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タイさんの取材ヨレヨレ日記⑭ 大物政治家の殺し文句

ある官庁記者クラブのキャップをしていた時のお話です。香港で数日間にわたって開催される大きな国際会議へ出席する大臣の同行取材をしました。

取材の利便性を考え、大臣と記者団は同じホテルに宿泊するのが原則です。この出張では、会議場に近いホテルが宿泊施設となりました。

ある日、朝食をとろうとホテル内のレストランに向かった私は、大きなテーブルに座っている大臣を見つけました。秘書官とSPを連れて、3人で静かに朝ご飯を食べていました。

私は迷わず、大臣と同じテーブルに座りました。もしかしたら、会議の裏事情などネタが聞けるかもしれません。派閥を率いる大物大臣は、いきなり同席してきた私にも嫌な顔をせず、「おー、君か。一緒に食べよう。ここのおかゆは、なかなか美味いよ」と笑いかけてきました。

この日は会議のスタートまで時間の余裕があったため、食事後もゆっくりお茶を飲み、いろんな会話を交わしました。あいにく特ダネは聞けませんでしたが、親しくよもやま話を交わすことができました。

40分ほどたった頃でしょうか。秘書官が時計を見て、「大臣、そろそろ」と、部屋へ戻るよう促しました。「おー、分かった分かった」と立ち上がった大臣は、いきなり私に次の言葉を投げかけてきました。

「君、ご家族か親せきで、就職に困っている人はいないか?仕事が見つからない人がいたら、私が紹介してあげるよ」。

突然の「口利き」の申し出にはびっくりしました。しかし、記者が取材先から便宜を図ってもらう訳にはいきません。もちろん私は「大臣、ありがとうございます。幸い、私の周囲に、仕事に困っている者はおりません。ご厚意だけ頂戴いたします」と、丁重にお断りしました。

大臣は「そうか。それは良かった。なにかあったら、いつでも私のところにおいで」と言い残すと、SPに導かれてレストランを出ていきました。

一人席に残った私は、たった今のやり取りを思い返しながら、「あれが『大物政治家』と呼ばれる所以なんだな」と、深く納得したものです。

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