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トトに聞く! トトトパンができるまでの歩みとこれから(前編)

お施主さまインタビュー「しなやかな暮らしを紡ぐ」。
今回お迎えするのは、トトトパン影林憲治さん。graft代表の酒井が、トトトパンができるまで、そして、その後のプロセスを聞き出します。インタビューでは、悩み抜いた開業までの道のりやパン屋ならではのプランニング、ものづくりの醍醐味など、様々な話題が飛び出しました。トトトパンのファンはもちろん、お店を持つ夢を持つ方は必見です。

今回のお施主さま:影林憲治さん(トトトパン/愛媛県松山市)
聞き手:酒井大輔(graft)
構成:新居田真美


毎日食べても飽きない、トト(父)のつくるパン

国道196号線の大きな通りから、少し住宅街に入ると、その店の看板が目に入る。柿渋で塗られた一枚板に、いぶし銀が浮き出た「トトトパン」のロゴ。

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訪れた時は、ちょうどお昼時で、新しいパンが次から次に焼きあがり、ショーケースに並んでいく。焼きたての美味しそうな香りが漂う中、それを知ってか、子どもから大人、サラリーマンの男性まで続々とやって来て、あっという間に行列に。バケット、クリームパン、メロンパンなど、あれもこれもとお目当のパンを選び、パン袋を下げて、嬉しそうに店を後にする。

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厨房で、生地を成形したり、オーブンに入れたり、忙しく動き回っているのが、店主の影林憲治さん。奥様の彩子さんも厨房に入ったり、売り場でレジを打ったり、新しい季節限定パンのPOPをつくったりと、仕事は尽きない。

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そんな多忙なお店の営業が終了した後、1日の余韻が残る店内で、インタビューは行われた。

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背中を押してくれた人、そしてgraftとの出会い

影林さんがパン屋として独立の道を選んだのはなぜなのだろうか

影林さん:ずっと子どもに携わる仕事がしたかったっていうのがあって、それとこじつけてパン屋をしようと思ったんです。そのために、大手のベーカリーで働いたのですが、その時の社長面談で、40歳までに独立しますみたいなことを、もう言ってました。

でも、いろいろあって、サラリーマンが嫌になったんです。大阪から松山に転勤してきたのですが、ずっと転勤族っていうのも嫌やなと。スーツが合わないからスーツは着たくないし、髭を毎日剃るのも嫌やなとも思って(笑)。それやったら、好きな仕事をした方がいいと思いました。

そういえば、俺、もともとパン屋をしたくて会社に入ったし、ならば、転職ではなく、もうここで独立してしまえばいいやと思って。まあ、いろいろ言うのは、こじつけというか、しょうもなさそうな未来から逃げるためになったっていうのはあるんですよね。

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「しょうもなさそうな未来から逃げた」と言う影林さんだが、それは、好きな仕事をする未来に向けて踏み出した一歩であった。

影林さん:とりあえず、物件を探し始めて、お金の借り方などの話も聞きに行って相談をしていたら、移住者向けの起業支援制度の話があったんですよ。それで、えひめ移住コンシェルジュとして移住者をサポートしている、板垣義男さんに相談したんです。

でも、募集が終わっていたか、条件が合わないか何かで申請できなかったんです。それでも、なんとかパン屋をできないかな、みたいな話をしていた時に、板垣さんに背中を押してもらったんです。やったほうがいいって。その時の話、実は細かいことはまったく覚えてないけど、最後に背中を押してくれたのは板垣さんっていうことだけはハッキリ覚えてます(笑)。

それで、板垣さんから、酒井さんを紹介していただいた。でも、僕もこう見えて、人見知りなんですよね(笑)。板垣さんに、ノリで紹介をお願いしたのはいいものの、実際会ってみて、なんかフィーリングが全く合わんかったらどうしようかなって(笑)。でも、せっかくの機会やしと思って会ったら……、そこからはハッキリ覚えてる(笑)

酒井:僕からしたら、そこからだから。今思えばなんだけど、なんかねえ、すごくたくさん考えているんだ、この人っていう感じだった。

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影林さん:その時の手探り感がすごかった。なんか、3人で喋っていて、板垣さんがこうボール投げて、僕がこうボールを持ってうじうじしているのを、酒井さんが取りに来るみたいな。いろいろ、引き出してもらったような感じですね。

酒井:よく、覚えてるなあ(笑)。この人、すごい持っている人だと思ったから、何を持っているのか、すごく気になって聞いたっていうのは何となく覚えていて。確か、すぐgraftに依頼を決めてくださったですよね。

影林さん:そう、会ったその日に決めた。その時、ここの物件が決まっていて、不動産会社からも、試験的に内装をやらせてくださいっていう話があった。でも、酒井さんから、その良し悪しみたいな話を聞き、そちらもいいけど、こういう人もいるからって感じで「みずき工房」を紹介されてgraftに。

みずき工房は、自然素材を使い、手刻みで木を組み上げる伝統構法で家づくりを行う工務店。板垣さんの自邸の施工も手がけている。


影林さん:やっぱり酒井さんの印象は、聞き上手。なんでも話せる感じでしょう? なんかねえ、あの時の僕にとっては神みたいなもんですよ。本当です。あの時、多分、酒井さんも辛いことがあって病んでる状態だったじゃないですか。もっとこうイケイケのチャキチャキの人が来るんかと思っていたら、ちょっと影のある感じやと思って。こう、なんやろう、安心感があったんですよね。

酒井:そこ、分かったかあ。すごいね。

影林さん:でも、その後くらいか。打ち合わせする回を重ねて、酒井さんの前の仕事とか、プライベートの話なんかを聞いて、なんか、心許せる人やなって思った。

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酒井:なんか、結構なんでも話してくれましたよね。他のお店とかも一緒に見てくれて、一緒に行ったり。2軒くらい。

で、そこに板垣さんがいたりとかね。結構、男3人で集まって、話してっていう。それを回重ねるごとに、なんかこう、当たり前なんだけど、本気度、それと、病んでいるって言い方がいいのかどうか分からないんだけど、でも、それくらい、ずーっといろんなことを考えているんだろうなっていう切実なのが伝わってきた。

影林さん:病んどった。今思えば、病んどったなあ。

酒井:自分も病んどったからなんやけど、ちょっと大丈夫かなって思う日もあった。最初に会った時の表情とか。でも、普通、やる時ってそうだよなって思って。やっぱり、何気なく何でも話すっていうのが大事だなと思った。

影林さん:もし、酒井さんが会社員やったら、僕、頼まんかったかもしれん。で、そう、酒井さんと板垣さんと僕、3人とも移住者やったというのもあった。なんか、この2人が面白いなあって思ったんですよね。松山に縁もゆかりもない人間で、なんかええ歳したおっさんたちが、「トトトパンっていう締まりのないロゴがどうですか」とか、真剣に喋っている(笑)。

酒井:まあまあの光景や(笑)

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コンセプトから寄り添う

影林さん:トトトパンっていう、名前だけは決めてたんですよ。ヒアリングの内容から板垣さんがコンセプトをまとめてきてくれて、試しにロゴをつくってもらったり。

酒井:なんかすごく印象的だったのは、スケッチブックを持っていて、そこに、自分がつくりたいパンを描いていたのかな。それが、結構な量があって。

影林さん:暇やったからね(笑)

酒井:でね、なんか、たくさん、トトトパンという字を書いていた。たぶん奥さんともたくさん話をしてたんだろうなあと思うくらい書いていて、それを板垣さんに見せて、ああでもない、こうでもないって。

影林さん:最終的には、全部自分で決めましたね。でもやっぱり、板垣さんの提案を見て、なんかこう組み立て方というか、ロゴの構成って、こうやってやるんや、こういう仕事なんやって思ったのを覚えてますね。

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酒井:板垣さんとやったおかげで、コンセプトのところから自分も見られたので、それはすごくよかったんですよ。

影林さん:そうですね。なんかやっぱり、このイメージに最終的に直結しましたよね。

酒井:結果的には、余計なことはせんでいいなあと、思えた。

あと、すごく広く品揃えするか、絞り込むかっていう話になって、すっごい悩んでいたのを覚えてる。

結局、影林さんが選んだのは、「みんなが来られるような品揃え」。それは自分がつくってみないと分からへんって言われて。まあ、ここで売ってみないと、何がどう売れるかわからない。それは、最初、僕にはあんまり理解できなかったんだけど、話を聞いているうちに、何時に何が並んでいたら売れるっていう経験を、前職で、会社の中でやっていたからこそ、この人、わかっているんだと思った。ただパンが好きでパンがつくりたいからパン屋をやりましたっていうのとはちょっと違っていて、僕のイメージを遥かに超えていた。当たり前なんだけど。

だから、途中から、いいって思えた。影林さんは、それだけ知ってるし、いろんなものをつくれるし、売ってそのリアクションで工夫もできる。ちょっと味を変えてみたりとか、分量を変えるみたいなことができる人なんやなあって、だんだん分かってきて。そうしたら、ここは、もう、何はともあれ厨房やと。

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パン屋の命は厨房、動線は一生もん

酒井:パン屋さんの厨房って大変なんやって思った。レイアウト考えるのもだし、窯の位置を決めるのもだけど、いろいろ大変そうやった。

影林さん:仕込みして、生地成形して、分割して、発酵させて焼いて出すっていう流れなのですが、まあ、ここ、正方形なのでつくりやすかったです。長方形だと、どうしてもスタートとゴールが遠かったりするので。だから、こう、ぐるぐる動くことで、長距離動かなくてもいい。でも、ぐるぐるぐるぐる回っている時がありますけど。何してんのみたいな(笑)

でも、僕、やっぱり、ちゃんと働いてからやって良かったなと思った。本当、言うたら、動線って一生もんやないですか。オペレーションっていうのは。だから、それ1個、1箇所間違えるだけで大変なことに。それはちゃんとやっておいて、使いやすくなって、良かったなあ。それはすごく考えましたよね。

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酒井:本当は、当初の予定では、厨房はもう少し狭かったんですよ。それで、ミキサー入れて、オーブン入れて、冷蔵庫を入れてみたら、もう、ピタピタになって。なので、壁の位置をずらして、厨房の面積を広げた。売り場がこんなに狭くて大丈夫かなあって思ったけど、でも、全然大丈夫でしたね。

影林さん:そう、図面で見た広さと実際では、感覚が全然違うんですよ。でも、大きさとしてちょうど良かったです。僕一人で作業するのに、すごいいい大きさでした。

酒井:最初から奥さんも頭数に入れていましたか?

影林さん:入れてなくて、今は一緒に働いていますが、それでも、混まないのがいいですね。

酒井:厨房と売り場をつなぐ開口部も悩みましたよね。厨房を見せたいっていう思いがあって。オープンな方がいいんじゃないかっていう意見もあったんだよね。

影林さん:そう、確かね、仕切りを腰の高さまでにして、その上は吹き抜けにしようって言ってたんですよ。でも、なんか衛生的なこともあるけど、ある方に、粉が売り場まできたら掃除が大変だから、絶対閉めた方がいいってアドバイスをいただいたんです。

それで、窓を付けてもらうことに。はじめ、スウィングドアにしようかって言っていたのですが、僕、前の職場で、スウィングドアにぶち当たったことがあって、ちょっと嫌だなみたいな。それで、どうしようかってなって、今の引き戸となった。

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酒井:この大きい引き戸ですが、このサイズをつくったのは、初めてだったんですよ。

影林さん:本当、感動した! 改めてすごいと思う。

酒井:僕も、この経験で、厨房が命って、本当によくわかった


売り場は家具の仕事

酒井:売り場は、今後変わっていくので、家具の仕事やなって思ったんです。家具を極力シンプルで、動かしやすいようなものに。例えば、キャスターをつけたり、脚を組み立て式にしてみたりとか。

影林さん:売り場は対面にするかセルフにするかで、最後の最後まで、相当迷ったんですよ。対面だとオペレーション的につきっきりになっていないといけないけど、その時は、人を雇う予定もなかったし。ならば、まずは、セルフでということで。もし、今後、対面が良ければ対面に変えられるように、っていうことやったんですよね。

酒井:そうそう。とりあえず、実験じゃないけど、どんなものが通用するかどうかっていうのを聞いてあげるような、ちょっとラボみたいなイメージ。

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影林さん:あのテーブルとかも僕が一応お願いして、組み立て式にしていただいた。催事とかに持っていけるように。まだ使ってないなあ。

酒井:重たいでしょ?

影林さん:でも、全然いいですよ。逆に軽かったら、がたつくんで。これくらいが良かった。

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酒井:これ、大工の村田さんがつくったんですよ。納品が終わった後に、「これ、商品化できるんじゃないですか? むっちゃいいと思う」って、つくった人が言ってくれてます。


そして、影林さんが徐ろに指差したのは、トレイやトングを置くための椅子型の什器。幼稚園の椅子をイメージして設計された。

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影林さん:これいい! これね、正直に言っていいですか。初めて見た時、でかいって思ったんですよ(笑)。でもね、これが良かった。存在感があって。これすごく愛着湧きます

トングって、無機質やないですか。鉄製というかスチール製で。そこにこの椅子が存在感があって、すごいいい。でも、見ないとわかんないですよね。そういうのって。

酒井:僕も、出来てみて想像を超えてるところも正直あって。存在感としてどうあるかっていうのは、図面書いているだけではやっぱり想像しきれないところがある。あと、一番大きかったのが、影林さんが、お盆の取りやすさとか、子どものことを気にしていたから。なので、子どもがちょっと触ってパタパタって落ちない安心感が欲しかった

影林さん:そうですね。それは確かにそうかも。


店舗に入って左手は、可愛いキッズスペースになっている。そこには大きな黒板があって、子どもたちのチョークの跡がたくさん残っていた。

酒井:僕、いつも額をプレゼントするから、どうします? って聞いたら、黒板でって。これを頼んできたか! そして、聞いたら相当でかい

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影林さん:僕も一緒に板を買いに行って、いざ、つくってみたら、でかいって(笑)。いや、でも、これもやっぱり良かった。

酒井:初めて取り付けた時に、息子さんが、一番に描いてくれたんですよね。

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職人だからわかる、ものづくりの醍醐味

酒井:やっぱり、影林さんは、ナチュラルなものが好きやったし、だから売り場側は本当にあまり悩まなかった。みずき工房が持ってる技術と掛け合わせた時に、これや! と。

ただ、最初の頃は、水木棟梁がまだ別の現場で忙しかったから、僕が一人でやっていたんですよ。解体するところから。

影林さん:僕も手伝いに行こうかと思ったんですけど、あんまりやったことないやないですか。聞きながらやるのも、足を引っ張るというか、時間も限られているから。一人でやっていると一人の段取りってあるじゃないですか。3時間ならばこうってスケジュールを決めるけど、もう一人おったら、2人で2の仕事ができるんじゃなくて、1.2くらいしか進まないんですよ。それで、ストレスもかかるし。だから、一人に任せていた方がいいのか、行って手伝った方がいいのか、毎日思っていました。

酒井:そこまでわかって言ってくれてるのもわかってた。だから、いいですよ、大丈夫ですよって言ってた。でも、僕も勉強になったんですよ。本当に。あの、僕、本気でここまで塗装をやったのって、初めてなんです。

影林さん:あ、そうなんですか。

酒井:すごい労力ですよね。塗装屋さんって大変なんやってよくわかった。

影林さん:やっぱ、職人さんの仕事って何気なく見えるけど、すごくそこに、作業性というかありますよね。

酒井:そうそう、道具の選び方からやし、どこから塗り始めるかとか。

影林さん:一個、違うとね。

酒井:もう、全然。後戻りしないといけない時もあるし、っていうのがよくわかったなあ。漆喰塗りも我々がやった部分があるし。

影林さん:初めて漆喰を塗りましたよ。小さな面積を塗るのだったらできるけど、それを室内全部同じようにするっていうのはなかなか……。

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酒井:だから、職人さんって、本当にすごいと思う。ちょっとDIYの素人仕事も入れさせてもらったけど、それも受け入れてくれたしね。

影林さん:僕も、いい勉強になりましたね。今も、パンづくりにつながるところがあったというか。一から、床を剥がすところからずっと見て、ものづくりの醍醐味というか、完成した時の感動というか。そこは本当に通ずるものがあって、見られて良かったです。

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上写真/竣工直後の店舗内観

後編に続く

後編は、graftの強み、マネージメントの話、お金の価値観など、深く掘り下げられていくので、乞うご期待。


トトトパン
〒791-8022 愛媛県松山市美沢2丁目7−7
営業時間:9:00~19:00
定休日:日曜・月曜・祝日



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