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「人の気持ちを推し量る」ことができれば、全て上手くいく

「人の気持ちを推し量る」ことは、何よりも大事だと思っています。
個人的に、「人の気持ちを推し量る」における「推し量る」の定義は、以下のように考えています。

「相手の表情や口調、声のトーンや仕草など、五感で読み取れる情報をもとに、その人の考えていること、求めていることを推量したうえで、自分の発言や行動を判断すること」

「人の気持ちを推し量る」は、言い換えると「相手の立場に立って物事を考える」ことです。

私の同僚には、相手の気持ちなど考えずに、自分の言いたいことを主張すべきだという意見の方もいます。

何故なら、相手に遠慮していると、自分の意見を通せないからです。
つまり、その人は議論に勝ちたいだけであって、自己中心的であると私は思います。

相手との議論に勝った後の仕事は、果たして進めやすくなるのか。
負けた相手の気持ちを考えているのか。

なぜ、私が「議論に勝つ」ことを不要であると思うかというと、目的はあくまで「仕事を前に進める」ことであり、相手に勝つことではありません。

相手の気持ちを踏み滲みっても前には進めますが、その人は気持ちよくその後も貴方を応援してくれるでしょうか?
そうは思いません。

相手に気を使うのと、相手に遠慮するのとでは訳が違います。
遠慮するというのは、自分の言うべき主張を遠慮して言わない、言えないことです。
それは間違いです。

相手の心証に配慮して発言をする必要はありますが、遠慮する必要はありません。
相手の気持ちを害さずに自分の意見を主張するには、「相手の気持ちを推し量る」技量が必要になります。

難しいことですが、これができるか否かで、仕事の進めやすさ、周りからの評価というものが全く違ってきます。

よく相手を論破することで自分の頭の良さや博識ぶりを披露する方もいますが、逆効果です。
いわゆる頭の良さは他人からの相対評価でしかない訳ですが、人は「この人は分かっている」と思うと、その人のことを優秀だと思うものです。

「この人は分かっている」と思われるには、相手の思考を先回りし、相手の欲しいものを与えなければいけません。

私は狡猾でも良いと思います。世渡りには必要だと思います。(腹黒いとか狡賢いと人から言われたら負けです。バレないようにしましょう)

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