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星がパカパカ

外出の帰り、細く急な坂道を下ればもう間もなく我が家だ。
日が暮れてしまって、星が輝きだしているのが見えた。
普段、星を見ることがなかなか叶わない私にとって、それらを見るのは楽しく、またちょっぴり背徳感のある風景だ。

あ、星が見える。

と私が言い、すかさず、その日1日付き添ってくれたヘルパーさんが言った。

あ、ホントだ!星がパカパカしてる!


星がパカパカ?
その日、ちょっと悲しい出来事があって、沈んでいた私は、一瞬その悲しみが吹き飛ぶのを感じた。

星は「キラキラ」ではないのか?
寒い冬なら「チラチラ」という表現もきれいだ。
「ピカピカ」では光りすぎる。星の瞬きを表す擬態語は、もっと控えめでなくてはならない。
「星」の刹那な瞬きと、「パカパカ」という豪快な表現は、まったく調和を成していなかった。
嫌味なんかではなく、「新しい文学的表現の誕生か?」とさえ思ったのである。

「パカパカ」という響きは面白い。

・仔馬がパカパカ歩く。(歩く音)
・蓋をパカパカ開け閉めする。(繰り返し開け閉めする)
・靴が大きくてパカパカする。(隙間がある)
このような3つの用法がある。
どれも、その動作が生じる際の音を表していて、意味として共通しているものはない。

日本語のオノマトペは豊かだ。
雨ひとつとっても、その降り方に合わせて、ぽたぽた・ぽちぽち・しとしと・ざーざー・ごうごう等様々ある。
故に、日本語を母語とするものが、英語やフランス語などオノマトペの少ない言語でこれらを表そうとすると、適切な語がなかなか浮かばず苦労する。
たとえば、英語にも犬や猫の鳴き声を模した擬音語はあるが、ダラダラ・ゴワゴワ・フワフワ・ザラザラのような擬態語は lazy、stiff、fluffy、grainyのような単語に置き換えられてしまう。
一方、韓国語ではオノマトペが更に発達していると聞く。
オノマトペとは違うが、同じ音を重ねるやり方は中国語にもあるから、大陸の影響は少なからずあるのだろうと想像するが、調べてみたら、なんと『古事記』にオノマトペが出てくるそうだ。

かれ二柱の神、天(あめ)の浮橋に立たして、その沼矛を指し下して畫きたまひ、鹽こをろこをろに畫き鳴して、引き上げたまひし時に、その矛の末より滴る鹽の積りて成れる島は、淤能碁呂島なり。

『古事記』

さて「パカパカ」に戻ろう。

星がパカパカする

は現象と音に感覚的な乖離があるため、一般的にはピンとこない表現と言える。
子供の言い間違えか、あるいは何十年先には新しい表現として定着することになるかもしれないが、通常使われることはないだろう。

ただ、心がどんよりしていて、しくしく泣きたい気持ちだったその日の帰り道、私はその一瞬だけゲラゲラ笑うことができた。
まさしく、口がパカパカした出来事だった。

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