え。
A 俺もういい。
B ちょっと、なんで。
A 十分だろもう。父さんも、ばあちゃんも……母さんも。何でまたこうなってんの。
B ……わかるよ、言いたいことは。
A わかってないよ。
B そんなことないって。
A じゃあわかってくれてどうもありがとう。
B 違うよ。
A 何が。
C 落ち着いて。
B 会えば絶対ややこしくなる。だったら無視すればいい。早いじゃん。
A それで。
B けどもう知ってしまって……無視できないって言ったじゃん! 無視できない気持ちもずっと無視するの? それだって結局同じだよ。また我慢し続けるの?
A じゃ愛人にはっきり文句言うか。
C でもぶつけても解決しませんよ。
A 何だよ。
C すみません……僕もわからなくって。
A 爺が愛人作ってうちの家は壊れてったんじゃないのかよ。
C たぶん。
A だったらその女も原因だろ。
B 母さんがああなった原因って言いたいの?
A 自覚あるじゃん。
B そんなのある訳ないでしょ。父さんの浮気とかじゃないんだよ。
A 父さん何で止めなかったんだ?
C わかりません。
A ばあちゃんは何で早く死んだんだ。
B もうさっきから言ってる事おかしいよ。
A おかしいよ。おかしいからだよ、何もかも。うちの家は。
C どうしたんですか。
A 俺が?
C 何とかしてきたじゃないですか。
A ああ。ずっとな。まともな生活するために。
B まともってのやめてよ。
A ほら。やっぱり縛られてる。
B だって……。
A 縛られてるよ、俺は。自覚ある。
B&C ……。
A 分かったよ全部。
B それは違う。分かってない。
A いや分かった。
B そんなの、それこそ仮定でしょ。
A じゃあ証明か? 証明がほしいのか?
C ちょっと。
B だったら愛人に会って聞くか?
A 会う訳ないだろ!
C やめてください。
B どっちなんだよ。何がしたいの?
A 何がだよ。
B ビビってんの? おばさん一人に?
A ……いい加減にしろよ。
C やめろ!

 CがAとBを止める。

C 何やってるんですか。
A&B ……。
C 何でこんな……もう。
A 畜生!

 Aは地団太を踏む。

A 嫌な記憶ばかりだ。
C 僕……じいさんが死んだら全部楽になる気がしてたんです。
A&B……。
C ここまで完璧だと思ってた。おかしいですよね。一緒に住んでたんですよ? こないだまで。異常ですよね。
A まともな大人になりたい?
C ……。
B だったらやるべきことは何?
A 中学きつかったな。450点切るとノートにゴキブリ挟まってるの。最初は「やばいな、いじめってこれか」って。けど一回きりで、それが期末テスト終わるとまたあって。B 朝一時間目なのにね。
C 今思えば前兆あったんですよたぶん。
B 小六くらいからごはんが凄く塩辛くなった記憶ある。
C はい。
B 味で今日機嫌悪いなって。
C でも機嫌だけの頃は天国でした。
A お酢を混ぜるようになってな……食えなかった。
B 休みになるの嫌だったな。
C 通知表下がるとお酢が濃くなるんですよね。
A あの頃だけは……この家に来たかった。ガムでも飴でも、食えるし。冷蔵庫がたくさんある。
B 一回失くしたふりしてみたの。
A ああ。
C すぐ見つけられましたね。
B どうなるかと思ったらすごい怖がられて。無意味なことしないでって。
A でもこっちからしたら母さんが意味分からなくてさ。
B ……うん。
A なんでそんなことするんだろうって。
B ……あなたのため。
C 本当に?
B どうしてわからないの?
C わからないです。ごめんなさい。
A じゃあわかるまでやりなさい。今すぐ、テキパキと。
B じゃないとあのじいさんみたいになるわよ。
C ごめんなさい。
A じゃあ、まともな大人になりなさい。やるべきことは……。

 Aはそこまで言ってから窓の外を見て言う。

A 子どもにできる事なんて何があるんだよ。学校しかないよな。

 Aは窓を開けて続ける。

A 家で読めないから終わらなかった。けど楽しかった。本当は別の親がいて、ある日フクロウが来る……。
B コンピューター室でこっそりゲームするより、もっと色んなものを探せるような、知ることができるような、頭のいい子どもだったら……。
C ……。
A 結局まともな学校に行って、まともな会社を目指すのは失敗。
B 失敗作になっちゃったね。
C ……それで父さんはここ選んだんですよね。
B うん。
A こんな所に行くなんて、有り得ないから。
C もしも、父さんと母さんがずっと一緒だったら、ここに住むこともなかったのかな。
A さあ。
B まあこっちも酷い家だったし。
A 酷い家ってか酷い爺さんだよ。想像以上。
C 爺さんはどうしてこの家をすぐ用意してくれたのかな。
A 何でだろうな。

 Cはアルバムの写真と部屋を見比べる。

C 何で再婚しなかったんでしょうね。
B 追い出すこともできたかもね。
A もうそれを知ってるのは愛人だけか。
B 聞きたい?
A ……そうだな。

 そう言いながらアルバムを再び開くA。

A 分からん。やっぱり愛人が全部の原因かもしれないし、そもそも違うのかも。
B どうして?
A 結局、何かのせいにしたいだけなのかなって。
B ……うん。
C さんざん爺さんの文句を言って、笑いものにして。愛人がいたら愛人のせい……ですもんね。

 Bが愛人と祖父の写真を探し始める。

A 今までだってさ。これがあれば正解、これがあれば幸せになる、そんな風にずっと探し回ってさ。
C 何とかしてたつもりだったんですけどね。
A だましだましだったのかな。
B ……母さん。
A かもしれない。……でも起こったことは許せない。
C うん。

 Cも写真を探し始める。

A 俺が納得できないからってそれだけじゃない。
B 複雑。

 アルバムだけでなく、がらくたというがらくたを無言で探し続けるA、B、C。
 Aは一度小さな金庫を手にする。少し気になるが、すぐ他のがらくたに混ぜて放置する。
 Bは何冊かのアルバムを何度も見比べる。

C やっぱりないですね。
A 適当にあしらわれたか。
B ねえ。
A どうした?
B じじいじゃなくて、よく愛人と一緒に写ってる人がいるんだけど。

 Bの元に集まるAとC。

A どれ? いっぱいいるけど。
C みんな芸人さんですよね。
B この人。
A ……この人、たぶん爺の師匠。
C この人が。
B ねえ、変なこと聞くけど。
A 何?
B この2人、顔似てない?
A&C え。
A いや……。
C 言われてみれば。

 AとCは自分が持ってたアルバムを見返す。

C 確かに。
A でも爺破門食らったんだろ? 
B 何で?
C あの。それと今関係ないかもしれないんですけど。
A&B 何?
C じいさんがよく写真で持ってるこれ。
A あ。

 Cが持っているアルバムをAとBに示す。
 Aが金庫を取りに行く。

A これ?
C 中身は……。
A 番号が分かれば……。

第三幕

 再びホグワーツと対面するC。

C やっぱり駄目ですか?
ホグワーツ 約束は守らせてください。
C そうですよね……。
ホグワーツ 私から仕掛けたことだけどね。
C あの。
ホグワーツ はい?
C お聞きしたいことがあって。
ホグワーツ 何でしょう。
C あなたのことを。
ホグワーツ 私でいいの? おじい様じゃなくて。
C はい。
ホグワーツ どうぞ。

 Bが部屋に入って来る。

C あなたは祖父の師匠、爵士(じゃず)師匠の娘さんなのですか?
ホグワーツ いきなりね。
C はい。
ホグワーツ ……そうです。
C ありがとうございます。
ホグワーツ ありがとうだなんて。
B 変ですか?
ホグワーツ おかしいわ。いい意味でよ。
B そうですか。
ホグワーツ それも写真から?
B はい。
ホグワーツ 凄いわね。残ってたんだ。
C 勝手に探るようなことをしてすみません。
ホグワーツ いいえ。けど調べても出ないでしょ。
B はい。実際カンでした。
ホグワーツ あら、違うって言えばよかった。
B すみません。
ホグワーツ 冗談よ。
C けど爵士(じゃず)さんのお子さん、落語家さんですよね。
ホグワーツ そうよ、一人息子が。つまりそういうこと。わたしの父にもお手掛けさんがいてね。そこに生まれたのがわたし。

 Aが部屋に入って来る。

B あの……。えー……。ふじこさん?
ホグワーツ ああ。爵士(しゃくし)、爵士瑠衣(しゃくしるい)。
B すみません。瑠衣さん
ホグワーツ 名前なんて何でもいいわ。
A じゃあどうして偽名でかけたんですか?
ホグワーツ ……どうしてかしら。
A ふざけてたんですか。
ホグワーツ 違います。でも……あの時はごめんなさい。
B まあ……電話で困るはなかったんですけど。
C けれど、それ以外は困っています。
A こっちからすれば正直いい迷惑です。
ホグワーツ そうよね。本来会う義理もない。
C 瑠衣さんも祖父に巻き込まれたんでしょうけど。
ホグワーツ こないだも失礼しました。
A 謝ればいいってものじゃないです。
ホグワーツ おっしゃる通りです。
B どうして会おうと思ったんですか?
ホグワーツ ああ……。
B 会いたいですか?
ホグワーツ ……はい。会ってみたいと思いました。
B なぜ?
ホグワーツ もしも、わたしに子どもがいたらどんな感じなんだろうって。
A&B&C ……。
ホグワーツ 勝手ですよね。
A それはこっちのセリフです。
ホグワーツ ……はい。
A 何なんですか。もっと愛人らしくしてくださいよ!
ホグワーツ 愛人らしく?
A 調子狂うんです!
ホグワーツ それは……ごめんなさい。
A だから。
C いいよ、もう。
ホグワーツ 最初は父親に対する復讐心だったんです、たぶん。
B 何の話ですか?
ホグワーツ 昔はちゃんと私を娘として接してくれてた。隠し子でも。
C 爵士(じゃず)さん?
ホグワーツ ええ。けど老いぼれてから急に結婚して。そこから会ってくれなくなった。まあ当然よね。気づくべきだったんだけど。
B それで写真が。
ホグワーツ 父とお弟子さんで撮ってたものでしょ。わたしもいつもその中にいた……そこから急に放り出されて。
A 復讐した。
ホグワーツ はい。厄介者が弟子と、ってなったらいいざまって。
C それで目を付けたのが祖父だったんですか。
ホグワーツ わたしなりに選んだつもりよ。弟子の中で一番評判悪いのはって。
B&C あー……。
ホグワーツ まあでも、本当に優しかったのよ。厄介者の私に。
A なるほど。
ホグワーツ 後でただ小心者なだけって気づくんだけど。
A&B&C ……。
ホグワーツ すみません、あまり死人の悪口言うもんじゃないですよね。
A いいんです。
B 良く知ってます。
ホグワーツ お孫さんがいることも聞いてました。
A 勝手だな。
ホグワーツ あの人は何でもすぐ喋るから。いつも勝手にずーっと。奥さんの体調のこと、息子さんがご結婚されること。奥さんが亡くなられたこと……。
C あなたに。
ホグワーツ ……奥さんが亡くなられた時、期待した自分がいたんです。けれど、あの人はわたしに新しいことは何も求めなかった。
A また復讐すればよかったんじゃ。
ホグワーツ 若いうちにね。
B でも何もしなかった?
ホグワーツ ……わたしに子どもがいたら、わたしに復讐するんだろうか。そう思って。
A&B&C ……。
ホグワーツ まさか今日、この家に来ることになるとは。
 
 ホグワーツはそう言って部屋の中にあるがらくたを見渡す。

ホグワーツ これ全部あの人の?
C はい。
ホグワーツ 最後まで残してたのね。
B いや片付ける気が無いんですよ。
ホグワーツ そうかもね。

 ホグワーツは部屋の段に沿って歩いた後、段を降りて、段に向いて座る。
 ピアノを見てつぶやく。
 
ホグワーツ ピアノまで。
C 触りますか?
ホグワーツ ううん。大丈夫。

 Aが金庫を机の上に置く。

A これ知ってますか?
ホグワーツ 金庫を使うネタがあったわ。
B どんなのですか?
ホグワーツ 酷いネタよ。いわゆるコント? 金庫破りに来た犯人が、金庫の中身を確認するために耳をあてると「自首しろ。お前の母ちゃん泣いてるぞ。」って聞こえる、そんなの。
A&B はあ……。
ホグワーツ そういうのやるんだったら大きい金庫を用意しなさいよって。お客さんが分かりにくいでしょ。
B 本当ですね。
ホグワーツ センスが悪いのよ。
C 写真を見つけることはできなかったんですけど。
A これだけ中身見てなくて。

 ホグワーツは金庫に近寄る。

B なんか思い当たります?
ホグワーツ いや……開けようとしたの?
C 親族の誕生日とかで。
ホグワーツ なるほど。

 ホグワーツはダイヤルを左右に回すが金庫は開かない。

ホグワーツ 私の誕生日でもない。
A いっそ壊しますか?
ホグワーツ そういうのは損するわよ。
A 本気じゃないです。
B まあまあ。

 その間にホグワーツは金庫を操作し続ける。

ホグワーツ あ。

 金庫が開く。

C 開いた!
B おお!

 中からカセットテープが出てくる。

A 写真は?
ホグワーツ 無いわ。
C これは……。
A&B あ。
B そうか。
C 聞けばよかったんだ。
A まだあったっけ?
B 捨てちゃったかも。中身わからないのはいらないって。
A らしくないな。
B どうしてかなあ。

 Cがラジカセを持ってくる。

C これで。
ホグワーツ ちょっと怖いわ。
C 僕もです。
ホグワーツ 金庫にまで入れるって何?

 AとBも集まり、ラジカセを再生する。
 男の声で落語が流れる。

B これ……。

 Aが口に手を当てる。(「静かに」)

ホグワーツ 下手ね。落語も。
C そうなんですか?
ホグワーツ ええ。こんなもの大事そうにしまい込んで。
A この話……。
ホグワーツ これはね、小賢しい子どもと大人げない親の話。
B ああ。

 落語『初天神』が流れる。
 少しの間落語を聞く孫と愛人。
 Cが口を開く。

C 結局お写真すみませんでした。
ホグワーツ いいですよもう。2人で撮ったのなら持ってますから。
A&B ええ!
ホグワーツ すみません。
B 酷くないですか。
A 何がしたいんですか。
ホグワーツ わたしなんかに、ありがとうございます。おかげで色々合点がいきました。
B なんで、なんで? 言わなきゃいいのに。
A 馬鹿にするのも大概にしろって。
C あなたは納得がいくかもしれないけど。
ホグワーツ ……本当はわたしに、どうしてほしかったの?
B お墓参り。
ホグワーツ 本当に?
A 今すぐ消えてくれ。

 ホグワーツはまっすぐCだけを見る。

C ……もうよくわからないんです。自分でも何が何だか。
B&C 祖父が亡くなるまで、ずっと何とかする連続だったんです。

 Bは家じゅうを見渡す。

C 我ながら本当よくやったなって。
A&C けどそう思ってるのはたぶん自分だけ。
C 終わってみたらいつも文句ばかりだった気もします。
A&C それでも相変わらず許せないことだらけで。

 Aはホグワーツをにらむ。

B&C そう思いながらまた何かをあてにしてる自分が本当に気持ち悪い。
A&B&C だんだん自分が何なのかもわからなくなって。
A&B&C 時間だけ過ぎて、みんなどんどんいなくなる。
C だから何とかできるうちに何とかしなきゃ。
ホグワーツ 誰のために?
C ……誰のためなんでしょう。
ホグワーツ 自分じゃないの?
C たぶん。
ホグワーツ じゃあどうして?
C 僕には本当は姉か兄がいたらしいんです。
ホグワーツ ……お亡くなりになったの?
C いえ。

 AとBがホグワーツを見ている。

C 生まれてこなかったんです。
ホグワーツ ……。
C この家に来た頃、父から聞いて。
ホグワーツ うん。
C それが、なぜだか一人じゃない気がして心強くって。でも……とうとうこの家に一人になって……そう、一人だって気づいて……。
ホグワーツ ……。
C 本当にいたら、今何してたのかな。
ホグワーツ 一緒に片づけをしてたんじゃないかしら。
C そう思いますか?
ホグワーツ はい。
C ……。
ホグワーツ どうしたの。
C いえ。

 Cは目線の先にAとBを捉える。

C あの……この家いりませんか?
ホグワーツ 勘弁してください。
C ですよね。自分で何とかするしかないですね。
ホグワーツ そう。でも力は借りたらいいのよ。ちゃんと返す前提で。
C はい。
ホグワーツ 手放すのならお父様に報告しておいたら?
C え?
ホグワーツ そろそろおいとましますね。
C あ。
ホグワーツ ここからだと駅はどっちかしら。

 そう言うとホグワーツはドアを開けて部屋を出ていく。
 Cは部屋を見渡す。
 部屋にAとBの姿はもういない。

C 何も終わってないな。

 孫はドアを開けて家を出ていった。

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