戦争と呼ばれるライブを続ける~上~

「メンバー全員がメンバー全員と戦争してるみたいだよ」

 狭く落書きまみれの楽屋でバテている私にバンドをやっている友人が声をかけた。その時、私は達した。全ての意味でだ。そしてここから先、どう進めば良いかわからなくなっていた。

 私はパンクバンドをやっている。音楽はやっていない。変な言い回しではあるが、このようにしか言えないのだ。初めてギターを持ったのは高校2年の時、ボンクラ高校生らしく従兄弟が使わなくなったアリアプロ2の重たいストラトタイプを譲り受け、月間歌謡曲ことゲッカヨを購入しブルーハーツなどの弾き語りを練習していた。考えればこの時はまだ多少音楽をしていたのだと思う。
 一年間ギターを弾きまくった。本当に弾きまくった。どのくらい弾いたかというと、夏にギターを手にして糞暑い部屋に引きこもり、ブランキージェットシティやミッシェルガンエレファントやギターウルフの楽曲を流してデタラメに弾いた。春休みを終えたころ、当時100kgほどあった体重が72kgになっていた。そのくらいに引きこもり、飯もほとんど食わず、起きている時間をギターに注ぎ込んだ。
 しかしギターの神は私に微笑まなかった。全く上達しなかったのだ。20年以上弾き続けて綺麗にFを押さえられない現状に涙が出そうになる。神よ、そこまで私のことが嫌いでしょうか?貴様が嫌いでも俺はお前を選んだのだから付き合ってもらうぞ。気分はもう山賊です。山賊気分で弾き続けた。そんな私を不憫に思ったのか、バリテクギタリストの友人が色々と教えてくれたが全く上達しない私に向かってこういった。

「練習して上手くならないならしょうがない。動きと顔でごまかすのだ」

「ギターウルフみたいになれば良いのか?しかし、アンプにギターをつないでもあんな音が出ない」

「家庭用のアンプじゃ無理だ。だがコレを使え。だがこれに頼りすぎるな。いや、もう頼って良い。指が吹き飛ぶまで弾くのだ。そういうギタリストもいる」

 私が貸してもらった物質はエフェクターという物質だった。真っ黒なボディーにオレンジの文字。即ち、メタルゾーン。帰宅してアンプに繋ぐとまるでプロになったかのような音が出る。最強だ。ますますギターをちゃんとひかなくなり、歪みまくった音を全身で感じながら怪しい連続運動と気持ち悪い顔芸は加速した。

 人生初のライブは高校3年の時だ。ドラムマニアが上手い友人にドラムをやらせ、バリテクギタリストにベースを弾かせ、私はギターボーカル。完全に「当方ボーカル!メンバー募集!」である。類義語は人間のクズだ。
 文化祭、体育館にセッティングされたアンプにドラム。かき鳴らすギター。叫ぶボーカル。そんな青春を夢想したことはあるか?私は経験した。それは見世物とは思えないレベルの地獄だった。当時、私はいわゆる陰キャ。ギターをやっていることを知っている人間は少ないし、ドラムと一緒にゲームセンターでゲームを繰り返す存在だった。正直文化祭ライブなんて出たくなかった。学年のお調子者やヤンキーが私を囃し立てるために前の方に来る。

 演奏する楽曲はギターウルフの「ロックで殺せ」ミッシェルガンエレファントの「ダニーゴー」「フリーデビルジャム」。この三曲。演奏前から響き渡る帰れコール。正直泣きそうだ。しかし、ロックスターが泣いて良いのはチケットノルマを超える集客を集めた時だけだ。まだ泣いてはいけない。バリテクギタリストはこう言う。

「ギターウルフはアンプに付いてるダイヤルを全部右に回してる」

 そのようにした。アンプはたしかマーシャルのJCM800だった。メタルゾーンも設定が良くわからないので全て右にまわしてみた。途端、信じられない音量のハウリング。何も聞こえない。困ってバリテクギタリストを見るとニヤニヤ笑いながらなにかを言っている。全く聞こえない。多分、私は正解を突き進んでいる。

 右腕を思い切り振り下ろす。学生服を着たスポーツ刈りの陰キャ(デブ)が私だ。ギターは「音が出る」程度にしか弾くことができない。小動物程度なら脳震盪でKOできる程の爆音が背中を直撃した。体育館に集まっている学生はほぼ全員耳を押さえている。ドラムがなんの合図もなしに曲をはじめた。必死で弾く。マイクに向かって叫ぶ。それを10分程度。

 楽屋になっていた体育倉庫に戻るとすぐに着替えてその場から逃亡した。人の反応なんて見たくなかった。誰とも話したくなかった。心の中に湧き上がる衝動を独り占めしたくて仕方なかった。

 次の日から周りから「後藤は凄いライブをする」なんて言われなかった。私のライブの後にバリテクギタリストがギターを務めるバンドがXやB'zやハイスタンダードを演奏し、それが凄かったらしく皆の脳から私の音楽だけが消失していた。

 もうライブはやりたくない。バンドなんて組むことはない。これっきりだ。その時は、そう思っていた。そう信じていた。しかし、スポットライトと爆音を浴びることで人間のDNAは変質する。一種の麻薬中毒者のように求めてしまうのだ。私は機会が無かったのでライブをすることは無かった。それがいけなかった。音楽を浴びるほど聞き、ライブハウスに通い、自分も再度演奏したいと思いながら自宅でギターをかき鳴らす。

 病状は思ったより深刻で、確実に進行していた。ある種の信仰を身に纏いながら。

下に続く

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