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線路は続くよどこまでも

 耳に懐かしい『線路は続くよどこまでも』は子ども向けの童謡だと信じていました。実際にわたしが放送された歌を聴いたときは、明るく軽快な汽車旅として構成されていました。しかし、『線路は続くよどこまでも』には元歌がありました。アメリカで歌われたそうです。

 子ども向けの童謡とは違い、アメリカで歌われたのは線路工夫の過酷な労働を歌った労働歌だそうです。まずはじめに子ども向けの童謡の『線路は続くよどこまでも』です。

線路はつづくよ どこまでも
野をこえ 山こえ 谷こえて
はるかな町まで ぼくたちの
たのしい旅の夢 つないでる

線路はうたうよ いつまでも
列車のひびきを 追いかけて
リズムにあわせて ぼくたちも
たのしい旅の歌 うたおうよ

(アメリカ民謡、作詞 佐木敏)

 ところが日本ではじめに『線路の仕事』の題名で紹介されたときの歌詞は、

線路の仕事は いつまでも
線路の仕事は はてがない
汽笛のひびきがなりわたれば
親方はさけぶ 吹き鳴らせ

つらい仕事でも しまいには
つらい仕事でも 果てが来る
汽笛のひびきがなりわたれば
つるはしをおいて 息絶える

(アメリカ民謡、作詞 津川主一)

というものでした。

 現在の『線路の仕事』は様変わりしているのでしょうが、アメリカで鉄道の敷設(ふせつ)を無理してやっていた頃には、ずいぶん非人間的な、人権にかかわる作業もあったそうです。

 なぜこのエッセーを『線路は続くよどこまでも』の話題から始めたのかというと、実は先日まで病気で寝ていたのですが、病気に負けてたまるかという気概が示したくてこのタイトルにしたのです。ところが『線路は続くよどこまでも』にはアメリカで歌われた労働歌の『線路の仕事』が本歌だと知り、驚いてしまいました。

    *

 65歳を過ぎてしまうと、もう怖いことはないかわりに、ちょっとしたことでいろんな病気に罹患してしまうというの事実です。抵抗力が衰えているのでしょう。この荒波を乗り越えて、うまく70歳代に突入できた人が高齢になっても活躍できる人かもしれません。

 わたしのような脳塞栓(そくせん)症サバイバーが、どのようなメカニズムで新たな疾病を呼び込んでしまうのか、くわしく知りません。でも呼び込んでしまうことは間違いないようです。ただウエブ情報を見てみても、載っているのは脳卒中などの再発防止法ばかりで、新たに呼び込んでしまう疾病の危険については載っていませんでした。

 これについては、医療関係者が再発防止法ばかりを熱心に解く理由はわかる気がします。脳梗塞や脳卒中などの脳血管障害のある人は基本的に高血圧や糖尿病などの基礎疾患のある人が多いからです。例外的に遺伝的な因子(遺伝子RNF213 p.Arg4810Lys多型)で脳塞栓症になりやすい人というのが東アジア人には特異的に存在します――東南アジアやヨーロッパの人びとにはきわめて稀な変異だそうです。遺伝的な因子のない普通の人にとって、基礎疾患がコントロールできているか、いないかが大きな再発の分かれ目です。そのために、例えば高血圧を減らすためには減塩が効くといった再発防止法に熱心になるわけです。

 ところがウエブ情報を見ていて見つけたのが、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の感染者は脳卒中に感染しやすいという報告です。また、過去に脳卒中になった人はCovid-19になりやすいという報告もありました。これこそ「新たな疾病を呼び込んでしまう」好例だと思いました。

 和田邦泰さんたちは「COVID-19流行と脳卒中」という総説論文(和田ほか, 2020)[https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/60/12/60_cn-001529/_pdf]をまとめて、COVID-19感染症者には脳卒中、特に血栓が脳血管に詰まって血流を止め、脳組織の一部を壊死させてしまう脳梗塞がよく起こるという見解を示しています。

 COVID-19は肺の感染症だと思い込んでいたのですが、肺に侵入したウイルスは心臓や腎臓、血管内皮にも表れ、影響を及ぼします。その内、血管内皮で血栓を作りやすくして脳血管の血流を止めてしまうというのです。

 どのような人がCOVID-19に感染した時、脳卒中を起こしやすいかというと、高齢者、血圧の高い人、糖尿病の人、それに過去に脳卒中になった人だそうです。そしてこのような人の死亡率は高いとありました。

 考えてみれば、COVID-19の後遺症にも、息切れや胸の痛みと共に記憶障害や集中力低下、抑うつや睡眠障害といった神経症状が多く報告されています(厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)について」[https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00402.html])。このような後遺症も脳の血管内皮のトラブルが原因だとしたら、COVID-19は脳梗塞と関係が深いという見解もうなずけます。わたしは特に注意しないといけません。

    *

 わたしが脳塞栓(そくせん)症サバイバーだとしても、注意すべきことに注意すれば、それはそれで良いのです。『線路の仕事』ではなく『線路は続くよどこまでも』の歌の乗せて、平穏な研究者生活を淡たんと送りたいものです。

線路はつづくよ どこまでも
野をこえ 山こえ 谷こえて
はるかな町まで ぼくたちの
たのしい旅の夢 つないでる

和田邦泰・橋本洋一郎・中島誠・植田光晴 (2020) COVID-19 流行と脳卒中. 臨床神経学 60: 822–839[https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/60/12/60_cn-001529/_pdf

厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)について」[https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00402.html


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