「赤い靴下」


●序章
川﨑淳代さん、あなたの後期高齢医療保険者証をお届けします。
有効期限 令和4年7月31日 
交付年月日 令和2年7月30日

役所からこんな書類が郵送されて来たのに、肝心の82歳は、7月30日午前
1時25分、聖マリアンナ医科大学病院で永眠した。
彼女は、大判で100ページにもなる日記帳に身辺の出来事を書き連ね、埋め尽くしたので、新品の冊子を購入。第1ページには、「2020年7月1日、聖マリから退院!」と朱筆で大書してあったが、それ以降はまっさら。記述する気力を無くしたのか?それとも、筆圧を失ったか? 
元気な頃の彼女の日記帳をパラパラとめくってみた。メモが書き散らしてある中に、「赤い靴下」と銘打ち、アンダーラインを引いた断章があった。

東京・青山の交差点で信号待ちしている際に、唐突に声をかけてきた女性がいて、その人から、たっぷり身の上話を聞かされ、同情して「赤い靴下」を贈った、と点描しているのである。
この1件は、妻から聞かされていた。そこで、点描とつなぎ合わせ、事実を損なわないよう注意しながら、掌編(小話)にしてみた。

●第2章
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の「舞踏会の手帖」を上映している、今すぐ出かければ開幕に間に合うぞ、と急(せ)かすジュンさんに従い、銀座の小規模な映画館へ。巨匠作品の上演なのに客の数少なし。夫婦の白い衣服に照明が反映して、周りの空席をホワンと明るく。後方に着席した人が、存在を訴えるように、折り返しの椅子をパタンと音立てた。

煩わしい予告編なしに Un carnet de bal と題名が大写し。
湖畔の小さな館に住む未亡人。40歳前後の上品な容貌。子供はいない。空虚な生活に刺激が欲しい。16歳の時に初めて体験した舞踏会で、愛を囁いてきた男性7人。その名前を書き留めた手帖が偶然見つかった。20数年後の今、その独り、ひとりを訪ねて回る。50歳前後と思われる男たちの人生は、山あり、谷あり、訳ありで、順調な生計を営んでいるようには見えない。訪ねたほうも訪ねられたほうも、今更何を、と困惑し、青臭かったあの日を懐かしむ心境になれなかった。
落胆した未亡人のもとに、行方不明の7人目の男に関する情報がもたらされる。一人住まいにはもったいないほどの彼女の邸宅。その向こう岸にある豪邸に、男は住んでいるという。おめかしをして訪ねたお屋敷の庭に、彼を見つけた。
「ジュリア〜ン」
「父は2年前に死にました。借金返済のため、ここに住めないので、あした、僕は家を出ます」
恋仲であった男の遺児、ジュリアン2世のソレルを抱きしめ、この子の面倒を見ることに、生涯を捧げる覚悟をした。       

●第3章
南青山の我が家で映画の見所を話し合いながら、酒杯を重ねた。その晩からいく日も経たない昼過ぎ、明治神宮表参道と国道246号の交差点で、信号機の赤が青に変わる寸前に珍事があった。
「不躾(ぶしつけ)なことを伺いますが、この前の日曜日に映画館で 舞踏会の手帖 をご覧になりましたか?」
黒いベレー帽を浅く被った痩せぎすの女性が決心したように声をかけてきたのだ。帽子からこぼれた白髪が、この人を奥ゆかしく見せる。とっさのことで、返答に窮したワッツ・マダム。
「白い服のおふたりが印象深くて、わざと後ろに座り、観察させていただきましたの」
「お目にとまって光栄です。何か得るところがありましたか?立ち話もなんですから、私どものギャルリでお茶しませんか」

●第4章
乳ガンに侵されて、余命半年と医者に言われた彼女。43歳の時に離婚。ひとりっ子の男児は、彼が引き取った。のちのち、これが誤算だったことに気付く。
金沢の実家は金細工の老舗。家業を継いだ弟の嫁と折り合いが悪くて、20年以上、かの地に足を運んでいない。
大学職員にしては高給だな、と言われていた頃に購入した都心のマンションで、気ままなひとり暮らしは、既婚の先輩、後輩たちに羨ましがられた。
しかし、孤独に苦しめられる60代後半の今は、映画館で虚ろな心を癒す日が多い。なぜ、離婚のあの時、体当たりして子供を返せ、と頑張らなかったのか、歳月を追うごとに、心が痛む。
「あなた方、おふたりを窺(うかが)い見た時、息が詰まるほど、我が身の悲哀感に襲われましたの。館内が次第に明るさを増し、白い着衣のご両人が、立ち上がり、手をつないで階段をゆっくり、ゆっくり。ご夫妻に、映画のシーンを重ねました。遠ざかる姿から目を離せません。で、後をつけましたの」
金銭に余裕はあっても、自立した生活に心細さを感じる老いの始まり。加えて、不治の病が重くのしかかる。
誠意に欠ける夫との離婚も今にして思えば、もう少し我慢が必要だったのかも。数多く見る映画がハッピーに終わればその分、己の不幸が遣る瀬無い。「舞踏会の手帖」で、思わぬ幸運を拾ったヒロインが羨ましくて、涙を拭った。


●終章
孫に囲まれ賑やかに暮らせれば、伴侶がいなくても寂しさは紛れるでしょう、と訳知り顔の男性モデルが扮する生命保険外交員。60、70代の日本女性の70%以上が、最高の宝だと感じているのは、お孫さんですよ、と。
一方で、観光旅行会社がこんな旗を振る。フランスでは孫、子よりも、労(いた)わりあえる伴侶が一番人気です、と。人との付き合い、趣味、旅行〜何をするにもカップルで、と言う欧米人が多数派。日本も初老、中老夫婦の出番が多くなっていますよ、と観光旅行業者が、孤独な人の気持ちを逆なでする。

「コーヒー、淹れ直すわね」
「あら、長居してごめんなさい」
ベレーさんの身の上話と、舞踏会の物語が交錯して、初対面なのに、ともども親近感に陥った。なん度もなん度も頭を下げながら立ち去った。間も無くして、達者な筆さばきの手紙が届いた。

あの日の帰り道で、危うく自動車に轢かれるところでした。馬鹿野郎と怒声を残して車は走り去りました。好感度数満点のあなた様との会話を繰り返し味わいながら、横断歩道での注意を怠り、罵声を浴びたというわけです。
ウチにたどり着き、幸福感を抱きしめながら、このまま死んでしまえたらと、ベッドに倒れこみました。ドクターの宣告から2か月過ぎて、絶望の深みはどんどん増します。生きとし生けるものはみんな死ぬ、早いか遅いかの差があるだけ、と自分に言い聞かせていますが。
赤い靴 履いてた 女の子〜と澄み切った声の童謡がテレビから流れてきました。たまらなく赤い靴が欲しい、天に昇る時に履きたい、でも、誰がそうしてくれるのか、親無く、子無く、夫無しの身には実現不可能と諦めます。

淳与が横浜で開催された「赤い靴祭り」の際に購入した赤い靴下を、彼女に贈って間も無く、亡くなった、と近親者から知らせが届いた。
遺書に、「ギャラリーワッツの名前と住所、そして、私の好きな人=川﨑淳与さん」と大きく書いてあったという。
赤い靴下で天への階段を上ったか、そうでなかったか、は分からない。(終わり)

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