魔法の森のくるみとナッツ 第2話
第2話 わたしのお母さん
(現代)
くるみ「じゃ、お父さん、私、学校行くねー」
お父さん「あ、くるみ、ちょっと待ちなさい。」
お父さん、大きな青色の石が輝くペンダントを持ってくる。
お父さん「くるみ、10歳の誕生日、おめでとう。これは特別なペンダントなんだ。きっとくるみを守ってくれる。」
くるみ「ありがとう。お父さん、私の誕生日覚えててくれたんだ」
お父さん「当然だよ。忘れるわけないじゃないか。」
くるみ「嘘だ。去年も一昨年も忘れてた」
お父さん「あはは、そうだったかな」
くるみ「じゃ、行ってきまーす」
くるみ、扉を開けて出て行き、後に残されたお父さんの前で、大きな音をたてて扉が閉まる。
お父さん「やれやれ、参ったな・・・・・(空を見上げながら)見てるかい?くるみもようやく10歳になったよ」
くるみが家を出ると、隣の家に住む、まことくんとばったり出会った。
まこと「くるみちゃん、おはよう」
くるみ「あ、まこと君、おはよう」
まこと「何それ、綺麗なペンダントしてるね」
くるみ「うん、お父さんからの誕生日プレゼント」
まこと「優しいお父さんだね」
くるみ「・・・優しいだけなのよ。」
まこと「・・・お父さんの事、嫌いなの?」
くるみ「・・・まこと君は幼なじみだから言っちゃうけど、誰にも言わないでね。
・・・実は、私も最近知ったんだけど、私のお母さんが死んだのはお父さんのせいなんだって。
昔、私達が魔法の森に住んでた時、お母さんから絶対に開けちゃダメと言われてたトランクをお父さんがこっそりと開けちゃったんだって。
それで、中に封印されていた怪異の封印が解けちゃって、お母さんはその怪異と戦って死んだんだって。
約束を破ってトランクを開けたのもどうかと思うし、自分の奥さんを守ろうと戦いもしない男ってどうなの!」
まこと「そりゃあ、お父さんは普通の人間だもの。魔法も使えないのに怪異と戦うのは無理だよ」
くるみ「それはまあ・・・そうなんだけど。」
まこと「そうそう、魔法の森といえば、森に魔法力を供給していた聖なる鳥、フェニックスが何者かに連れ去られちゃったらしいよ。
あと一ヶ月もすると森全体の魔法力が尽きて、魔法使いや妖精が住めない森になっちゃうって、今、ピスタチの森では大騒ぎしてる。」
くるみ「へぇー、まこと君、相変わらず魔法界の事に詳しいのね。」
まこと「うん、僕、魔法使いに憧れてるからね。昨日も森の魔法使いの友達と遊んでたんだ。
その、フェニックスを祀ってあった神殿は普段から魔法使い達によって厳重に警備されていたのに、何故か全員、気づかないうちにあっさりと魔法で眠らされていたらしいんだ。
ピスタチの森でも指折りの魔法使い達があっさりと術をかけられてしまうなんて、これはとても信じられない事だって」
くるみ「へぇー、世の中、凄い人っているものねー」
まこと「・・・さっきの話に戻るけど。」
くるみ「?」
まこと「くるみちゃん、お母さんに会いたい?」
くるみ「会いたい!私がまだ一歳の時に死んじゃったから、殆ど覚えてないの!」
まこと「実はね、今日の夕方、この町で日食が起こるよね。
日食の時は太陽と月が一直線に並ぶから、その引力に引き寄せられて、一時的にこの町周辺の魔法ポテンシャルが格段に上がるんだ。
魔法使いや妖精達の魔法力も上がるから、その、ナッツくんだっけ?時間を操る妖精も、もしかしたら10年くらいは時間を遡れるかもしれないよ」
くるみ「え?本当?」
まこと「ただし、こっちの世界で日食が終わる4時間後には魔法力の増幅効果が切れるから、自動的に本来のこの時間に戻って来てしまうけどね」
くるみ「4時間?4時間あれば充分よ!そうだ!じゃあ、9年前に戻って、お父さんがトランクを開けるのを阻止してやるわ!」
まこと「歴史を変えてしまっちゃダメだよ。こっちの世界が色々壊れちゃう」
くるみ「うーん、そうなの?じゃあ、せめて一目お母さんに会うだけでも!」
(9年前)
くるみとナッツが時空間から現れて、ピスタチの森にドサッと落ちる。
くるみ「いたた、ここ、ほんとに9年前なの?」
ナッツ「・・・だと思うんだけど・・・」
くるみ「この頃、私達が住んでたログハウスがあっちにあるはず。行ってみよう!」
ログハウスの窓からそーっと覗くくるみとナッツ。
家の中にはお父さんとお母さんが向こうを向いて座り、何かを覗き込んでいる。
そのうち、お母さんが台所に立つと、二人が覗き込んでいたものが見えた。
くるみ「私だ!私!1歳の時の私!」
くるみの脇にはくるみを守るようにして大きなセントバーナード犬がうたた寝していた。
くるみ「あ!前にうちで飼ってたヘーゼルもいる!懐かしいなー」
お母さんが台所から哺乳瓶を持って来てお父さんに渡す。
お母さん「私、そろそろ出かけなきゃならないから、あと、お願いね。あ、あと、ヘーゼルに餌をあげるのも忘れないでね。」
お父さん「お前、また出かけるのか!こうしょっちゅう、一体どこへ行ってるんだ!」
お母さん「あ、そうそう、奥の押入れにしまってあるトランク、絶対に開けないでね。明日には何とかするから」
出かけようと玄関に出るお母さんをお父さんが追いながら言う。
お父さん「おい、何処へ行くんだ!今日はくるみの誕生日なんだぞ!」
お母さん、黙って出かけて行ってしまう。
くるみ「・・・なんか聞いてたのと違う・・・凄く優しいお母さんで、お父さんとお母さん、凄く仲良かったって聞いてたのに・・・」
ナッツ「・・・お母さんの後をつけてみようか?」
くるみ「そうね!ついて行ってみよう!」
お母さんはしばらく森を歩いた後、池のほとりに出るとトランクの中から魔法の剣を取り出した。その場で「フライ!」と剣を一振りしたかと思うとお母さんの体はふわりと宙に浮きあがり、そのままお母さんの姿は東の空の彼方に消えて行ってしまった。
くるみ「あーあ、飛んでっちゃった。」
ナッツ「あーあ、僕たちも早く空を飛べる様になりたいねー」
ナッツは何気なしに、さっきののお母さんの真似をして「フライ
!」と魔法の杖を振った。
その時、一瞬くるみのペンダントがキラリと光った。
そして二人の足がふわりと宙に浮き上がった。
ナッツ「!!!」
くるみ「・・・飛んだ!ナッツ、いつの間にか出来るようになってるじゃないの!さ、お母さんの後を追うわよ!お願いね!」
眼下一面に広がる緑の森を東へ向かって飛んで行くと、はるか向こうに身長10m程の怪異が暴れているのが見えた。
その怪異の周りをひらりひらりと飛び回りながら戦っている魔法使いがいた。
お母さんだ!
怪異は図体がデカい割にすばしっこく、お母さんの電撃攻撃を巧みにかわしながらお母さんに火炎攻撃を仕掛けていた。
くるみ「ああ、お母さんが危ない、、、ナッツ、どうしよう。」
ナッツ「僕、飛べるようになったと言う事は、もしかして」
ナッツはまた魔法の杖を振ってみた。
パリッと電撃の火花が散る。
ナッツ「くるみちゃん、僕、電撃撃てるかも!」
くるみ「ほんと?じゃあお母さんの反対側から攻撃して、注意を引きつけるのよ!」
二人はそっと怪異の背後に回り込み、ナッツが電撃を放った。
ナッツ「エレクトリック・スパーク!」
怪異にダメージはなさそうだったが、長い首を二人の方に向けて、ギョロリと睨んだ。
今だ!
隙を見せた怪異に対し、お母さんが強烈な電撃を放った。
お母さん「エレクトリック・サンダー!!!」
怪異は強烈な電撃をまともに浴び、うめき声を残してドッサーと地面に倒れ込んだ。
お母さん「ふうーっ、助かったわ。あら、あなた達、見慣れない顔ね。私はこの森に住む魔法使いのテレサ。貴方達、どこの森の魔法使いなの?」
くるみ(うわー!お母さんだ、お母さんが生きてるー!)「あ、あ、あ、あの、私の名前はくるみ、こっちは友達のナッツ。私達はその、ちょっと遠くの森というか、その・・・」
お母さん「?もしかしてバックムーンの森?」
くるみ「え、ええまあ」
お母さん「そう、とにかくありがとう。お礼に夕ごはんおごるわね。」
お母さんが魔法の剣を振ると、一瞬でパチパチと燃える焚き火が現れ、その上には美味しそうな匂いのお鍋がぶら下がっていた。
焚き火にあたりながらお母さんと食事をするひと時、くるみは楽しかった。
幸せだった。
お母さんに抱きつきたい衝動を抑えながら、全然魔法が上達しないの、などと取り留めのない話が止まらなかった。
お母さんはくるみの話を、にこにこと聞いてくれていた。
しばらくして、くるみは先程のお父さんとお母さんの会話を思い出し、思い切って聞いてみた。
くるみ「あの・・・この森で一体何をしてるんですか?」
お母さん「ああ、この森に住む魔法使い夫婦は当番で森の警備をしなくちゃいけないの。当番といっても、私の旦那は人間ってだからねー、怪異と戦う力はないし、私が旦那の割り当て分も含めて二人分やってるんだけどね、正直疲れるねー。でもこればっかりは旦那にやれって言っても無理だからねー。・・・あ、ごめん、愚痴になっちゃったね。忘れてね。」
その時、ふとお母さん、くるみが自分と同じペンダントをしてる事に気づく。
お母さん「そのペンダントはどこで?」
くるみ「これ?今日の私の10歳の誕生日にお父さんからプレゼントとしてもらったの!」
お母さん「ちょっと見せてくれる?」
お母さん、ペンダントをじーっと見つめるうち、ペンダントがキラリと光った。
お母さん、突然何かを悟ったかのようにふふっと微笑んだ。
お母さん「あなた、お母さんは?」
くるみ「私のお母さん、私が1歳の時に死んじゃったの・・・」
お母さん「・・・そう・・・そうなのね」
そのまま、お母さんはしばらく焚火をぼんやりとながめていた。
・・・・・・・・
お母さん「そうそう、あなた、今日誕生日なのよね。じゃあ、私からも一つプレゼントしてあげる」
お母さんは自分のトランクから魔法の剣を取り出した。
お母さん「これ、私が前に使ってたやつなんだけど、私にはちょっと短くって。あなたにはちょうどいいから、あなたにあげるわ」
くるみ「うっわー!ありがとうございます!」
お母さん「あなたは魔法の杖よりも剣の方が相性がいいと思うわよ。ちょっと使ってごらんなさい。」
くるみはおそるおそる「フライ!」と剣を振った。
・・・くるみの体がふわりと宙に浮いた!
くるみ「出来た!出来た!私にも魔法が使える!」
お母さん「魔法使いの血と道具の相性って大事なのよ。」
くるみ「ありがとうございます!私、これからいっぱいいっぱい、練習します!」
お母さん「ふふっ、あなたたちなら、すぐに補助輪なしで大きな魔法が使えるようになるわ。魂が綺麗だもの」
くるみ「補助輪?」
お母さん「ふふ、何でもないわ。じゃ、私は仕事に戻らないと。もう暗くなっちゃったから、二人とも、気をつけて帰るのよ。」
じゃあね、元気でね、とお母さんはくるみを強く抱きしめてくれた。
魔法初心者の二人はよろよろと飛びながら、再び森のログハウスに向かった。二人は飛べる喜びに浮かれる反面、終始無言だった。
くるみ「どう思う?お母さんが出かけるわけ、お父さんにも言った方がいいかな?」
二人がログハウスの上空まで戻ると、もうあたりは真っ暗だった。
その時、突如家の中から猛獣のような、何か恐ろしいものが吼える声が二人の耳をつんざいた。
急ぎ窓から家の中を覗くと、紫色の体をした、鋭い牙と爪を持つ怪異がお父さんがを襲っていた。
くるみ「お父さんがトランクを開けちゃったんだわ!」
お父さん、必死にテーブルを盾にしているが、テーブルも食いちぎられてしまった。
くるみ「でも変だわ。お父さんがここで死ぬなんて歴史はおかしいもの。お父さんを助けなきゃ!!」
くるみとナッツが窓の外から怪異の背中に電撃を放つ。怪異は全くダメージは無いようだったが、二人に気付き、窓ガラスをぶち破りながら外に出て来た。
怪異は凄まじい大声で咆哮する。
くるみとナッツはたまらず、きゃあーっと上空に飛び上がって逃げた。
怪異も飛びながら追ってくる。
追いつかれる、もうダメ、と思ったその時、突然怪異が悲鳴をあげた。
続いて何か大きな力が怪異を地上に引き摺り下ろす。
怪異が悲鳴を上げながらログハウスの中のトランクにおさまったかと思うと、トランクはガチャリと大きな音を立てて閉まり、再び怪異を封印した。
「二人とも、大丈夫かい?」
たまたま上空を通りかかった魔女のアマンダさんが騒ぎに気づいて助けてくれたのだ。
三人でログハウスの中に入ると、お父さんも怪我もなく無事だった。
アマンダ「このトランクは怪異が封印されてるんだから勝手に開けちゃダメだよ。ここの地区の怪異回収日は月曜と木曜の週2回だから、明日になればテレサが持って行くだろうさ」
お父さん「お三方、ありがとうございます。助かりました」
アマンダ「あんたかい、テレサの人間の旦那ってのは」
お父さん「人間?」
アマンダ「おや、あんた、テレサに聞いてないのかい?テレサは魔法使いなんだよ。かわいそうにテレサ、旦那のアンタが魔法が使えないもんだからアンタの分も2人分働いてるのさ。」
お父さん「!!!・・・そうだったのか・・・知らなかった・・・」
アマンダ「今の魔法の森の規則はそもそも人間と結婚する事なんて想定されてないからね。でも今、森の長老達がこの問題について協議してるから、来年からは規則が改正されて、テレサも楽になると思うよ。テレサ、今日も当番で森の警備だろ?帰ったら優しくしておやりよ。」
そう言い残してアマンダは空へ飛び立って行った。
日はとっぷりと暮れて、もう外は真っ暗だった。
くるみ「じゃあ、私達もそろそろ・・・」
と、その時、森の中でドサッと何かが倒れる音がした。
三人がおそるおそる見に行くと、そこには傷だらけのお母さんが倒れていた。
お父さん「おいっ!お前っ!大丈夫か!」
お父さんは急ぎお母さんを抱き抱え、家の中のソファーに横たえた。
お母さんはくるみが持って来たコップの水を一息で飲み干すと、言った。
お母さん「・・・油断したわ・・・。怪異に追われて来たけど、・・・この家には結界を張ったから中にいれば大丈夫・・・。一時間くらい休んで、私の体力が回復したら退治するわ・・・。」と、言ったきり、お母さんはそのまま泥の様に眠ってしまった。
外では体長10mはあろうかという巨大な怪異が獲物を探して歩き回っていた。
くるみ「ひぇぇ、あんなの、私達の電撃じゃ無理よね。助けを呼びに行こうにも、他の魔法使いさん達って何処にいるのかな?」
お父さんはずっとお母さんの手を握っていた。
突如、隣の部屋からカミナリが落ちた様な音がして、怪異の吼える声と共に、巨大な殺気が流れ込んで来た。
そしてセントバーナード犬のヘーゼルが激しく吠える声。
くるみ(この声はまさか!)
くるみは急いで隣の部屋に走る。
そこには、興奮しているヘーゼルと、開いたトランクと、封印の解けた怪異と、そして、トランクの鍵をいじっている一歳のくるみがいた。
くるみは愕然とした。
くるみ(え?わたし?わたしのせいなの?)
怪異が発する紫色の殺気が部屋中に渦巻く中、ヘーゼルが懸命に幼児のくるみを守っていた。
ドアで立ちすくむ、くるみをよそに、お父さんが素早く部屋に駆け込み、幼児のくるみを抱き抱えて戻って来る。
くるみ(うそ、うそよ、待って、この先どうなるんだっけ?お母さんが、お母さんが死んじゃうの?わたしのせいで?)
強い殺気を感じたお母さんが目を覚ました。
お母さん「これは・・・マズイわ」
お母さんはよろよろと剣を持って怪異に立ち向かう。
くるみ「お母さん、やめて!」
くるみはお母さんに抱きついた。・・・が、くるみはお母さんに触れる事が出来ず、すり抜けてしまった。
くるみ(なんで?体が、私の体が透けてる・・・時間切れなの?)
見るとナッツの体も透け始めていた。
お母さんはよろけながら怪異に電撃を放つが、上手くかわされ、逆に怪異の口から吐く紫色の呪いをまともに足に受けてしまった。
お父さんは必死にお母さんを担いでリビングに戻る。
ヘーゼルが怪異に跳ね飛ばされてリビングまで転がって来た。
お父さんは急いで部屋のドアを閉め、ドアの前にテーブルとソファを積み、ドアを塞いだ。
お母さんは息が荒くなっている。辛そうだ。
怪異は閉められたドアを食い破りつつある。
リビングに出て来るのも時間の問題だ。
くるみ(どうしよう! どうしよう! 私の体が透けてる! 何も出来ない!
このままじゃお父さんも、お母さんも、一歳の私も、ヘーゼルも、みんな、みんな死んじゃう!
なんで? どうして? わたしがこの時代に来たせい?
なんで? どこで間違えたの?)
お父さん「テレサ、大丈夫か?」
お母さんは苦しそうに喘いでいる。
お父さんは苦しそうなお母さんの顔をしばらく見つめていたが、やがて顔を上げた。
お父さん「あいつらの目的は生命エネルギーなんだろ?俺があの怪異を家の外、結界の外までおびき出す。テレサ、今まですまなかったな。」
お母さん、目を開ける。
お母さん「え、・・・ちょっと待ってあなた・・・外にも・・A級の怪異がいるのよ・・・」
お父さん「くるみの事、頼んだぞ!」
お父さん、お母さんをぎゅっと抱きしめる。
そして、その手でお母さんの頬と幼児のくるみの頭を優しく撫でた。
怪異がドアを食い破って出て来た。
お父さんが怪異の前に立ちはだかる。
怪異がお父さんに襲いかかる。
お父さんは怪異の攻撃をすんでの所でかわし、玄関のドアを開けて外へ飛び出した。
くるみはもう我を忘れて叫んだ「お父さんっ!!」
もうどうしようもなかった。
成すすべがなかった。
もうくるみには泣く事しかできなかった。
お父さん「そら!こっちだ、こっちだ!俺が1番生命エネルギーが沢山あって美味いぞ!」
怪異はお父さんを追って玄関を出た。
お父さんは走る。
外にいた、巨大なA級怪異もお父さんに気づいて襲う気だ。
2匹の怪異に追われるお父さん。走る、走る。
家から少しでも遠くへ、遠くへ、お母さんから少しでも遠くへ、遠くへ、くるみから少しでも遠くへ、遠くへ、と必死に走った。
お父さんはもう限界だった。足はもつれ、木の根っこに蹴つまずく。
転んだお父さんに背後から二匹の怪異が咆哮しながら襲いかかる。
お父さん(ここまでか・・・二人とも、達者でな)
しかし、その咆哮は、怪異同士の食い合いのほえたけりだった。
お父さんが振り向くと、怪異同士が食い合っていた。
長い間、揉み合った末、A級怪異が紫色の怪異にトドメを刺した。
戦いに勝ったA級怪異は、それからおもむろに倒した怪異をむしゃむしゃと食い始めた。
お父さんは精も根も尽き果てて、しばらくそれを眺めていたが、突然、怪異達の姿が目の前から風の様に消えてしまった。
見ると、お母さんが剣を握ったまま倒れていた。
お父さんは驚いて駆け寄った。
お父さん「おいっ!大丈夫か?しっかりしろ!」
お母さん「もう大丈夫よ。残った一匹も封印してやったわ。」
お父さん「もう話さなくていい。待ってろ、今、医者を呼んでくるから!」
お母さん「・・もうこの体は呪いが回ってしまってダメだわ・・・。ねぇ、お願い、・・・わたしの残りの命をこのペンダントに移して私はしばらく眠りにつくから、・・どうかくるみの10歳の誕生日にこれを渡してあげてちょうだい。」
お父さん「くるみの10歳の誕生日に?」
お母さん「そういう事になってるみたいなのよ・・。ふふっ」
お父さん「おいっ!しっかりしろ!おいっ!」
最期にお母さんの手が、お父さんの頬を優しく撫で、そして、やがて、力なく地面に落ちた。
くるみとナッツはもう時間切れだった。存在が消えていく。本来いるべき時間へと戻って行く。
くるみ達にはずっとお父さんが絶叫する声が、泣き叫ぶ声がこだまの様に聞こえたが、もうどうする事も出来なかった。
(そして再び現代)
くるみとナッツが現代のくるみの部屋に、ドサッと帰って来た。
くるみもナッツも、もうどうしようもなく泣きじゃくっていた。
その声にびっくりしたお父さんは慌てて部屋に飛び込んで来た。
くるみはたまらずお父さんに抱きつく。
くるみ「お父さん、お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、わたし・・・うわあああん!」
お父さんは何が何だか訳がわからなかったが、お父さんはくるみが泣いていればいつも抱きしめてあげるのだ。
お母さんに託されたかわいい娘だから。
優しいお父さんに抱きしめられているくるみ。
気のせいか、くるみの胸のペンダントが、その時、優しく光った様な気がした。
(続く)
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