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【ストリップ鑑賞記録】ストリップ・トリップ

※未成年の方の閲覧はご遠慮ください※

城崎の温泉宿には、かつてのストリッパーが現役で、磨き上げた熟練の秘儀を見せてくれるらしい――友人がどこからそんな話を仕入れてきたのか、嘘か真かもわからぬ話を聞かせてくれたのが十年以上前だから、高齢化しただろう彼女たちの消息とその秘儀については確かめられないままになってしまった。しかし、そのときに得た「現代日本にストリッパーという生業がある」という知識は、その後十年以上にわたって僕の中に澱み続け、広島のとある居酒屋で酔の紛れに取り交わされた口約束を果たすまでになり、ついに大阪は天満の「東洋ショー」に運ぶことになった。

かくして初めてストリップを鑑賞した、その感想を残す試みがこの記事になります。こういうビジネスそのものに対して、いい気持ちがしない人も当然いらっしゃると思う。僕だって大好きというわけじゃないけど、僕はもうストリップを鑑賞してしまった側の人間だから、そういう無意味な弁明はしないでおく。
わざわざ言うまでもないことかもしれないけれど、僕が主観で何を書いたとしても、それを読まないという方法もある。人を不快な気持ちにさせるために書いているわけではないですが、僕の主観によるこれらの感想が、何人たりとも傷つけずにいられる自信は正直なところありません。この記事を書くまでのあいだに、人類の有史からの、男と女、セックスとジェンダー、いろんなことを考えた結果、「悪いのは全部悪い大人じゃないか」という本質的でしかない結論にしか至れなかった僕の力量でもあります。

続けます。
さて、この日の待ち合わせに向かうにあたり、移動中の電車の中では納期の近い作業に没頭していたから、JR天満の改札に着いてHさんと合流するときもたいした心の準備ができているわけではなかった。そのまま世間話をしながら現地に着いてしまったから、僕はなんの心構えもせずに興味本位だけでその場所に着いてしまったわけである。スマホの普及していない時代に道案内を頼むことへの、利用客の心理的抵抗に配慮したものか、親切にも駅前に案内板があったり、通りのどこからでも入り口がわかるようにファサードに「東洋ショー⇒東洋ショー⇒東洋ショー⇒」とでかでかと書かれていたり、これが西日本最大級のストリップ劇場を擁する町か、と感心することしきりであった。その建物は果たして業務スーパーの二階に存在した。生活感と性風俗。生と性が床一枚を隔てて共存しているのである。

日常に潜む性娯楽(全然潜んでいない)
人に道を尋ねなくても大丈夫なようにしてあるのかな

そんなわけで、見上げればこういうファサード、中はいかにもなポスターが外からも見えてしまっているし、困って下に目をやるとなぜか盛り塩がしてあったのには慄いた。ここにきてわれわれが尻込みしているあいだにも、ふらっと現れた見知らぬおじさんたちはごく自然体な感じでひとりまたひとりと吸い込まれていく。

ついに観念して足を踏み入れ、言われるがままに券売機に四千五百円を投入し、一番後ろの座席に座ってから会場が真っ暗になるまでのあいだも、決してストリップを見る本当の覚悟が決まっていたわけではなかった。自分が本当にただの興味本位でここに座ってしまったことに最初に気づいたのは、一人目の踊り子が最初の開脚を決めた瞬間である。

念を押しておくと、この記事の後半は有料記事にはしてあるけれど、たいしたことは書かれていません。会場をあとにして僕が開口一番Hさんに言ったのは「ストリップってモザイクかからないんですね……。」などという童貞のそれみたいな間抜けなものだった気がする。有料記事から先も、踊り子の演目やパフォーマンス等について詳らかにしたためているわけでも、放送禁止用語を無意味に多用して読者の性的好奇心を満たそうとしているわけでもない。そういう意味ではせいぜい「しろくて丸いお尻」程度のことしか書かれていません。ただこういった記事をフルオープンにするのはどうかと思って、最低金額を設定させていただいた次第です。

さて、一人目の踊り子が最初の開脚を決めた瞬間、(あっモザイクがないのか、ここはそういう世界なんだった)とまずは大前提を調整しなければならなかった。僕がステージのこちら側から、画面を隔てて裸の人間を目の当たりにするとき、映画でもなんでも、それはたいていモニターをとおして局部を修正されているのが常である。まずそのチャンネルをきちんと切り替えてから挑まないと、軽く狼狽することになる。そして次の瞬間、(ここはもしかして興味本位などではなく、もっと切実な理由で訪れるべき場所なのでは?)と思ったが、それは最初の一時間を見終わる頃には考えが変わっていた。後述する。

もうひとつ前提の話をしておく。僕がこの日見た踊り子はいずれも二十代前半と思しき若い子たちだった。この子たちの十年後のこととか、この子たちを産み育てた親御さんのこととか、鑑賞中にまったく頭を過らなかったわけじゃない。ただ、僕はもう四千五百円を支払ってストリップ・ショーを鑑賞してしまった側の人間だから、こういうことを言う資格はないと思っている。議論したいのなら、四千五百円を支払う前にやっておくべきだったのだ。だからこの記事を読んで議論したくなった人は、申し訳ないけれど僕のいない場所でやってくださいね。

知らない人のために補足すると、僕が見たストリップ・ショーは踊り子一人につき一ステージ約二十分、前半に踊り子三人・撮影会・後半に二人・撮影会の計五人が、一日に四公演する。昼の腹ごしらえに離席したり、二回目の公演のあとは帰ったりしたから、もしかして最後のほうは仕様が違うかもしれないけれど、その日四千五百円を支払った者は、望めば一日中滞在でき、申告さえすれば外出自由なのであった。さてこの四千五百円、いったい高いのか安いのかわからなくなってくる料金システムである。四千五百円のうち、五百円はドリンクにも撮影会にも使えるチケットだったし、さらに早朝撮影券も配布された。その撮影券は終ぞ使われることはなく、持って帰ってきてしまったが……。
(余談:ドリンクチケットはライブハウスに来た時の感じで生ビールに引き替えたんですが、サーバーをきちんと洗っていないのか、とにかく不味かった。そもそもドリンクに引き換えずに撮影券に回す人のほうが多いのかもしれない。)

これを使う度胸はなかった

よく言われる話だが、この現代において、裸の価値は下がったそうだ。ピンク映画が廃れたように、性にまつわる娯楽はかつてのれん一枚へだてて棚いっぱいに用意されていたが、今やその棚すら維持できず、インターネットの海に放流されている。テクノロジーは軍事利用と性娯楽を先駆けとして発展すると言われるし、VR技術も当たり前になっていくだろう。僕とあなたを隔てるのは0.02mmとか0.01mmとかじゃなくって、遠隔の時差0.02秒や0.01秒の通信技術を競うようになっていく。そんな便利でお手頃な世の中で、どうしてストリップなのか

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