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弔辞
あなたは我が家の長女として生まれましたね。
その後、ふたりのきょうだいが立て続けに生まれ
専業主婦であるとはいえ、育児でいっぱいいっぱいだった私は姑にあなたをお願いすることを避けるため、実家に預けました。
祖父母にたっぷり愛情を注いでもらってあなたもそれに満足していたと思いますが、それが今に至る歪な関係のもとになったかもしれない、と思います。
あなたが小学生の頃、夫と姑との関係に悩んでいた私は
毎日のようにあなたに相談という名の愚痴を聞かせて、あなたに慰めてもらい、代わりに憤ってもらう日々でした。
あなたは祖母である姑と、夫である父を嫌い、憎むようになりましたね。当時はそれこそが私の望んでいたことでもあった気がしますが、そう仕向けたのは間違いなく私であり、当時若かったとはいえ色々稚拙だった私の浅はかな考えがもたらしたものであったことでした。
今考えると本当に申し訳ないことだったと思います。
初めてあなたのお給料で海外旅行に連れていってもらったとき、
あなたから幼少時のトラウマそして希死念慮について聞かされました。
私はその発言を告発のようにおそろしく感じ、とても受け止めきれずにその場から文字通り逃げてしまいましたね。
今のようにスマホもなく、地理もまったくわからない海外でのことなのに
あの日あんなにあなたから逃げようとした私が今ではおかしくもあります。
あの時はごめんなさい。
あなたの仕事に対する姿勢やキャリアを誇らしく思うとともに、専業祝人生を送った私には疎ましく感じていたことも事実です。
私こそが、「手に職をつけなさい。女も仕事をしなくてはダメ」と育てた張本人だというのに。
あなたが出産してからその想いは顕著になっていった気がします。
同時に母子関係がぎくしゃくしていったのも感じていました。
子供がいるのに仕事
子供がいるのに出張
夫がいるのに飲み会
夫がいるのに仕事
私の凝り固まった価値観。ぬぐい切れない思い。
そしてあなたの独立。
大きな会社をやめて独立することにネガティブなイメージしか持てなかった私は、ひどい言葉であなたを傷つけてしまいました。あれからだいぶ時間が経過しましたが、やっぱりまだあなたを許せない私がいます。
けれど
完全にあなたのことを心から応援できる日も、もうすぐやってくるような気がしています。
気が合わない母子、だったかもしれませんが
私はあなたのことを心のそこからいつも心配し、そして愛していたことだけは知っておいてください。それを生前あなたに届けられなかったことだけが悔やまれます。
あの世でも仕事をがんばりすぎないように。
もう亡くなっているとはいえ、身体に気を付けてね。
自分らしい人生を全うすることに一生懸命だったあなたの人生。
お疲れさまでした。そしてありがとう。
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