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蟄居通信・号外「ルノホート通信」と「月の中にいる男」

先日、蟄居通信vol.2を配信しました。

蟄居通信についての記事はこちら

こちらでも少し触れているとおり、
蟄居通信は当初から、隔月で号外を出すつもりで計画していました。
名前は「ルノホート通信」。

蟄居を「”活動できない=冬眠”が明けるまでの準備期間」と謳っているにもかかわらず、
蟄居通信を単なるインドア系情報コンテンツとして編集・配信するだけではゴタンダ的に不十分だと思ったため、定期的に号外で創作コンテンツを挟むことにしたのです。

「ルノホート通信」は、月の住人「月男さん」なる人物が月面から配信している、というメタ設定のメルマガです。月面からメールが届いていると思って楽しんでいただけると幸いです。

月男さんについて少し。
月男さんは、2006年頃、わたしがまだ高校生をしていたときに生まれました。
月男さんは、ささやかな家庭菜園を生活の中心として、いつもそこに見える地球に対しては特に何の感情も抱かずに月面で孤独に暮らしています。ある意味究極の蟄居ライフを送っている人物です。月面にいるため、風を知らず、雨に打たれたこともありません。たまに地球人からちょっかいをかけられたり、ロケットに載った”客人”が来ますが、平穏な生活を乱されることを迷惑に思っています。

そんな月男さんを描いたゴタンダクニオの代表作「月の中にいる男」第1話を以下に公開して、このポストを締めくくりたいと思います。

蟄居通信号外コンテンツ「ルノホート通信」01は10月15日頃配信予定です。

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「月の中にいる男」01 ゴタンダクニオ

 あるとき、月の中にいる男は家庭菜園に水をやっていました。
 ご自慢の家庭菜園には、ほんとうのところを言うとあまり好きではないカブが育っています。一面カブだらけで月男はうんざりしますが、次はかわいいレタスを植えるつもりでいます。
 そんなことを考えながらじょうろを傾けていると、中身が空になったので、井戸に水を汲みに行きました。そしてたまたま空から落ちてきた矢が、自分の家の屋根に刺さるのを見てしまいました。
 月男はあっと叫ぶとじょうろをそっと地面に置き、口をへの字に曲げてワンサイズ小さな手袋を外そうと格闘しながら家の中に入りました。

 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル

『もしもしこちら国際宇宙センターです』
長い呼び出し音の後、やっと誰かが受話器を取ってくれました。
「たった今おたくから矢が飛んできて、屋根に穴を開けました。畑に刺さっては困るので今すぐ弓道大会をやめてください」
『月男さんですね。ええっとこちらも天文部が何か観測したようです。詳しいことはそちらでお聞きになってください』
月男が何か言う前に、受付の人は内線につなげてしまいました。

プルルップルルップルルップルルップルルッ

『もしもしこちら国際宇宙センター天文観測部です。月男さんですね』
短い呼び出し音の後、暇そうな誰かが受話器を取ってくれました。
「例のアーチェリー選手権を今すぐやめてもらいたいのですが」
そう言っている間にも、二本目の矢が井戸の中目指して吸い込まれていきました。
『ご迷惑おかけしています。しかしながら競技の催しの類いというわけでもないらしいんですよ』
「どういうことですか」
『ある男がなぜか、天に向けて次から次へと矢を放っているのです』
「いったい何のために」
『わかりません。わかっているのは彼がまさに宇宙一の矢の名手だということですね。月面にうさぎでも見つけたのかもしれないな』
電話相手は自分のジョークにご満悦のようすでしたが、
「カニでもライオンでもワニでもないところを見ると彼はアジア人なんですかね」
月男は不機嫌に「とにかくやめさせてください」と言い募ります。
電話相手はしばらくしょんぼりしていましたが、
『あっ今取材班が戻ってきました。何か聞いてきたようです』
月男が耳を澄ましていると、受話器の向こうではざわざわと喧騒が聞こえました。
『フム、どうやら月を打ち落としたいのだそうです』
「そんな……困ります」
『そうでしょうねえ』
「どうにかなりませんか」
『こちらのマイクで彼とつながっています。話しますか?』
ただでさえ「地球―月回線」でつながりにくいのに、そのうえ向こうの受話器にマイクを押し当てる荒業をやったので、たいそう聞こえにくいものでした。月男は受話器感度を最高にして話し口にひっつきました。
『ザーザーどちらさまですかザーザー』
「月に住んでいる者です。あなたの矢が当たって困っています」
『届きましたかザーザー』
「届きましたよ」
月男がここぞとばかりに畳みかけようとする前に、男は勢い込んで言いました。
『落ちませんか?』
「……落ちませんよ。カブに刺さっちゃ困るんですよ」
『話はできましたか?』
マイクが離れていって、天体観測部の人が割り込んできました。
「ええ、まあ」
『厳重注意しておきますよ。何しろ相手は宇宙一の矢手なのでね』
そして月男は受話器を置きました。ちいさな手袋をどうにかはめながら外に出て、置きっぱなしだったじょうろに水を満たすと、畑の横に、いつのまにか月面に辿り付いていた三本目の矢を見つけました。矢柄の三分の二までが深々と突き刺さっています。持っていたじょうろを傾けて水を注ぐと、地面と接していた矢柄から芽が出てぐんぐん伸びていきました。
 そして大きな木になりました。

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