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ニライカナイ

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ニライカナイ

別表記:ニルヤカナヤ

「ニライカナイ」とは、沖縄地方に伝わる理想郷常世の国)のことである。遥か海の彼方(一説では海底とも)にあるとされ、神々住まう地であり、現世もたらされる豊穣の源であり、死者の魂が向かう先でもあるとされる。ニライカナイは一般的には太陽が昇る東または東南の方角にあるとされる。琉球諸島東方には人の住む大地がない。ニライカナイは人間辿り着けない彼方にある神域であり他界なのである。

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   2020年、X月X日。父にツーリングに誘われた。その頃の私は訳あって、田舎の祖父の家に居候していた。同居している父は精神疾患持ちで、これまでの経験から少し距離を置き生活をすることで互いの心の平穏を保ったが、時々、こうして外出に誘われることもあり、気分が乗ればそれに付き合っていた。この頃は生活にも慣れ、時には、私から近所の公園に散歩に誘うこともあったのだ。今になっては、数ヶ月の間でこれほど密に父と付き合ったことは嘘のようで、子供の頃から長年、離れて暮らしていた間に出来た溝を埋めているようでもあった。

 今回の行き先は、沖縄本島の南部にあるニライカナイ橋。地元の人から観光客までが訪れる、有名な絶景スポットだが、私はこれまで一度も行ったことがないので楽しみだった。
 免許を持っていない私はバイクの後ろに跨り、三十分ほど、海沿いを直線に父がバイクを走らせた。晴天に青い海が広がっており、水面がキラキラと照り返す。だが、力まなければ向かい風に飛ばされてしまいそうで、バイクから転げ落ちないようにと全神経を集中させていたので、せっかくの景色が一秒も視界に収められないうちに、やがて海は見えなくなった。
 バイクから降り、歩き出して数分後。やっと同じくツーリングで寄ったであろう人たちに、ポツリポツリと出くわす。皆どこか浮遊感を纏い、この世の生き物ではないようだった。何となく挨拶をするのがはばかれたので、私は黙って通り過ぎた。そのまま父に導かれ歩いていると、突如、数メートル先に柵が現れ、これ以上は進むことが出来ず、恐らく下の方は断崖絶壁になっているようだった。
 眩い光に目を細める。もう一度、瞬いてからまた瞼を開くと、今度は視界が真っ青になった。
 圧巻。先ほどまで身体に渦巻いていた欲望たちが、空に溶け出していくのが分かり、そのまま私も宙に浮いていくのではないかと錯覚するほど。
 碧青、藍、白、青と、縦にグラデーションが縦に並んでいる。その上には緩やかな弧が通り、その境界線は不思議な吸引力があった。地球は、本当に丸いらしい。しばらく眺めていると、海辺の近くなのにあまりにも静かなことに気付き、だんだんと絵画でも見ているような気持ちになる。すると突然、切なさが身を包んだ。私は普段、突拍子もなく涙が零れることがあるが、その度にこれはどこからやって来たのだろうと感じていた。もしかするとあの雫は、その弧から水面を伝ってやって来ていたのかもしれない。崖の下では波が押しては引いてを繰り返している。海の生物たちが住んでいる様子が確認できたので、当たり前だが、やはり絵画ではないことを実感する。手前に見える二本の橋はまるで、この世とあの世を繋いでいるようで、あぁ、なるほど。これはたしかにニライカナイ橋だと、方言に精通していない私は、その時やっとその言葉の意味が分かったような気がした。
 しばらくし、言葉を紡がなければと思った私は「綺麗だね。」などと羅列してみたが、なぜだか一文字も残らず溶けだしてしまい、すぐに心地よい諦観が身を包んだ。今は、要らないかもね。また口を閉じ、ジッと前を見つめていると、今度は隣にいた父が、おもむろに口を開いた。

「この世界にニライカナイなんてものは、存在しないよ。」
「…。」
そのあと、少しだけバツが悪そうに
「それは自分の中だけにあるものだから。自分で作るんだよ。」
と付け加えてきた。
 うん、知ってるよ。
 この眺めを前に、何度も、反芻してきたであろうそのセリフに、痛みを感じた。でも、そんなことは聞きたくなかった。 せめてずっと、憎ませてほしかった。これから何を憎めばいい。蹴散らせばいい。
 …ふざけるな。散々、振り回しておいて。トラウマなんて可愛いものではない。あれは、世界の崩壊だった。
 一度、理性で遮断した中から、だんだんと怒りが滲んで来る。それなのに、溢れてきた言葉はどれも空を切るばかりで、目の前に広がる空を切りつけているような虚しさに襲われた。 
 …え?いつからそんな目をしていた?
  正面から捉えた父の瞳は、完全に見知らぬものだった。
 随分前から、空虚を見つめるこの人の瞳に私は映っていなかった。私の言葉はもう、届かない。もしかすると、ずっと誰にも届いていなかったのかもしれない。いつからだろう。いつから、私の言葉は届かなくなっていたのだろう。親しい友人や家族の顔が次々に浮かんでくる。末恐ろしくなり、味わったことのない深い絶望と孤独が足元から湧いてくる。
 いや、本当は気付いていたんじゃない?十三年前、病室で眠る父を見つけたあの夜に。
 どうやって立っていたんだっけ。もう、一秒でも早くこの場を去りたかったので、それから間を空けて適当に
「そうだね。」
と共感して後ろを振り返った拍子に足元が一瞬、フラつく。かろうじて地面に接した足裏の感触を確かめるように、行きよりも長くなった帰路を一歩一歩、踏み締めた。
 青臭い匂いが鼻の中に充満していく。強くバイクの取っ手を掴み、残暑に後ろ髪を引かれながら、排気音が飲み込まれていくサトウキビ畑の中を颯爽とくぐり抜けた。

 バタバタと、水が弾けている。
 なんだ、もう朝か。懐かしい雨音で目を覚ました。家には誰も居ないようで、ガランとした部屋に寂しさを覚えた私は、定まらない意識を落ち着かせるように羽毛布団の独特の重みに感じ入り、屋根の上で弾けるリズムに耳を済ませる。窓の外に目をやると、街全体が灰色に覆われており、道路脇に立つ瑞々しくなった木々がキラキラと潤っているのがやけに目立った。あそこだけ、生きている。
 あまり知られてはいないが、沖縄の冬は悪天候が多い。
 虚ろ虚ろに、窓際に近付く。昔から、妙に気になる白濁した窓ガラスに指を這わせてみたが、特に描きたいことも思い浮かばず、適当にグチャっと波線を描いた。指先が湿る。慎ましいが、たしかに存在する季節。
 もう一眠りしよう。芋虫のようにのそのそと布団に戻り、あと一秒で眠りに落ちるというところで、足音が聞こえてきた。ドキ、となぜか少し跳ねた鼓動を布団に収め、それをジワジワと下の方に移動させる。布団が一匹…布団が二匹…。自然さを装っていると、足元に寒気が入り込み、またフワリと温まった。なんと、寝間着のワンピースの裾がはだけていたらしい。
 ピーーーッ。とヤカンの音が、居間まで響き渡っている。
 嫌悪感でも羞恥心でもない、なんだかむず痒い安堵に少し戸惑い、私は一ミリ開いた瞼から、ボヤけた後ろ姿を確認した。しかしこちらに気付く様子はなく、父はまた部屋を出ていった。

 最近は物件探しに夢中で、今日は悪天候ということもあり日がな一日、スマホとにらめっこだ。元々、祖父の家に住むのは引っ越しの資金が貯まるまでの間だけという条件で、それにこの頃は、顔を合わせれば一触即発の二人にウンザリしていたので、ちょうど良いタイミングだった。
 あ、ここ。
 スマホの画面をタップし、上になぞってページを下る。鉄筋コンクリート造の角部屋。クローゼットや出窓も付いており、インターネット代込みで四万円。駅チカだし、初期費用も安い。他にもいくつか候補があるけど、とりあえず〇月〇日で内見の予約、と。

  とある早春の朝。私は荷造りのために、休日の午前中から忙しくしていた。荷物も少なく、集荷は夕方だからまだ余裕はあるが、今日は鍵の受け渡しがあるので早めに終わらせておきたかった。
 ダンボールが足りますように。とりあえず、衣類と食器と本類。あとはPC、雑貨。あ、そうだ。
 懐かしい匂いが充満するタンスの中を探り、端の方に畳まれていた黄色い花刺繍のスカーフを取り出す。居間に行き、テレビを眺める祖父に
「このハンカチ、持って行っていい?」
と尋ねた。咄嗟に、スカーフという単語が出てこなかったのでハンカチと呼んだが
「いいよ。…ハンカチじゃないよ。」
とご丁寧に訂正が入る。私はきっと、少し賢い猿だとでも思われているのだろう。
 記憶の中の祖父はいつも、団欒の少し後ろの方で、浅く椅子に腰かけており、それ以外の姿はほとんど浮かんでこない。私にとって祖父は激流の川の中でシン、と一本立ちすくむ木だった。流れている身としてはやはり邪魔で、たまにゲシゲシと足で蹴ったりはしていたが、大人になるとその木の太さに気付き、いつしか諦めて周回すらするようになっていた。
 スカーフを手に部屋に戻り、いそいそと梱包前のダンボールの隙間にギュッと詰め込み、はたと手が止まった。
 違和感を感じ、先ほどスカーフを取り出したタンスが置いてある部屋に戻る。葬式からもう二年近くも経つのに、そこは当時と全く同じ佇まいで、洋服は綺麗に畳まれたままである。つまり、遺品整理が一切されていなかった。今更気付いたが、この家は、五秒後には『ただいま』と玄関の扉が開くのではないかと思うほど、障子の繊維や畳の木目一つ一つにまで祖母が染み渡っている。そして、一緒に生活しているように錯覚するほどの大きな存在が覆う敷地の真ん中では、ポツンと一人、祖父が居座っていた。ここは、あの日から時間が止まっている。
 長い年月を共にした人を看取るとはどういうことなのか。私は祖父のことを何も知らないし、祖父も私のことを知らない。
 予定よりも時間がかかってしまったが、なんとか、集荷依頼の時間までに、荷造りを終えることができた。
 畳に座り一息つく。甘党の父がくれたバウムクーヘンを口に運び、テーブルの上のスマホに目をやる。相変わらず、好きな人からの連絡はなかった。数ヶ月も連絡がない人のことを想い続けるなんて、どうかしている。ここ数年は引越し続きで、色々と予定が後ろ倒しになってしまっているし、いよいよ本格的に迷走中だ。改めて、父母祖父母がその地に定住し、命を紡いできたということに感嘆する。
 六畳の部屋をサッと見渡して、Googleマップで不動産屋の住所を確認する。地図を見る限り、道が複雑で交通の便も悪そうだ。スマホの案内ではバスで一時間ほどで着くとのことだが、土地勘がないし、重たいキャリーケースを運ぶことを考えると倍はかかると想定した方がいい。
 一通り部屋を見渡し、キャリーケースを玄関に下ろす。他の部屋の片付けは、まあいいか。引越し初日に確認した、ゴミが散乱している厨房や居間を思い出しただけで気が遠くなる。それから軒先でタバコをふかしている父を見つけ、それじゃ、と軽く挨拶を交わした。特に名残惜しくはなかった。ただ今では、そこはかつてのどこかよそよそしく、たまに宿泊することができる不思議な家ではなくなり、ちゃんと、眠りにつくことができる場所に変わっていたのだった。

 カーテンから差し込む朝日が膝に当たる。ジワンと温まった膝を曲げ、上体を起こす。引越しから半年ほど経ち、最近は生活が落ち着いてきた。
 よいしょ、買い出しに行くか。
 この辺りは都心部の住宅街で坂道が多い。赤瓦とコンクリートが交互に並ぶ間には、小道と階段が敷き詰められており、四方から草木が生い茂る情緒ある街並みはどこかジブリを連想させる。内見の日にこのジブリっぽさが肌に馴染み、一件目で即決したのだ。近所の黒猫もすでに顔見知りで、ほら今も、すれ違いざまにバチーーッと目が合った。
 それにしても蒸し暑い。十月だから一応、季節は秋のはずが、今年は例年に比べて夏が長く、春夏夏夏秋冬くらいの割合だ。ただでさえ短い秋がもっと短くなり、存在しているのかどうかすら怪しかったが、私は無理やり秋を味わおうと思い立った。さつまいもは先週食べたし、南瓜は調理したことがないから、栗にしよう。栗ご飯でも作ろうか。
 サク。サク。…パキャッ。
 鬼皮を剥くのが難しい。若干、負傷した爪先で悪戦苦闘の末、やっとこさ栗ご飯が完成した。よそったご飯に軽くごまを振る。
 それにしても、鬼皮って変な名前だな。日本語には鬼が付く言葉が多すぎる。鬼嫁。鬼婆。天邪鬼。
 グゥ。
 まあいいか。いただきます。

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