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家庭教師を雇う理由。

家庭教師派遣会社のターゲット

息子は家庭教師のアルバイトをやっている。
受け持つ生徒は小学生の男子で、偏差値は30台後半らしい。
志望校は有名私立大学の附属中学校とのこと。もちろん合格圏の偏差値とは大きな乖離がある。
生徒の父親は、若い頃から叩き上げの苦労人で、学校の知識よりも自らの才覚で、家族よりも仕事一筋で、家庭教師を雇うほどの経済力をつけた方のようだ。
恐らく息子が登録する家庭教師派遣会社が、こういったご家庭を主なターゲットにしているのだろうと想像している。

ただ座っている家庭教師

息子は子供に勉強を教えるのが好きみたいだ。
どんな指導をすれば生徒の成績が伸びるのか、どんな声がけをすれば生徒のヤル気が出るのか、夕食時には妻といつもそんな会話をしている。
ただ、生徒は机に座って勉強する癖がついていないので、学校の宿題を忘れ(たフリをせ)ず、普通にこなしさえすれば、定期テストの点数は上がるようだ。
たまに冗談を言いつつ、ゆるめに生徒の隣でただ座って勉強を見守っているのが、今は一番いい。息子はそう考えたようだ。

プロ家庭教師との追加契約

定期テストの点数が良くなった生徒の父親は、家庭教師の効果に驚いたようだ。家庭教師の時間をもっと増やせば、何ならプロに指導してもらえば、もっと成績が伸びるかもしれないと考えた。
ただ、今のバイト家庭教師を気に入っている我が子がへそを曲げてはマズいと思ったのか、新たにプロの家庭教師を追加で契約した。

引き続き宜しくおねがいします

プロ家庭教師の指導は想像以上に厳しいものだった。
志望校への合格というゴールから今やるべきことを逆算するメソットで、学習の構成とスケジュールをきっちり設定し、生徒と父親に日々の履行状況の報告を求めた。
親子とも大きなプレッシャーを受ける中で、課された膨大な宿題をこなすのに、生徒も父親も必死だった。そしてもう一方の家庭教師である息子は、生徒の悩みや愚痴を聞くことが仕事になった。
そんな過酷な日々が続いていたある日、息子は生徒の父親から告げられた。「もう一人の家庭教師の先生には辞めてもらいました。先生、引き続きよろしくお願いします。」

プロ家庭教師をクビにした理由

プロ家庭教師は契約を打ち切られたのだ。
再びバイト家庭教師の息子と生徒のゆるめの勉強時間が始まり、生徒の表情には明るさが戻った。
ただ当然ながら生徒の成績はそれほど伸びず、志望校への合格圏となる偏差値には届くはずもない。
バイトとはいえ、生徒の成績が伸びないことへの罪悪感もあったのか、息子は生徒の父親にプロ家庭教師との契約打ち切りの理由を尋ねたようだ。
父親の答えは、「厳しすぎて、私も見てて疲た。」というものだった。

何を求められているのか? 

ある日の夕食時に、生徒とその父親の話になった。息子は生徒の成績が伸びないことに、相変わらず葛藤があるようだ。
バイトとはいえ、受け持っている生徒の成績を伸ばしてあげたい。あのプロ家庭教師まではマズいとしても、ある程度は厳しい課題を課す必要があると考えているようだ。
ただ、ゆるめの勉強をこなしている生徒はもちろんのこと、父親も今のやり方に満足しているようだった。息子は家庭教師として何を求められているか、さっぱり分からなくなっていた。

救いの言葉

生徒の父親と息子の間には、大きなギャップがある。少なくとも親子で力を合わせて死に物狂いで努力して、志望校に合格して涙する、などは、"真のニーズ"ではない。
息子が期待されているのは、今まで通りゆるめに生徒の横に座っていることなのだろう。そして受験が終わった後に、少し申し訳なさそうな顔で「受験は運が大きいですからね。力が及びませんでした(貴方たちの責任ではい)。」と”救いの言葉”をかけてあげることだと思う。

家庭教師派遣市場のセグメント

子供がまだ幼い頃から知的好奇心を持つような会話を心がけ、その成長の過程をしっかりと見守ってあげる。その地道で膨大な一つ一つの積み重ねが、小学生の頃の子供の成績とほぼ連動するのではないか。
確かにそんな子育てには、両親の深い愛情と、経済力に裏打ちされた時間的な余裕が必要だと思う。しかし各家庭にはその時々に様々な状況があって、子供とそんな時間を十分に過ごすことが出来ないことだってある。そしてその過去を後悔している親も多いのではないか。
経済的な余裕さえ出来れば、決して安くない費用を払ってでも家庭教師を雇い、子供に出来るだけのことをしてあげたいと考える親は多いのだと思う。
家庭教師の派遣市場には、このようなセグメントもあるのだ。

「いい大人が思考停止だな。」とバカ息子が言った

「たかだか学生バイトの言葉に救われるって、いい大人が思考停止だな。」と、我がバカ息子は言った。そして、「顧客である当の本人も自覚していないニーズに気付き、それを満たしてあげるのが本当のプロな。プロって非情だな。」と分かったような口をきいた。
とりあえず息子は、これからも生徒の横に座り、受験が終わった生徒の父親に、「力が及びませんでした。」と言おうとは決めたようだった。

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