貸本屋攻略記 同志少年よ、小芝居を打て
同志Aからのお題:レンタル
ところで、店先で芝居を打ったことはおありか。
時に1970年代後半。小学校高学年のころ、家の近くに一軒の貸本屋があった。
貸本屋という商いは当時でもすでにレアな存在。私が知るのは、後にも先にもこの店だけだ。
通っていた公文式教室の先、市道に面した木造の建物だった。店内は漢字の「一」のような横長の形をしていた。奥行きは浅く、通りに面して開放されたガラス戸と本棚の間は、人が1人立てるほどの狭さだったと記憶している。
貸本屋の仕組みが前から気になって仕方なかった。しかし、軒先に利用案内が出ているわけでもなし。狭い店内で本を選ぶ人の背中を、通りから眺めるしかなかった。もしかして秘密組織で合言葉が必要とか?
攻めあぐねていた私に、ある時、同級生T君が店の情報を耳打ちしてくれた。一見さんはNGで、本を借りるには既存の利用者からの紹介が必要という。すでに会員になっていて、自慢気な表情を浮かべる彼に紹介を頼むと「いいぜ」と快諾。ただし一つの条件が提示された。偶然を装うことだった。
彼が考えた筋書きはこうだ。
・私が先に店に行き、棚に並ぶ漫画を眺めながら、店のおばさんに「借りるには紹介が必要なんですよね」と相談。
・そこにT君がさりげなく登場。
・私が「もしかして、会員なの? 紹介して」と言う。
・「おばさん、こいつ俺の友だちだから、いいでしょ」とあくまで自然体を保って交渉。
・彼の顔でめでたく会員になり、漫画を借りて帰る。
ちょっとした芝居ですな、お安い御用で! 思い立ったが吉日、早速決行してみた。筋書き通りの出来。へっへっへ、完璧だぜ、と半ズボン2人組は妙な高揚感に浸っていた。しかし、何の本を借りたのか、肝心なことを全く覚えていないのだ…。貸本屋攻略が手段でなく、目的になっていたから。
とはいえ、貸本屋業界が終焉を迎える頃に、辛うじて尻尾を触ることができたのは幸せというべきか。
跡地を含む一帯は、今は駐車場になっていて往時の面影は無い。あの日の小芝居は夢芝居だったのか。
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