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ドサクサ日記

18日。
敬老の日に蕎麦屋に行くと、長寿の祝いということで高齢者割引が開催されていた。隣の席には老婆がふたり。鍋で煮た何かと丼的な何かを注文した様子だったが、小さいぶっかけ蕎麦と普通のかけ蕎麦がそれぞれにサービスされていた。そんなに食べられるはずもない。なにしろ、老婆たちの話題はもっぱら食事と健康に関することで、「最近は医者に言われて5食にしていて、10時と15時、これは理にかなっている」みたいな、細った食に対する対策のあれこれが話題の中心だった。そうしたなか、煮込みを食べていた老婆の強烈な一言が胸に刺さった。「生涯に食べたなかの蕎麦で一番不味い」。確かに、俺が食べている蕎麦も美味しいとはいえないクオリティだった。さらに老婆は続ける。「蕎麦というよりもメリケン粉を食べている感じ」。腹がいっぱいだったのかもしれない。悲しいことだと思った。

19日。
リハーサル。連休明けだというのに、身体がむちゃくちゃに疲れている。こういうときはステーキしかあるまいと思って、某ステーキチェーンでステーキを食べた。分厚い牛肉をはじめて食べたのは小学生のときだっただろうか。慌てて飲み込んで喉に詰まりそうになったのを覚えている。レストランで食べるなんて贅沢過ぎてなんらかの罰が当たるような所業だと思っていた。今は安価過ぎて、ちょい怖。

20日。
ボイトレからのリハーサル。もうツアーが始まると思うと恐ろしい。膨大な歌詞を頭に叩き込み、コードも暗記する。リハーサルが始まる前には絶対無理だと思っているが、何度も演奏するうちに覚えてくるのだから不思議だ。譜面やプロンプターは早いうちにリハの現場から撤去する。そうしないとやっぱり頼ってしまう。人間の身体や脳は案外怠け者にできていて、あっさり機能を投げ捨てるところがある。

21日。
ミックス作業からのリハビリ。なかなかミックスの時間を捻出するのが難しいけれど、集中して作業。足らないところはまた後日。50歳までには、録音やミックスのエンジニアとして、その末席に座りたいと思って努力をしてきた。まあ、俺に仕事を頼むひとにはいろいろな事情があって、駆け込み寺的なところもあるので、まっすぐな仕事への需要ではないにしろ、アルバム作りに参加できることの喜び。

22日。
ツアー初日、新代田FEVER。久しぶりのライブハウスはとても楽しかった。舞台装置などの演出によって特別なステージを作ることも楽しいが、こうして楽曲のポテンシャルと演奏だけという丸裸の環境は楽しい。フルチンで海に飛び込む開放感。店長の西村さんが居なかったら、我々は拗ねて未来永劫にわたって下北沢に寄りつかなかっただろう。唯一説教をしなかった店長、それがシェルターの西村さんであった。このようなライブハウスを新代田に作ってもらって感謝しかない。FADの夏目君にも聞いたが、コロナ禍のライブハウス運営はとても大変だったのだという。経済的な打撃は存続を危ぶむほどだったと思う。場によって育まれたコミュニティでもあるので、人が集まらないということで薄れてしまう関係もあっただろう。学生や若い子たちがはじめてライブをする場が失われたことは、大きな損失だったそうだ。新しくコミュニティに入ってくる人がいなくなってしまう。行ったことのないライブハウスの場所を知るのは難しい。俺もライブハウスの場所を認識したのは、自分でやろうと思ってからだった。そうやって、どうあれ去っていく人と新しく訪れる人の循環が成り立っていた。街から忘れられるように、場所が消えてしまう恐怖。ふいにライブハウスツアーがしたくなった。実現可能かどうか探る。

23日。
さすがにライブの翌日は疲れている。しかし用事があるので繁華街へ。行ってみたかったインディペンデント系の書店で買い物をし、ついでに同じビルにあった洋服屋に喫茶店が併設されたお店でお茶。いい感じのジャケットも買った。最近は秋が短いので、気がつくと薄手のジャケットやコートを着損ねることが増えた。も、もうダウンなのか…という感じで。春は春で、あっという間に暑くなる。難しい。

本は良いよなぁ。

24日。
ダルい。ただただ肩が痛ダルい。昼寝をしたり、ウダウダしたり、ウダウダに飽きてダウダウしたり、本を読んだり、ご飯を食べに行ったりした。批評的であることは知的であることかもしれないが、生活の節々について批評的になると楽しみがリダクションされることがある。ああ、美味しかった、とシンプルに言えることは才能だと思う。感想の機微をすべて言葉にする必要がないときもある。

Cover Photo by 山川哲矢