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[感想] 貴志祐介 ダークゾーン

数年ぶりの更新になってしまいましたが、今回は貴志祐介さんが書かれた『ダークゾーン』という小説について感想を書いていきます。ネタバレを多く含む内容になっていますので、ネタバレが嫌いな方は閲覧を避けてください。

この本を読んだきっかけは知人がこんなことを言っていたからです。

「ダークゾーンは(将棋の)級位者が読めばマジで絶対に棋力が上がる名著だからな。
なお貴志祐介ファンからの評価は最低クラス。」

将棋の棋力が上がる小説とは一体、どんなものなのでしょうか?
わたしのようなアマチュア級位者〜初段くらいの実力の方にとってはすごく気になりますね。

ただ、「ファンからの評価が最低クラス」というのはどういうことなのでしょうか?

私はこの謎すぎる言葉の真意を探るべく、『ダークゾーン』を手に取りました。

ちなみに、この作品は2011年に第23回将棋ペンクラブ大賞特別賞を受賞しています
表彰されているということは、きっと良書なのでしょう。棋力向上に対する期待も膨らむというものです。

それでは、『ダークゾーン』の紹介+感想、始めていきましょう。

本の概要

この本を一言でまとめます。この本は「罪を犯した男が無限地獄の中で恋人(故人)のことを思い出す話」です。

著者について

貴志祐介さんはホラーやミステリーといったジャンルを得意とされている有名な小説家です。代表作は『青の炎』や『悪の教典』などで、これらの作品は映画化もされています。私は貴志祐介さんの小説を今回、初めて読んだのですが、「人間の負の側面を描くのが上手い作家さんだな」と思いました。

物語の構成と大まかなストーリー

この小説は大きく分けて2つのパートに分かれています。

一つは現実世界で将棋のプロ棋士を目指していくパート、もう一つは将棋やチェスによく似たダークゾーンというゲームの世界の中で、仇敵と殺しあうパートです。

この小説は「主人公は気がつくとダークゾーンの中に居た」という場面から始まるのですが、ここでは現実世界のことからお話ししていきます。

主人公の塚田は将棋のプロ養成機関である「奨励会」に在籍する大学生です。将棋のプロになるためには三段リーグでの厳しい競争に勝ち抜く必要があります。塚田はこのリーグ戦に何年間も在籍している奨励会三段です。ライバルには同級生の奥本、中学生三段の箕作らが居ます。

現実世界のパートでは、塚田の苦悩が描かれています。プロになろうと必死にもがきますが、頑張っても頑張っても報われず、むしろどんどん状況は悪くなっていきます。

一方、ダークゾーンのパートでは、戦争ゲームの中で怪物化した人間同士が戦う、血みどろの争いが描かれます。主人公の恋人の理紗はこの状況を「悪夢」と評しました。ダークゾーンでの七番勝負に勝てば、きっとこの悪夢から醒めて現実世界に帰れる……その一縷の望みに賭けて、主人公 塚田はライバルの奥本と戦い続けます。

こちらのパートでは、ダークゾーンというゲームの攻略法、必勝法に関する考察が延々と語られていきます。ダークゾーンは貴志祐介さんが考えたオリジナルのゲームで、将棋によく似た要素を多数備えています。塚田は将棋のプロ予備軍なのですが、それは対戦相手の奥本も同じこと。塚田はダークゾーンのコツがなかなか掴めず、苦戦の連続を強いられます。

2つのパートの物語を眺めていく中で、主人公がダークゾーンの中で戦いを強要される理由はなぜなのか、主人公が現実世界でどんな罪を犯したのか、主人公はなぜライバルのことを嫌っているのか……など、さまざまな疑問が読者に投げかけられていきます。

これらの疑問が最終盤に一気に解ける、衝撃的なラストはまさに圧巻。しかも、もう一度最初から読みたくなる、そういった仕掛けがなされています(ただの夢オチじゃん!という批判はありますが)。「これが一流小説家の技巧か」と感心させられます。

ただ、ダークゾーンのパートが難解すぎたせいでしょうか、貴志祐介ファンからの評価は低いようです(苦笑)

この物語の概要は以上ですが、さて、将棋ファンの視点から見ると、この本の中に棋力向上のヒントが本当にあるのかどうか、という点が気になりますよね。

これについては次節以降、格言、本質、性格の3つの側面から詳しく見ていきます。

将棋の上達に役立つ格言

この本には将棋の上達に役立つ多数の格言や教えが含まれています。

いくつか例を挙げてみますね。この本には以下のことが書かれています。

  • 駒を失うということは、自軍がマイナス 1、敵がプラス 1で、差し引き二体の差がつくということだ。

  • 今の将棋界の常識では、いったん優位に立ったら、どんなに危険そうに見えても最短の勝ちを目指すのが一番安全だ。下手に安全運転しようとするのが、実は一番危ない。

  • これは、駒の数を競うゲームではないはずだ。 途中経過は、まったく関係ない。要は、一手でも早く敵玉を斃せばいいのだ。

  • トッププロを別にすれば、嫌なやつほど将棋が強いという法則がある。

こんな感じです。
格言ではないものも含まれていますが、将棋、チェス、囲碁などに役立つ教えがたくさん含まれています。

私が「貴志祐介さん、よくわかってるなー」と、上から目線で感心したのは以下の描写です。

「将棋やチェスのマス目って、現実の空間とは違うんだよね。現実の空間は、縦横の長さが 1だと、斜めの距離はルート 2なのに、四角いマス目の場合は、王将やキングは一手で動けるから、斜めも同じ 1になっちゃう。」

将棋でも斜めに進軍してくる銀って意外と足が速いんですよね。昔、このことに気づいたとき、私は結構驚きました(こんなふうに感じるのは私だけですか?)

この感想をここまで読んだ方は「なるほど、この本では将棋の格言がたくさん学べるから、読むと棋力が上がるんだな」と思ったのではないでしょうか?

しかし、私は将棋の格言を百回、千回、一万回聞いたからといって、それだけで将棋が強くなることはないと思うんです。

この本の良さは別のところにあると思います。

ゲームの本質について考える

この本の中に描かれた引き分け1局を含む全8局の戦いの中で、塚田は「ダークゾーンというゲームの本質は何か?」ということを常に考えています。

この本の前半、塚田は他の人の意見に流され、戦略を見誤ることも多かったのですが、塚田は戦略を徐々にアップデートさせていき、そして、最終的に「このゲームの本質は将棋だ」と気づきます。

それでは、将棋というゲームの本質とは一体何なのでしょうか?

それを直接的に描いた描写はこの本の中にはありません。しかし、この本の中には本質に近づくためのエッセンスがふんだんに盛り込まれています。この本を読んだあと、「将棋というゲームの本質」について考えてみてください。そうすれば、棋力というものは自然に上がってくるはずです。

例えば、一般の方から将棋はある種の「戦争ゲーム」だと認識されています。しかし、むしろ「レースゲーム」に近い性質を持っています。

はい、みなさん、わたしの後に続いて暗唱してください。「将棋はレースゲームである」と。

混沌としたレースを制するためには何よりも「終盤力」が大事です。終盤力というのはすなわち「速さ」です。「終盤は駒の損得よりも速度」という格言は将棋ファンならば、みなさん、聞いたことがあると思います。将棋では、どんなに被害が出ても一手早く敵玉を斃せばそれでいいのです。

しかし、現実世界の戦争はそうではありません。多くの場合、現実世界の戦争では敵国の首相が死亡しても戦争は止まりませんし、死者の数は極力小さく抑えなければなりません(そうしないと戦後に残る禍根が大きくなるからです)。

他にも違いを挙げればキリが無いのですが、将棋と現実の戦争はまったく違います(現実のレースとも違う点は多いのですがそれは無視しつつ……)

話を戻しましょう。将棋の本質はレースゲームであるため、「将棋では終盤力が大事だ」とよく言われます。しかし、万年中級者レベルのアマチュアの中にはなぜか終盤の勉強はせずに、序盤ばかり勉強してしまう人がいます。実はわたしもそういうタイプなのですが、これはゲームの本質を無視した行動です。これでは強くなれるはずがありませんね。

将棋が上達できないことに悩んでいる人は多いですが、そういった方には必ず、何か不足している部分や弱点があります。何が不足しているかは人それぞれ違うと思いますが、何が不足しているかをきちんと考えて、苦手な部分にきちんと取り組むことが大切だと思います。

そして、この本にはそのためのヒントが山ほど詰まっています。

性格が成功と失敗を分かつ

さて、この記事の最後に、「なぜ塚田はプロになれなかったのか?」ということを考えてみましょう。

答えは簡単です。それは「性格が悪かったから」です。

この本の中にも「トッププロを別にすれば、嫌なやつほど将棋が強いという法則がある。」と書かれています。これは裏を返せば、「今の時代は性格が悪いとトッププロになれない」という意味なのです。

将棋通の方は「大山康晴の時代はトッププロも性格が悪かっただろう?」と思ったかもしれません。

しかし、それは昔の話。今の時代のトッププロって性格がいい人がほんとうに多いんですよね。将棋界で言えば、藤井聡太7冠や羽生善治九段などはすごく人格的に優れています。他の分野だと、メジャーリーグベースボールの大谷翔平選手がその代表格です。

奨励会は若き才能と若き才能がぶつかり合い、多くの天才少年たちの夢が潰える場所。30名弱が常に在籍する三段リーグの中で、才能を努力で研鑽し続けた者の上位2名だけが勝者になります。プロになれるのは半年に2名だけ……塚田がいた場所は才能だけで成功できる場所ではなかったのです。

さて、努力を苦にしない人は性格が良いことが多いと思います。
これは卵が先か、鶏が先かという話に近いのですが、そういうものだと思ってください。
性格がいいから素直に努力できる、素直に努力するから結果が出る、結果が出ると考え方が前向きになって性格が良くなる……というような好循環によって、現代のトッププロは性格がどんどん良くなっていっているんです。

塚田はほんとうに嫌なやつです。彼は自分がプロになれないのを環境のせいにしたり、自分のことを心配してくれている奨励会の幹事の先生からのアドバイスを軽視したり、先にプロの囲碁棋士になった恋人を罵倒したり、性交渉の経験がないことを理由に三段リーグのライバルたちを見下したりします。

彼には素直さや誠実さが欠けていました。その結果、彼がどういう悲劇を引き起こすのか、それはぜひ実際にこの本を読んで確認していただければと思います。

なお、現代では性格を良くするための手法がほぼ確立されており、それを的確に実践すれば、かなり高い確率で性格の改善が可能です。その方法論は自己啓発に関する書籍、セミナー、YouTube動画、WEBサイトなどで学ぶことができます。  

「自己啓発ってどんなものか」ということを知りたい人は例えば、下記のフェルミ漫画大学などを見てみると良いでしょう。フェルミ漫画大学さんはYouTubeにも動画をたくさん投稿されてます(この方の動画はわたしもよく見ています)。

また、私の友人にも自己啓発に関する情報発信をしている方がいます。参考までに、友人が運営しているWEBサイトのURLを貼っておくので、性格改善に興味がある方はぜひご覧になってください。

ただ、これはあくまでも何かの分野のトップを目指そうという場合の話です。アマチュア中級レベルの将棋指しの場合、むしろ性格の悪いほうが棋力向上しやすいです。

なので、手っ取り早く段位をあげたい人は「奇襲戦法」を勉強するなどして、性格を捻じくってひん曲げると良さそうですね。例えば、筋違い角とか、早石田とか、アヒルとかね、良いんじゃないですかね(知らんけど)。

なお、奇襲を勉強したい方は例えば、以下の書籍を読むといいと思います。

以上、参考になれば嬉しいです。最後までお読みいただきどうもありがとうございました。

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