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いい加減で適当な『1/f ゆらぎ』と『ソルフェジオ周波数』

こんにちは、バイブレーシャンのGoRoです。

僕は色々な民族楽器を演奏したり作ったりします。演奏も作り方も、まともに習ったことはありません。全て独学です。伝統的な楽器を弾いたりしますが、全く伝統的ではないことをしています。

なぜなら、、、、極論を言えば自由でいたいからなんですね。

かといって、伝統的なものを否定するわけではありません。むしろ古いものとか大好きですし、伝統芸などを伝承されている方々には尊敬の念を抱いております。

伝統と型に縛られるあまり本質というものが見失われてしまうことがあると思うのです。例えば、神社にお参りに行きます。入るところから、お祈りの仕方まで型が決まっています。ほとんどの日本人が、その型に従ってお参りをするのですね。

では、神社でお参りしている人たちの中で本気でお祈りをしている人はどのくらいいるのだろうか?(合格祈願とか何かを望むことではなく、純粋な祈り)

僕は少ないと思うんです。ほとんどの人は通過儀礼として、あるいはみんながそうしているからやっている、に過ぎないのではないでしょうか。

大事なのは祈りそのものであって、祈り方ではないと思うのです。型は長い歴史の中で積み上げられてきた「そこ」にたどり着くための最善の形なのでしょう。まあ「形式美」というのが存在していて、形そのものが美しいということも否定はしませんが、本質を見失ってしまっては本末転倒です。

<いい加減と適当>

子供の頃夏休みに入る前に1日の行動票みたいのを作成しました。皆さんも作ったと思います。毎回「よし、今年こそはこの計画どおりに生活して余裕で夏休みの宿題を終わらせる」と思うのですが、ラジオ体操の時点でつまずき、宿題はギリギリまでやりませんでした。はい、いい加減で適当なやつなんですね。

大人になってくると、これは簡単には治らないものなんだと自覚してゆきます。

そして歳を重ねてゆくと、あー別になおさなくてもいいんじゃね。むしろそれを受け入れて生きていこうと思うようになったのです。

いつしか自分のモットーは「いい加減に適当」となりました。まあ、開き直りですね。

この記事に書いたのですが、「微妙」という言葉。どちらかというとネガティブな使い方をするのですが、元は仏教用語でミミョウと読み「言葉では言い尽くせないくらい不思議で奥深く素晴らしいこと」だそうです。

では「いい加減」はどうでしょう。「いい加減な仕事だ」みたいにネガティブに使われます。しかし、これも語源は「好い加減」なのですね。ちょうどいいという意味ですね。

「適当」も同じですね。「程よく当てはまること」「ほどよいこと」です。

いい加減も適当も、ポイントは良すぎないというところですかね。

「ちょうどよい」なんでしょうね。そんな訳でいい加減で適当で微妙なのをモットーにしております。

<1/fゆらぎと塩梅>

「1/fゆらぎ」ヒーリング音楽などでよくでてくるのですが、僕はこれを気持ちの良い方程式ぐらいにしか理解していませんでした。で、いろいろ調べてみたのですが、ひとことでいうなら「自然界に存在する不規則性を方程式にしたもの」なのですかね。あんまりよく理解できてませんが、、

心地よく吹く風、川のせせらぎ、波の音、小鳥のさえずりなどすべて「1/fゆらぎ」があるそうです。木目や畳の目、森の中の木漏れ日も。音楽も名曲といわれるものは「1/fゆらぎ」となるようです。心臓の鼓動や脳内のパルス信号も「1/fゆらぎ」なのですね。なのでそういう音や形に心地よさを感じるといわれています。実際に「1/fゆらぎ」の音を聞くとアルファ波が脳内に出るということです。(アルファ波がでるとリラックスするといわれています)

言ってみれば、この宇宙全てが「1/fゆらぎ」なんですね。

たとえば、半導体素子の電気抵抗を測定しますと、熱雑音以外に「1/f ゆらぎ」が観測されます。これは、「何もしない状態なのに、抵抗値がゆっくりと変動している」ということで、よく考えてみると、非常に不思議な現象です。常識では理解しがたいことで、そのメカニズムが謎に包まれていました。

一方で、「1秒の長さ」を決める標準時計である水晶時計が刻む1秒の長さが、この「1/fゆらぎ」をしていて、測る度に「1秒の長さ」の値が少しずつちがうこともわかっていました。

これでは“標準”にならないので、発振素子の水晶の温度の安定化を試みましたが、いくら温度を安定化しても、この不確定性が小さくならないのです。これは困ったことです。   

武者利光氏 東京工業大学名誉教授 人間を生かし、 名曲をも生み出す 「1/fゆらぎ」の謎【前編】より

この方程式というやつでこの世界のいろいろなことが解明されていっていますし、テクノロジーも発達していっています。量子力学とかも結構好きでネットでよく見るんですが、超ひも理論とかね。もう14次元とか多次元宇宙とか大好物です。読めば読むほど、ほとんど理解できません(笑)

「1/fゆらぎ」を調べているとやはり科学的アプローチで研究されているものが多いです。はっきりいって難しい。「1/f」は数式ですので説明を何度か読むうちに理解していくことはできました。しかし「ゆらぎ」がつくと途端によくわからなくなる。そもそも科学的な数式の「1/f」に対して「ゆらぎ」というのは全く科学的でない真逆だと思うんですね。

まったくの不規則ではなく規則性のある中に不規則性の混じったもの(こと)を「1/fゆらぎ」というのだと理解したのですが、あってますかね?

先ほどご紹介した武者利光氏がインタビューの中でお話ししていた、綺麗に「1/fゆらぎ」になる雅楽の曲『越天楽』2曲めです。2:00ぐらいから。ハァ〜気持ちいい!

「塩梅」という言葉があります。梅酢を作るときの塩加減が語源らしいですが、この塩の加減をスプーン何杯という数字ではなく、そのときの気候や梅の出来具合を見て経験から塩の量を決める。要は感覚でということなのでしょう。これは突き詰めていくと自分の中に流れる法則によって塩の分量を決めるのは直感で、それって「1/fゆらぎ」の「ゆらぎ」と関係している気がします。

<シューマン共鳴とソルフェジオ周波数>

どうしても私たちは目に見えるものを信じがちです。数字はその代表的なもので、数字を見せられると納得してしまったりします。しかし数字を過信するあまり本質から外れてしまうこともあります。

「ソルフェジオ周波数」というのがあります。ニューエイジにはおなじみですが詳しく書くと長くなるので説明は省きますが、当然バイブレーシャンですから周波数の話は大好物ですし、DNA修復する528チューニングフォークなども持ってます。でも、ここでも大事なのは「ゆらぎ」なんじゃないかなと思うんですね。


音楽には病気を治す作用があるのは古今東西言われ続けてきていますし、科学的にも解明され始めてますね。しかし確実にこの数字じゃないとダメというのはあまりにも遊びがなくて、本質を逃してしまうのではないかと感じております。「ソルフェジオ周波数」の基盤となっている「シューマン共鳴」の周波数も最近変わってきているようです。

Indeep「落雷は人類を保護する存在だった」 : 雷は地球上にシューマン共鳴の周波数を作りだし、その超低周波電磁界は生体の細胞の保護と修復の役割を持つことをイスラエルの科学者たちが発見      https://indeep.jp/lightning-may-have-protective-traits-for-human/

民族音楽はその土地の自然をベースにチューニングしています。それぞれの感覚なんですね。この直感こそが今のデータ化されて機械化された人間社会で失われつつある大事なことだと思うんです。それは『塩梅』であり『いい加減』で『適当』な『ゆらぎ』で『宇宙の法則』であり、それこそが『神秘』なのではないでしょうか。

あっ、それは『ミミョウ』なんで注意深く探っていこうと感じた次第ですハイ。

 



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