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社会、組織、集団に属する

ってなかなか難しいよね。
特に子供のころ、自分で選べる自由がある事に気づけていないころって、よく分からないけど何故か色んな人がごっちゃにされて、しかも子供は残酷だから違和感を排除しようとする性質があったりするので、画一化された平均値と外れすぎる自分でいるとなかなか生きてること自体がしんどかったりするよね。

僕もそうだったんよね。
幸い器用なところがあったから色々上手いことやってきたつもりだったけど、それって本当に言葉の通り上手いことやってきたってだけなんだよね。
別に世渡りがしたいわけじゃないんだよね。
自分として自分らしく生きていたいんだよね。
なのに自分になりすぎると排斥されてしまうから、社会とか組織とか集団に排斥されない平均値に自分を近づけようとしちゃうんだよね。
みんなと僕は同じ、怖くないよ、変なやつじゃないよ、ってしてなきゃいけないんだよね。
それってでもいらないよね。

だって実は違うってめちゃくちゃ凄いことなんよね。

最近メッセージって映画を観たんだけど、めっちゃ簡単に言うと宇宙人とコミュニケーションを図るその中で言語情報が時空を越えるって言う感じの映画なんだけど。
その中で人と宇宙人がコミュニケーションを図るシーンがあって

もちろん言語も違えば、身体の作りも違う、でも知能が互いにあるから意思の疎通を取ろうとする気持ちはある、って中で、コミュニケーションをとっていくんだけど。

本来僕ら人間と人間もそれと等しいと思うんだよね。
僕らはたまたま似たようなな教育と、仲間だと思える外見、そこまで大きな違いのない環境と知って足り得る人間との関係性の中で生きてきたから、相手と自分に対して違いがあることを感じる事なる他者と関わりを持ってるけど、本来初めましてってそのくらいすごいスパークだと思うんだよね。

だって全く違う場所で違う経験をして違う思想、思考、環境、で生きてきてるわけで。
違うのが当たり前なんだよね。

だからさ、違くていいんだよ。
違う事で排斥されたみんなを肯定してるよ。
僕らは人のふりした宇宙人だから違くていいんよ。

あとね、大人になるって事が何か分からないけど、自分で自分の道を選んで歩んで行くようになったら、関わりたくない人とは関わらなくてよくなるし、違う事を排斥する人達にも会わなくなるからね。
会わなくなって考えなくなったらもうそれは世界にいないに等しいからね。
大丈夫、君をいじめる人はみんな君の世界からいなくなるよ合田口少年。

優しい人にも囲まれるよ、違いを面白い事として捉えてくれる人たちもいっぱいいるから大丈夫。
人と違う事は大きな長所だよ。
自分の宇宙を生きて、色んな宇宙がある事は面白がったらいい。

何が言いたかったのかわかんないけど
人と違う事で排斥されてしまう人たちにただ大丈夫だよって言いたいだけかもね。

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