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【小説】近くの彼方ー月夜の晩に

始まりでも、記しておこうか。
書いたらきっと、もっと、楽になる。

始まりも、夜だった。
桜の舞い散る月夜だった。
桜、
月夜、
新しい環境、
遠くのざわめき、
そして、沈黙の時間。

すべてが完璧過ぎたのだ。少女が夢見るには十分な程に。

付き合いだして、会うのも主に夜だった。
一人暮らしの私の狭く新しい部屋は大きな家具がなく、布団一組と、小さなローテーブルと、何の役にも立ちはしないお気に入りの小物たちしかなかった。
その小さな世界で、私は彼が来るのを今か今かと待ち暮らしていた。
星占いを見ると、「好きな人にしてしまう行動」というのに、決まって『予定を開けておく』と書かれている。大分当たっていて怖い。そう、かなり好きだった。
バイトも入れず、来るか来ないか分からない彼からの連絡を、ひたすら待っていたあの頃。暇は人間を駄目にすると学んだのも、その頃。
そして、たまに予定が入ると決まって彼の提案してくる「お出掛け」と重なる。
その「お出掛け」はデートな訳だけど、例えば私が◯◯に行きたいと言ったとする。数ヶ月後に突然彼から「いついつは空いている?」とメッセージが来る。たまたま予定を入れてしまっている。そんなことの繰り返し。そして、別れの時に「◯◯に行こうと予定を聞くと、別の予定があると言われた」と言われる。どーすりゃいーのよ。
ずーっと何も予定を入れずに待っていればいいとでも言うの?大学生に?無理でしょう。連絡さえも2週間に一度来るか来ないかなのに…。思い出すだけで、あの頃の自分が悲しくなってくるなぁ。

実現されない、計画倒れにすらなりもしない「お出掛け」以外に私達が一緒に過ごせた時間と言えば、「この日は泊まれる?」のメッセージ。
唐突に、なんのパターンもなく来る連絡。
小躍りしながら、部屋を掃除し、料理を作り、彼を待つ。
そして、甘い甘い時を過ごす。
それは月に一度、多くて2週に一度程度。
しかも、そう、彼が初めての人。
そうなったらもう、のめり込んでも仕方ないよね。初めてのセックスなんて、そこから毎日毎時、欲しくて欲しくて仕方のないものなのに。こうして、じゃじゃーんと立派な『恋に恋する少女』の出来上がり。

そして、案の定訪れる別れ。結局はすれ違い、寂しさを埋めてくれる他の人を求めてしまう。(大学生なんて出逢いに溢れているのだから。)自分から、最後の女になると豪語しておきながら。

もっとそばに居たいという、すれ違い。
私がもう少し忙しい大人だったなら。
何度そう悔やんだことか。
そうやって、美化して心の中で復唱してきたのだから、仕方のないこと。

暫くは、甘美な時間だったと、牛のように反芻して、味がなくなったらチューイングガムのように包み紙にくるんで捨ててしまおう。うん、それがよい。
そうでないと、心が保たないもの。


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