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読むグレイス①醸造学の研究論文を読む「オーク樽に含まれるトリテルペン:植物種を同定するサピッド分子」

以前、私自身の学び舎でもあるボルドー大学醸造学部のアクセル・マルシャル教授から、教授がお書きになった論文を頂いたことがありました。

おうちで過ごす時間が増え、本を読む時間ができたという方も多いのではないかと思います。
私も、県外のお客様とのミーティングや、ワインの会がリモートとなり、おうち時間が増えたこの機会に、研究論文を読み返しておりました。
こちらのワイナリー公式noteでも、醸造家の目線から、専門的なお話をシェアすることで、ワインが文化として広まっていくことに、少しでも寄与出来たら嬉しいと思い、感銘を受けたマルシャル教授の論文を紹介させて頂きたいと思います。

拝読した論文の原題は、”Les triterpènes du bois de chêne : des molécules sapides utilisées pour identifier l’espèce botanique”(オーク樽に含まれるトリテルペン:植物種を同定するサピッド分子)フランス語になります。

執筆者は、Axel MARCHAL, Denis DUBOURDIEU (Institut des Sciences de la Vigne et du Vin, Université de Bordeaux, Unité de recherche Œnologie)

内容を要約いたしました。
オーク樽を使用したワインには、辛口に造っていても、甘味が感じられることがあります。
マルシャル教授は、フーリエ変換質量分析(LC-FTMS)を用いてこのサピッド(香味)分子を同定し、Quercotriterpenosidesと名付けました。

Quercoは、オークの学名であるQuercusに由来すると思われます。
少し補足させて頂きますと、オークには、大きく分けると三つの植物種が存在します。ワインの醸造に使われるセシルオーク(学名はQuercus petraea)、ブランデーの貯蔵に使われるペドンキュレートオーク(Quercus robur)、そしてアメリカンオークであるQuercus albaです。
醸造家は、それぞれの意図や目的があり、発酵容器や貯蔵容器としてオーク樽を選択します。

さて、Quercotripenosidesはこのような構造をしています。
マルシャル教授の論文では、左は”QTT”と呼ばれ、甘味を有し、右のGlu-AB(バルトゲン酸28-グルコシル誘導体)は、苦みを有することが確認されています。

教授の論文中の言葉をお借りします。
「セシルオークはより甘みトリテルペンを含み、ペドンキュレートオークは苦みトリテルペンが豊富である。これらの分析データは、ワイン醸造にはセシルオークを使い、ブランデーの熟成のためにはペドンキュレートオークを使用する、という、経験的な特化と一致している。」

ボルドー大学醸造学部に在籍していた時も、大学の研究が、現場で実用されたり、ワイナリーの経験を裏付けたり、疑問を解決したりと、ワイナリーと大学の産学連携には感動させられることばかりでした。

また、論文中には、オークの種によってトリテルペンの型が異なることが示唆されたことから、トリテルペン指数という、オークのトリテルペン組成を反映する指数の計算が、種を決定するための新しいツールとして登場します。
この計算式に当てはめると、甘み分子を持つ、ワインの醸造に向いているセシルオークなのか、ブランデーの貯蔵に使われる、苦み分子を持ったペドンキュレートオークなのか、情報が与えられます。


読み返してみても、とても読み応えのある論文でした。

ここからは、私の感想になりますが、ワインの中に甘味を感じると言っても、それは糖(グルコース、フルクトース、アラビノース、キシロース)やポリサッカライド、またはエタノールやポリアルコール(グリセロール、マンニトール)など、ワインの中の甘味を構成する主成分は様々ですので、全てが、このたびのQTTというわけではありません。
今のワイン醸造は、低アルコール化や、食のヘルシー志向にともない、貯蔵期間を減らしたり、新樽と呼ばれる1年目の樽の比率を減らしたりすることで、オーク樽の使用を控えてきているように感じています。
オーク樽の主張が強いと、ブドウの姿がマスクされてしまうというリスクももちろんありますが、私達世代の醸造家には、オーク樽の過度の風味は、野暮ったいスタイルに感じられることがあります。
だからこそ、なんとなくではない、賢明なオーク樽の使い方が大切になってきているのだと、この論文は私たちに教えてくれているような気がしました。

普段は、グレイスワインと合うお料理のレシピを載せているnoteですが、醸造家として皆様のお役に立てるようなこういった読み物も、間に挟んでいけたらと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

また、都内での新型コロナウイルス感染者増加を鑑みて、7月6日よりワイナリーショップの試飲を中止とし、当面の間、販売のみとさせて頂きます。
お客様にはご迷惑をおかけし、申し訳ございません。状況を見ながら、再開の判断をさせて頂きます。


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