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「タンゴ・葉山・遊散歩」(9)


11月最初の日曜日、久しぶりに車を使って移動し、少し遠くでの散歩を試みた。
朝の散歩は、南郷公園に行った。
自宅から車でおよそ15分、8時の開園直後に着いた。
開園直後だというのに、すでに駐車場には車がずらっと並んでいた。

駐車場に車を止めると、助手席に寝そべっていたタンゴは早くもそわそわしだした。早く車から出してくれと全身で要求している。首も尻尾も同じぐらい頻繁に動かし、何とか外を見ようと助手席側の窓ガラスに背伸びする。

車から降ろしてやると、タンゴはリードを全力で引っ張る。
秋真っ盛りの南郷公園は公園内も、周りを取り囲む山々も多彩に色づいて、上空からはチチチ、カアカア、チュンチュンと鳥たちの鳴き声が降り注いでくる。
公園内の通路は黄色や薄い黄緑のイチョウの葉をはじめ様々な落葉で覆われてタンゴを誘っている。タンゴは枯れ落ちた葉の上を歩くのが大好きなのだ。
しゃりしゃりと密やかな音、足の指に感じるふんわりした感触、そして何より落ち葉の匂いが大好きだ。
しきりに匂いを嗅ぎながら足早に落ち葉の絨毯を歩いていく。

空気が澄んでいて、散歩やランニングを楽しむ人々の話し声も喜びの歌でも歌っているようにリズミカルに聞こえてくる。色も音もしめやかでいて華やいで見え、聞こえる。
「こんな美しい朝を生きられて幸せかい?」
タンゴに話しかけると、ワンと一声。
透明な空気の層をまっすぐに貫いて晴々と私の耳に届いた。

公園内の公衆トイレでタンゴの落とし物を処理して灌木に繋いでおいたタンゴのところにもどると、4才か5才ぐらいの女の子が、何ごとかしきりに語りかけながらタンゴの体を優しく撫でてくれていた。タンゴはおとなしく女の子に身をゆだねていた。近づくとこんな話し声が聞こえてきた。
「あのね、うちはね、ママがアレルギーだからかえないの。でもね、ワンちゃんはだいすきだよ。あなたもいいこだから、だいすきだよ」
私の足音に気づいて女の子は私を見た。

「このこ、おじさんちのこなの?」
「そうだよ。可愛がってくれてどうもありがとう」
「このこなんてなまえなの?」
「タンゴってゆうんだ」
「ふうん、タンゴか、かわいいね」
女の子のお母さんとお父さんがやってきて、タンゴにとっては珍しい小さな子とのツウショットは終わった。
子供の声がするとすぐに吠える癖があったタンゴだが、子供が苦手なばかりではないのだとあの女の子が気づかせてくれた。

夕方の散歩は、鎌倉に行った。(葉山ではないがお許し願いたい)
自宅から車で30数分、混みあう海沿いの道を避け逗子経由の山側の道を行った。
うちの奥さんが11月中旬に鎌倉の画廊でやる展覧会のための買い物につき合った。ドライバー兼タンゴの散歩サポーターとして。
奥さんが買い物してる半時間ほど鎌倉大町周辺をタンゴと散歩した。

鎌倉もちょっと裏町に入ると、葉山と同様に細道が多い。そして、どの細道にも何だか面白そうなお店がある。この日の散歩でも、大勢の若者が列を作っている小さなカップケーキ屋さんを見つけた。その店は3畳ほどの広さしかない。お客は店の外に行儀よく列を作って自分の順番を待っている。3畳の土間で作って、順番にお客さんを土間に招き入れて、選ばせている様子が道路に面したガラス窓から見える。お客は自分の選んだケーキのカップを持って店の外に出ると、食べながら歩き去っていく。その後ろ姿をタンゴはクンクン甘えた鳴き声で見送る。

タンゴは街歩きも好きだ。色々な香りや、色と音が溢れているからだろう。とにかく変化する景色に惹かれるようだ。
犬に思い出はあるのだろうか?
突飛な問いのようだが、ずっと気にかかっていることの一つだ。タンゴに思い出があるのかどうかよくわからないが、タンゴが変化する景色、いつもと違う景色に惹かれるのは間違いない気がする。
犬の防衛本能が働いているに過ぎないのかもしれない。それでも、タンゴは変化する景色に気持ちよく興奮する、と私が考えたいのだ。

とにかく、鎌倉での半時間の街散歩をタンゴは愉しんだ。あっちでもこっちでも「可愛い」と声かけられて、タンゴなりにちょっと自己満足したのかもしれない。

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