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【恋愛短編小説】 今もまだ君だけを ”邂逅”



 俺は今もまだ、君だけを。

 
 それは、あかい感情との再会。

 それは、あおい過去の記憶。




「待って」
 そう言うと、陽橙はるとは女性の手を奪った。それは無作為的な行動だった。
 突然のことに女性は困惑し、少しおびえた表情を浮かべている。察した陽橙はそっと手を離す。
 謝罪しゃざいの言葉をかけ、改めて彼女の顔を見つめ直した。やはり見間違いではなかった。そこには決して忘れることの出来ない記憶に深く刻まれた顔貌があった。
「スミカ・・・」
 彼女の表情は変わらず、緩みをみせない。
「スミカだよね?」
 その名前を呼ぶと、抑えていた感情と記憶が込み上げてくる。
 耳だけが異様に熱く、微かに拍動を感じていた。
 君はすぐには答えなかった。その間が、不吉な予感を誘う。 
 
「違います。人違いです」
 彼女はそう言い切った。
 それは好意も悪意も感じさせない温度のない言葉だった。
「え、」
 一瞬だけこちらに目を泳がせると、彼女はその場を立ち去ろうと踵を返す。
「ちょっと、待ってよ」
 その声にも足を止めることなく、人混みへと進んでいく。
「待って、お願い。話だけでも聞いてよ」
 周りがこちらに視線を向けているのを感じたが、そんなことは気にしていられなかった。いやな汗が額に浮かぶ。

 どうにか引き止めようと、彼女の肩に手が当てると同時に弾き返された。
「やめてください。警察呼びますよ」
 向けられたのは否定の込められた強い視線と、冷たい言葉だった。
 瞬間的に心臓を強く掴まれたような絞扼感こうやくかんが襲い、思わず後退あとずさりする。
 表情筋が痙攣けいれんし、自分がどんな顔をしているのか分からないほど崩れていく。
 彼女は一瞬、困ったような表情を浮かべ走り去っていった。
 何かが身体から抜け落ちるような感覚にとらわれ、動くことができずその場に立ちすくむ。
 初めて見る表情だった。
 だって、思い出す君の顔はどれも気取らない笑顔だったから・・・

 喧騒な街中で、音が消え、光が消え、思考が鈍化していく。

「何で」
 勝手にいなくなったんだ。
「何で」
 忘れてんだよ。
「何で」
 君じゃないと駄目なんだ。
「何で」
 忘れさせてくれないんだ。
「何で・・・」

 



  彼女が姿を消して一年が経った。
 空っぽになったものを埋めたくて、幾人いくにんもの女性と番った。
 でも、そのどれも代わりにはならなかった。
 友人が言った「女なんて星の数ほどいるんだから」という手垢のついた慰めの言葉に「そうだな」と返した。
 その時、僕はこう思ったんだ。
 星が何億個、何兆個あったとしても、例えばその中に似たような星があったとしても、僕が欲しい星はひとつしかない。


 
 自分の容姿が人よりも優れていると自覚したのは中学生の頃だったと思う。父親が沖縄出身だったこともあり、くっきりとした目鼻立ちで顔は整っていた。
 人目を意識するようになり、髪型や眉毛を整えて身だしなみに気を使うようになると次第に周りから『イケメン』と言われることが増えていった。皆が自分の容姿を誉めてくれる。その時、承認欲求が満たされる感覚を知った。それは麻薬のような中毒性があり、何にも変え難い快感だった。
 大学生になると、それはより顕著けんちょになった。顔だけではなく、筋トレやフッションにも気を使い、より磨きがかかった。
 その頃には、自分の容姿に絶対的な自信を持つようになり、同姓からは羨望せんぼう、異性からは好意的な視線を感じ、わかりやすく自惚うぬぼれていた。
 マッチングアプリでの出会いが当たり前になった世の中で、多くの女性と関係を持つということは一種のステータスに感じていた。
 ゲーム感覚で恋愛をたのしんでいた。
 女性を落とすまでの恋愛シミュレーションゲーム。そんな道徳心の欠片もない遊戯に時間とお金を浪費ろうひしていた。
 でも、何度ゲームをクリアしても満足感は得られなかった。それどころか、逆にえていくようにさえ感じ、よりほっするようになっていた。自分でもどうすればいいのかわからなくなっていた。
 
 
 そんな中、君と出会った。
 
 女性と初めて会う時、僕は目を合わす。
 意図的に数秒間見つめ、相手の反応を試す。
 大体の場合、目が合うと相手の瞳孔が開く。正確に言うと、瞳孔の大きさは見えていないが瞬間的に目が少しだけ大きく見える。注意して見ると、結構わかりやすく表情が違って見える。
 それは交感神経の興奮によるもので、興味や好意のあるものを見るとそうなるのだと、心理学の講義で聞いたことがあった。
 
 その日、今季最大の寒波が流れ込むと報じられていた通り、分厚いダウンを着込んでいても身震いするほど極寒の夜だった。
 いつものようにアプリでマッチした女性との待ち合わせ場所に向かっていた。
 メッセージで事前に服装を聞いていたため、すぐに目当ての女性を見つける。写真と相違そういない顔がそこにあった。
 第一印象は「地味」だった。顔自体は整っているが、服装は無地の無難なもので露出もほとんどなくそそられない。華やかさに欠けていた。

「スミカちゃん、で合ってる?」
 彼女は目を細めこちらに顔を向ける。近くで見ると、凹凸のないつやのある肌に、少しだけ彼女のポイントを上げる。
 目を合わせようと視線を送るが、視線が上手く交わらない。

「えーと、ハル君?」
 頭を傾けながら落ち着いた声で問いかけてきた。
「そうだよ」
 そう返事をすると、彼女はスマホとこちらを交互に見比べる。
「どうしたの?寒いから早く行こうよ」
「なんか、写真と違う」
 控えめに呟いたその言葉に、一瞬ヒヤリと心臓が震えた。
 写真詐欺の言葉が頭に浮かんだ。
 写真は無加工を使用していたはずだし、言われたことは一度もなかったが、万が一の可能性が浮かび狼狽する。
「そんなに顔違う?」
 さとられないように淡々たんたんとした口調で返す。彼女が次に何を言うのか、耳をとがらせる。しかし、返答は思わぬものだった。
「髪型が違う」
「髪型・・・?」
 確かに載せている写真は前髪を下ろしているが、近頃は伸びてきて鬱陶しいのでセンター分けにしていた。普通、髪型なんて変わるものよりも、顔で判別するのではないのだろうか。
「でも服装は一致してるし、ハル君で間違いなさそうですね。じゃあ行こっか」
 そう言って何事もなかったかのように歩き出した。彼女のペースに飲み込まれ呆気あっけに取られる。
「ちょっと待ってよ。どこに行くの?店とか予約してないよ」
「予約は要らない。私の行きつけに行こう」
 女性の方から食事場所を指定されたことは初めてだった。いつもリードしなければいけない事に️わずらわしさを感じていたため、その提案は素直に嬉しかった。
 しかし、同時にいやな予感が過った。
 女性から店を指定された場合、高級店に連れて行かれ高額な支払いをさせられるケースや店員とグルになってボッタくられる美人局つつもたせが横行しているとネットニュースで見たことがあった為だ。
 道中、緊張して半歩後ろを歩く。
「着いたよ。ココ」
 彼女が指差した見覚えのある看板を見て、一瞬固まってしまった。
「今日はイタリアンの気分なんだ」
 それは誰しもが知るイタリアン料理の店だった。
「ココって、まさかサ○ゼリア?」
「そう!サ○ゼ!」
 疑惑の視線を送るが、彼女は動じない。
「ココでいいの?」
 友人とはよく来ていたが、女性と来るのは初めてだった。
 しかも初デートで、だ。
 躊躇ためらわれ、少し値が張るが近くに雰囲気のいい店があることを思い出し提案する。
「ココがいい!」
 もう、気持ちは決まっているのだろう。向こうが所望なら財布にも優しいし、こちらは断る理由がない。
 



 お互いに好きなものをオーダーし、自然な流れでシェアした。どちらの方が美味しいかなんて不毛な対決が始まった。
 メイン料理、こちらの手札はパインハンバーグ。対して向こう方はカボスチーズドリア。
 完敗だった。チーズドリアは食べたことがあったが、カボスの酸味と風味が足されるだけでこんなにも旨みが増すなんて、こちらのパインハンバーグも勿論負けてはいなかったが、つい負けを認めてしまった。
「負けました」
「大分県産のカボスがいい味出してるでしょ?」
 買ってもらったばかりのおもちゃを自慢するような表情が、可愛らしくて一時ひととき、凝視してしまう。
 デザートはお互いに負けを譲らず引き分け。半分こし合った。
 自然と笑みが漏れ表情が崩される。アプリを始めてから初めての経験だった。
 いつも相手に良く見られようと、表情や仕草を作りつくろってきた。しかし、気づけばそれは剥がされ、ありのままをさらけ出していた。
 まとわりつくような好意の視線は感じず、ただたのしく心地良い時間だった。 
 料理も食べ終わり、背もたれに身体を預ける。お互いに満腹を告げあった後、何気なく浮かんだ質問を投げかけてみた。
「スミカちゃんってさ変わってるって言われない?」
 特に意味もなく口に出したものだったが、そのワードにわかりやすく彼女の顔が曇った。
「言われる」
 素っ気なく返される。
「変わってるって言われるのは嫌い?」
 怒っているというよりいじけているような態度だった。
「悪気はないんだろうけど、ちょっとだけ馬鹿にされている気分になるんだよね。あなたは私たちとは違うから正しくないんだよ。間違ってるんだよって言われてるみたいじゃない?」
 彼女はストローでコップの中身をゆっくりと掻き回しながらそう言った。氷とコップがぶつかる軽やかな音が鳴る。
「言いたいことはわかる気がする。でも、俺にとっては羨ましい言葉かも」
「羨ましい?」
 驚いた顔も少し間抜けていて、小動物を思わせる愛らしさが感じられる。
「人と変わってるって事は、変わりがいないってことじゃん。その人にしか見えない事やできない事があるかもしれないし。なんか特別感凄くね?」
 がらにもなく歯を見せて笑ってしまった。
「へぇ。まともなことも言うんだね。なんかカッコいいじゃん」
 

『めっちゃイケメンだよね』
『ハルくんってアイドルみたいだよね』
『こんなカッコいい人アプリにいないよ』
 かつての浮ついた言葉たちが頭をよぎった。
 彼女の言葉は、それらとは違って素直に受け取る事ができた。
 胸がじんわりと熱を帯びる。
 


 駅までの道中は好きなアニメの話で盛り上がった。全然話し足りないのに別れの時間になる。
 改札に向かう後ろ姿に声をかける。
「あのさ・・・また会ってくれる?」
 我ながら情けない言葉だと言ってから気づいた。
 振り向いた彼女はわざとらしく考えるような仕草をした後、企んだような笑顔を浮かべて言った。
「次会う時も私を見つけてね。私は・・・貴方を見つけられないから」
 僕の問いに対して答えになっていない返答だった。
 その言葉の意図はわからなかったが、彼女のはかなげな表情が妙に色っぽくて否応いやおうにも惹かれてしまう。
「それと、髪型は変えないでね。それがいい。かも」
 そう言ってJRの改札を抜け、人混みに紛れていった。
 後ろ姿が見えなくなるまで彼女を目で追っていた。
「髪型」
 どうやら前髪は上げている方が好きらしい。ハード系のワックスが残り少ないことを思い出しAmazonで検索する。
 名残惜しくきびすを返し都営三田線を目指す。バックからイヤホン取り出して耳に押し込み適当な音楽を再生させた。
 何曲かが終わり電車に乗り込んだ時だった。
 心地よい旋律が鼓膜を揺らした。
 それは、最近よく聴いていた恋愛ソングだった。
 恋人に向けたであろう愛の言葉は愚直なまでに一途で、胸焼けしそうなほど甘美的だった。共感はできなかったが、メロディが好きでよく聴いていた。
 PVでは、彼氏目線から見た彼女との日常をつづっている。些細ささいな日常を切り取った綺麗な映像は、恋愛の愉しさを彩っている。
 何度も再生している曲だったが、初めて聴いたかのように胸に響いた。
 
 
 こんなふうに、いつか思える日が来るだろうか。
 そんな日が来たら。


 引用:https://youtu.be/pojNeB0fjGY?si=nHQBU9-o5126eNx6 
 「君と地球で」
 

 




 





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