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インパクト雇用とは?         ~人的資本経営との関係を整理~  (前編)

#1人的資本経営における「インパクト雇用」の有効性


インパクト雇用とは?

「インパクト雇用」という言葉をご存知でしょうか。

インパクト雇用とは、一般的な採用方法では就労の機会が得にくい人々を雇用対象にすることで、会社や組織に変革をもたらす、あるいは社会貢献を目指す、新たな雇用の形です。

ここでいう就労の機会が得にくい人々とは、シングルマザーや障がい者、家族の介護をしている人、難民の方などを指します。本来は就労できる能力があるにもかかわらず、家庭との両立や障がいなど個人の環境から採用を敬遠されていたり、現時点の能力だけを評価する採用基準により制限を受けてしまっていたりする人々です。

インパクト雇用は採用側・労働者側の双方にメリットがあるにもかかわらず、日本における採用現場への浸透は道なかばです。私たちグラミン日本はシングルマザーを対象に、経済的自立をサポートするための研修や雇用機会の提供などさまざまな活動をしており、インパクト雇用は私たちの活動を支える重要なフレームワークだと考えています。

私たちは、インパクト雇用を日本社会の中で広めるために、セミナー開催などさまざまな発信をしています。これまで発信してきた内容を含め、「インパクト雇用」に関する情報をシリーズでお伝えしてまいります。第1弾として今回、人的資本経営と「インパクト雇用」の関係性について解説していきたいと思います。

日本はまだ「人材」を活用しきれていない

現在、目に見える現金や建物、機械などの「有形資産」に代わり、研究開発や人材などの「無形資産」が産業や社会に与える影響が大きくなりつつあります。テクノロジーがすさまじく発達する日々において、それを肌で感じとっているかたも多いのではないでしょうか。

そんななか、経済産業省が2020年に出した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書「人材版伊藤レポート」(参考文献[1])は、「人的資本経営」の重要性を説き、大きな注目を集めました。

「人的資本経営」では、従来「コスト」とみなされてきた人材は、各々が持っている知識や技能、資質をもとに経営に寄与する「資本」であり、人材にかけるおカネや時間も、将来価値を生んでもらうための「投資」という考え方を提唱しています。

しかし、現在の日本企業による人材への投資は、決して十分ではないようです。たとえば同省が発行している「令和4年版 通商白書」(参考文献[2])を見てみると、人的資本や研究開発、ソフトウェアなど無形資産に対する投資の中で、人的資本が占める割合は、アメリカやドイツ、イギリスなどが10~14%程度なのに対し、日本は4%程度にとどまっています。

第Ⅱ-2-3-8図 各国の無形資産投資の構成項目の割合

また企業価値に占める無形資産の割合は、たとえばアメリカが84%なのに対し、日本は31%と相対的に低い水準です。

参考文献[2]350ページより引用

人材版伊藤レポート2.0について

伊藤レポートが提唱する人材の重要性については、多くの人が理解を
されているものの、「何から始めたらいいのか?」と立ち止まってしまう場合も少なくないと思います。

そういった声に答える形で、2022年には経済産業省から「人材版伊藤レポート2.0」(参考文献[3])が公表されました。このレポートでは、実際にどうしたらいいかという具体策が、3つの視点と5つの共通要素で示されています。

「人材版伊藤レポート2.0」から引用

3つの視点
1. 経営戦略と人材戦略の連動
2. 「As is - To be ギャップ」の定量把握
3. 企業文化への定着

5つの共通要素
1. 動的な人材ポートフォリオ
2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
3. リスキル・学び直し
4. 従業員エンゲージメント
5. 時間や場所にとらわれない働き方

ここでは、5つの共通要素の中で以下の3要素に関して深く掘り下げてみたいと思います。
2「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」
3「リスキル・学び直し」
5「時間や場所にとらわれない働き方」

3つの共通要素と具体事例

共通要素2「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」

「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」は、イノベーションを生み出していくために多様な人々が協働することが重要だという前提に立ち、外国人や女性の活躍を促しています。また、「時代の変化に伴って、ダイバーシティの意味合いも変化する中で、人によって与える機会に制限をかけない、ということが重要」「同質性の高い企業では、付加価値の源泉となるイノベーションが生まれない」とも、同レポートは述べています。

伊藤レポート2.0の「実践事例集」(参考文献[3])を見てみると、たとえば日用品大手の花王は、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)視点での人材開発を重視しているとあります。

具体的には「2020年度には、D&I推進部が各部門・国内グループ会社の人事責任者・キャリアコーディネーターと、障がいのある社員や女性社員の活躍推進について意見交換する『Diversity推進ミーティング』を計16回重ね、今後推進すべき具体的なアクションプランと目標を明確化した」といった取組が記載されています(29ページ参照)。

人材版伊藤レポート2.0 「実践事例集」から抜粋

共通要素3「リスキル・学び直し」

「リスキル・学び直し」は言うまでもなく、経営環境の変化に対応するために必要です。同じく実践事例集の日立のケース(61ページ参照)では、DX人材拡充のため研修を整備し、全従業員のデジタルリテラシーを底上げしている点や、データサイエンティストを2018年の700人から2021年には3000人に増やしたことが紹介されています。

人材版伊藤レポート2.0「実践事例集」から抜粋

このほか、ニューヨークを拠点にデータ生成などの活動をするNPO「DDD(Digital Divide Data)」の事例などもあります。インパクト雇用対象者を、直接雇用ではなく外部委託先にする「インパクト・ソーシング」という手法で、ケニヤなどの低所得者支援に取り組んでいるこの団体では、7000人以上の若者に訓練や雇用機会を提供し、1人あたり5万ドルの生涯所得向上を達成したとしています(参考文献[4])

DDD公式サイトから引用

共通要素5「時間や場所にとらわれない働き方」

新型コロナウイルスの流行に伴い、在宅勤務などのリモートワークが急速に普及しました。こうした場所、さらには時間についても柔軟な働き方を提供することは、人材確保のためにも重要だと伊藤レポートは述べています。

育児や介護との両立に悩む人へは「時間」にとらわれずに働けることが、障がいで移動困難な方などにとっては「場所」の多様化が、働きやすさにつながるのは間違いありません。

インパクト雇用の特徴は、「学び直し」と「多様性」。まさに伊藤レポートがすすめるこうした取組の一部に該当するとグラミン日本は考えています。

まとめ

・インパクト雇用とは、一般的な採用方法では就労の機会が得にくい人々(シングルマザーや障がい者など)を雇用対象にすることで、会社や組織に変革をもたらす、あるいは社会貢献を目指す、新たな雇用の形のこと。

・研究開発や人材などの「無形資産」が産業や社会に与える影響が大きくなっているが、日本企業による人材への投資は、決して十分ではない。

・「人材版伊藤レポート」は「人的資本経営」の重要性を説き、大きな注目を集めた。従来「コスト」とみなされてきた人材は、経営に寄与する「資本」であり、人材にかけるおカネや時間も「投資」という考え方。

・インパクト雇用の特徴は、「学び直し」と「多様性」。伊藤レポートがすすめる人的資本経営の取組の一部に該当するとグラミン日本は考えている。

後編ではあらためてインパクト雇用が採用側にもメリットをもたらすこと、シングルマザーの貧困割合がなぜ高いのかなどをお話しいたします。

参考文献

  1. 経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/20200930_report.html

  2. 経済産業省(2022)「令和4年版 通商白書」https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html

  3. 経済産業省(2022).「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」「実践事例集」https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220513001/20220513001.html

  4. Digital Divide Data ホームページ https://www.digitaldividedata.com/impact


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