見出し画像

【小ばなし】クラーク・ケント氏の内勤生活

同志Aからのお題:スーパーマン


宇宙のかなたクリプトン星から地球にやって来たスーパーマン。正義のヒーローとして活躍する一方で、新聞記者クラーク・ケントとしての顔も持っています。もしも彼の勤めるデイリー・プラネットが日本の新聞社だったら…。

* * *

クラーク・ケントは入社以来、社会部など現場ひと筋。事件・事故が起きた時、現場に急行するのにうってつけの環境でした。ところが、スーパーマンもサラリーマン。先日の人事異動でついに内勤の辞令が出たのでした。PCを使って紙面のレイアウトを決め、記事に見出しを付ける「整理部」という部署です。

これには困りました。社内にいると、事件・事故の発生情報はすぐに耳に入ってくるものの、整理部の作業を置いて、パッと外に飛び出すことはできません。モヤモヤが募ります。近場ならば「おなかの調子が…」と言って抜け出すこともしばしば。

ある日、クラーク・ケントは夕刊1面を担当していました。ああでもないこうでもないと割り付けを考え、見出しを付けていきます。印刷に回す「降版」時間が刻々と近づいてきました。

「あとは見出し1本だけだ」と、つぶやいたその時です。ギンゴンギンゴン! 重大ニュースを知らせる特別なチャイムが鳴り響き、通信社から速報アナウンスが入ってきました。

「ホノルル発、成田行きの旅客機が日本近くの太平洋上で消息を絶ちました。エンジントラブルが発生した模様。乗員・乗客300人の安否は不明です」

「おいクラーク、1面さしかえだ!」
社内が緊迫し騒然とする中、整理部長が大声で指示します。NHKもニュース速報を流しています。

行くべきか、行かざるべきか。

クラーク・ケントはマウスを握りながら、ほんの一瞬、自問自答しましたが、選択したのはもちろん「行く」。部長が背中を見せた隙に、ぱっと姿を消し、会社の屋上から飛び立ちます。

「空を見ろ! 鳥だ! 飛行機だ! いやスーパーマンだ!」でおなじみの彼も、いまやOver 40。老眼や腰痛、四十肩に悩む年齢になりました。若いころのようにいきなり全速力とはいきませんが、ええいと気合いを入れて加速度を増し、都心から一路太平洋を目指します。

空を飛びながらクラーク・ケントは考えていました。スーがスーッと消えての「パーマン」や、梅干し食べて「スッパマン」…同士のような彼ら、最近見かけないけど、元気にしているだろうかと。

そうしているうちに太平洋上に到達。ふらふらしながらも踏ん張りつつ、高度を落としている旅客機を発見しました。下に潜り込み、両腕を伸ばして機体を支える体勢をとります。「あーこれ、腰やっちゃうパターンだ」と覚悟しながら、ぐっと力を入れますが、昔のジャンボ機ほどは重くありません。「これが噂に聞く軽量化ってやつか。新素材は中高年にもやさしいね」と思わず笑みがこぼれます。

旅客機を慎重に成田空港の滑走路横まで運ぶと、手を振る人たちに笑顔でこたえ、都心に急いでUターン。

「あっ、そういや夕刊どうなった…さすがにまずいよな、クビだろうな」

赤くほてった顔が さっとと青ざめます。「新聞は斜陽産業だし。この際、ウェブ媒体に転職しようかな」

社に戻ると、整理部長がカンカンです。「この野郎、夕刊ほっぽり出して、どこ行ってたんだ! またおなかのチョウシか。そんな言い訳は通用せんぞ!」

クラーク・ケントは傾いた黒縁メガネを直します。
「違うんです、部長。きょうは銚子じゃなくて成田です」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?